マヨヒガ

荒瀬ヤヒロ

文字の大きさ
上 下
94 / 107

九十三、

しおりを挟む




 広隆は最初驚いた顔をしていたが、秘色の言葉を聞くと笑みを浮かべて秘色を抱きしめた。
 その光景を見て、広也は広隆が完全に秘色を許しているのだと知った。

(兄さんらしいな)

 二人の姿に暖かい気持ちになりながらも、自分だけ仲間外れにされているようで広也は少し複雑だった。
 その時、広隆に抱きついたまま秘色が顔だけを広也に向けた。目が合って、内心を読みとられたかと思って広也は少しどきりとした。秘色は広也の顔をじっと見て、それから一度広隆の顔を覗き込むとようやく体を離した。そして、広隆に軽く背中を押されるようにして広也の前に歩み出た。

「ときわ——広也は一人でここまで来たのね。広也はちゃんと一人で歩けるのに、あたしはあなたのことを信じていなかったのね。あたしがすべきことは広隆を排除することではなく、あなたを信じて送り出すことだったのに」

 そう言って、秘色は悲しそうに微笑んだ。

「今ならわかるわ。あたしはあなたにずっと必要とされていたかったの。あたしだけ一人で置いていかれたくなかったの。そのせいで、広隆にひどいことをしてしまったわ。本当にごめんなさい」

 広也は目を伏せて地面を見た。広隆が突き落とされた時に感じた怒りはまだ自分の中にある。それはきっと簡単には消えないだろう。でも、秘色があんな行動を取った原因の一端は恐らく自分にもあったのだと広也は思う。自分が秘色に心配されてばかりで、信じて任せてもらえるような人間じゃなかったからだ。
 広也は大きく息を吸って目を閉じた。

(何も出来ないなんて言って甘えていた僕を、秘色が信じられなかったのは無理もない)

 広也は自嘲の笑みを浮かべて目を開け、目の前で不安そうな顔をしている秘色に片手を差し出した。

「僕の方こそごめん。君にひどいことを言った」

 秘色のしたことは許せなくても、自分もまた許されないことを言ったのだ。秘色を傷付けた。人殺しと言われた時の彼女がどれほど深い絶望を味わったか、それを考えると胸が痛かった。
 差し出された手を見て秘色は少し驚いていたが、やがてにっこり笑うとその手をぎゅっと握った。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

[R18] 激しめエロつめあわせ♡

ねねこ
恋愛
短編のエロを色々と。 激しくて濃厚なの多め♡ 苦手な人はお気をつけくださいませ♡

♡蜜壺に指を滑り込ませて蜜をクチュクチュ♡

x頭金x
大衆娯楽
♡ちょっとHなショートショート♡年末まで毎日5本投稿中!!

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

孕ませねばならん ~イケメン執事の監禁セックス~

あさとよる
恋愛
傷モノになれば、この婚約は無くなるはずだ。 最愛のお嬢様が嫁ぐのを阻止? 過保護イケメン執事の執着H♡

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました

東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。 攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる! そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。

処理中です...