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八十八、
しおりを挟む黒い闇に隠されていた周囲の景色があざやかに目に飛び込んできた。洞窟の中を進んでいたはずのに、広隆と秘色は森の中に立っていた。
顔を上げると青い空が見えた。
足元には割れた黒い闇のカケラがガラス片のように散らばっている。
「……洞窟にいたはずなのに」
広隆の手をぎゅっと握って立つ秘色が呆然と呟いた。
その手を強く握り返して、広隆は微笑んだ。
「光も闇も岩の塊も、お前が吹き飛ばしちまったのかもしれないぜ」
どこまでも続く森と抜けるような青空を見ていると、本当にそんな気分になった。
だが、秘色は少し恥ずかしそうに口を尖らせた。
「あたしにはそんな力なんかないわよ。吹き飛ばしたのは広隆でしょ」
「そうだな。俺達二人が吹き飛ばしたんだ。すごいな俺達」
広隆はそう言って声を立てて笑った。秘色はそんな広隆を黙って眺めていたが、一つ大きく息を吐くと、肩の力が抜けたように笑みを浮かべた。
握っていた手を離し刀を鞘にしまうと、広隆はとりあえずこの場から離れようと足を上げた。
だがその時、地面のそこら中に散らばった黒いカケラ達が、いっせいに虫がうごめくように動き出した。
驚いて足を止めた広隆の周囲を、黒いカケラが這うように動き無数のカケラが一点に集まり黒い塊をつくった。それは見る間に黒い大蛇の形となり、空に向かって鎌首をもたげた。
広隆に向かって大きな口を開けた大蛇は、血の色のような真っ赤な舌を見せつけるように伸ばした。
広隆は慌てて刀を抜こうとした。だが、大蛇はその隙を許さなかった。空気を裂くような音で一声発すると同時に、大蛇は広隆に襲いかかった。眼前に迫る赤い舌が見えた。広隆は思わず目をつぶった。
大蛇の牙が広隆にとどく寸前、大蛇の目に何かが投げつけられた。
青い光がほとばしった。
大蛇は大きく身をのけぞらせ、天に向かって苦悶の声をあげた。
目を開けた広隆は大蛇の頭が地に落ちるのを見た。大蛇の片目には焼け焦げたようなあとがあった。
広隆の足元に、青い鈴が転がっていた。
広隆は秘色を見た。秘色は何かを投げた格好のまま呆然としていた。
死んだのか気絶したのか、大蛇はピクリとも動かない。広隆は鈴を拾い、秘色に駆け寄った。
「ときわのための鈴を使ってしまった………」
秘色は呆然とつぶやいた。
「あたしは本当に巫女失格だわ」
秘色の目にみるみる涙が溢れた。
「でも、仕方がないじゃないっ」
秘色はそう泣き叫んで広隆の胸に顔を埋めた。
「広隆が死ぬのは嫌なの!ときわが死ぬのと同じくらい嫌なのっ」
広隆は何も言わず秘色の肩を抱いた。秘色は広隆の腕の中でわあわあ泣きわめいた。
しばらくの間二人はそうしていた。
やがて、秘色の嗚咽が小さくなってきた頃、広隆は秘色の肩をつかんで上を向かせた。涙に濡れた顔で広隆を見上げる秘色に、広隆は言った。
「ありがとう」
秘色は一瞬目を見開いた。それから、再び流れてきた涙で顔をぐしゃぐしゃにした。
広隆はもう一度秘色を抱き締めた。
秘色が泣き止むのを待って、広隆は言った。
「さあ、行こう。ときわを探さないと」
秘色は広隆の胸から顔を上げ、こくりとうなずいて涙をぬぐった。
「行こう」
広隆は秘色の手を引いて歩き出そうとした。
だが、広隆の後に続こうとした秘色が小さく悲鳴をあげて倒れた。広隆の腕にがくんと衝撃がかかった。
「秘色っ?」
広隆は倒れそうになる体をなんとか立て直し、しゃがみこんで踏んばった。秘色の体が何かにすごい力で引っ張られている。
秘色が目で訴える通り足元に目をやると、彼女の足首に何か赤いものが巻きついているのが見えた。
はっと視線を走らせると、先ほどまで地にふしていた大蛇がわずかに首をもたげて黄色い片目をらんらんと光らせていた。大蛇は長い舌を秘色の足首にからめ、自らの口内にその体を引き込もうとしていた。
その力に逆らいながら、広隆はさっさとこの場を離れなかったことを後悔した。
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