58 / 107
五十七、
しおりを挟むときわが鈴をかざすと、社の木の扉が鈍い音をたててひとりでに開いた。ときわは恐る恐る外を覗いた。見張りの男が、両耳を抑えて悶えていた。鈴はときわの手の中でひときわ大きく鳴る。これまで音のない世界に生きてきた者にとって、この金属音は脳天に響くらしい。
ときわははやる胸を押さえて唾を飲み込んだ。鈴は鳴り続けている。
(落ちつけ……逃げるには、今しかない)
ときわは鈴を扉の取っ手に結わえ付けると、社を抜け出した。頭を抱える見張りの横をそおっと通り過ぎ、薮の中に身を隠した。鈴はまだ鳴り続けている。這いつくばって進みながら、ときわは秘色の言葉を思い出した。
ーー持ち主に危険が迫った時、一度だけ助けてくれるの。
動悸がはやまる。耳に届く鈴の音が、少しずつ、遠く小さくなっていく。村から十分に離れたと思われるところでときわは立ち上がった。そして、後ろを振り返らずに全速力で駆け出した。もう鈴の音は聞こえなかった。だが、ときわの頭の中には鈴の音と秘色の言葉が交互に鳴り響いていた。
(どういうことだ? )
走りながら、ときわは自分自身に問いかけた。あの鈴。あの鈴は、納戸で見つけたただの鈴のはずだ。大きな鈴。そう、秘色が身に付けている鈴とちょうど同じぐらいの鈴。
秘色は言っていた。
あれは巫女だけに与えられる鈴だと。
秘色の鈴は秘色が持っている。緋色の鈴は……かきわ。かきわが、持っている。
ときわの脳裏に、広隆の言葉がよみがえった。
マヨヒガに行った人間は、なんでも一つ、持って帰ってくることが出来るんだ。
ときわは混乱していた。
なんでも一つ……かきわが、もしもあの鈴を持ち帰ったのだとしたら?
かきわ。背が高く、男らしい少年。そう、どこか広隆に似た……
ときわは走りながら頭を抱えた。
納戸の中で偶然みつけた古い鈴。無意識に持って来てしまったただの鈴。古くて色のはげた、大きな鈴。
(巫女の鈴。持ち主を一度だけ助けてくれると秘色が言っていた……)
ときわは薮の中を走り抜けながら混乱する頭で考えた。
(あの鈴は。かきわは……)
心臓がうるさいぐらいに鳴り響いていた。決して走っているせいだけではなかった。
そんなはずはない。そんなことがあるわけがない。この世界の時間の流れが、元の世界とは異なっていたとしても。
(かきわが……兄さんだったなんて)
では兄は知っていたのか? 知っていて、弟が鈴をみつけるように仕向けたのか。
ときわの中で広隆の顔がぐるぐるまわった。
広隆は何を考えていたのだろう。
ときわにはわからなかった。
0
お気に入りに追加
13
あなたにおすすめの小説
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました
東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。
攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる!
そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。
小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話
矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」
「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
【R18】もう一度セックスに溺れて
ちゅー
恋愛
--------------------------------------
「んっ…くっ…♡前よりずっと…ふか、い…」
過分な潤滑液にヌラヌラと光る間口に亀頭が抵抗なく吸い込まれていく。久しぶりに男を受け入れる肉道は最初こそ僅かな狭さを示したものの、愛液にコーティングされ膨張した陰茎を容易く受け入れ、すぐに柔らかな圧力で応えた。
--------------------------------------
結婚して五年目。互いにまだ若い夫婦は、愛情も、情熱も、熱欲も多分に持ち合わせているはずだった。仕事と家事に忙殺され、いつの間にかお互いが生活要員に成り果ててしまった二人の元へ”夫婦性活を豹変させる”と銘打たれた宝石が届く。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる