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二十八、
しおりを挟む声にならない声を上げ、光子は飛び起きた。大きく息を吐いて布団に半身を起こし、光子は額の汗をぬぐった。
夢の感触は、まだ生々しく残っていた。あまりにはっきり覚えているので、今のが本当に夢なのかどうか疑わしくさえあった。
なんだって、こんな夢を見たのだろう。久しぶりに遠野へ来たせいか。
ただの夢のはずなのに、光子はどっと疲れてしまった。今の夢の中で感じ取った事実は、光子を憂鬱な気分にさせ、ぬるくよどんだ部屋の空気とあいまって、ひどく暗い雰囲気が流れた。
光子は髪をかき上げ、頭を押さえた。夢から覚めた途端に、今度はじっとりとした怒りのようなものが光子の胸にこみあげてきたのだ。何かしら。何に対して腹を立てているんだろう、私は。
光子は目の前の闇を睨みつけながら考えた。考えるうちに、光子は今までにも何度もこんな気持ちを味わったことがあることを思い出した。
そう、まだ正広が生きている頃から、毎年夏にこの遠野に来るたびに、こんな気持ちを味わっていた。さびしいのだ。遠野に来ると、自分の居場所がどこにもないような気がして、ないがしろにされているような気になって、腹が立ってしまうのだ。
遠野では、光子は一人だけ他所者になってしまう。遠野は正広となつきがたくさんの思い出を育んだ場所だ。だが、自分とはなんの繋がりもない。入り込めない世界なのだ。
(そうか。これは嫉妬なのか)
突然、光子は理解した。自分はずっと、なつきに嫉妬していたのだ。自分よりもずっと長い年月を正広と過ごした彼女のことを。だから、彼女の存在が染み付いた遠野のことも憎んでいたのだ。
(私は今でもなつきさんのことを?まあ、なんて執念深い女なんでしょう)
自分にあきれた光子は自嘲気味に笑った。だが、事実だった。
あるいは、正広が生きていてくれたら、今でも自分のそばにいてくれたら、光子もこれ程なつきの存在にこだわることはなかっただろう。彼女よりも長い時間を、正広と共有できたなら。だが、正広はいくらもしないうちになつきのところへ行ってしまった。
正広が死んだ。あの時程むなしかったことってない。
あの時、広也はまだ四才で、気持ちをわかちあって嘆きあうことが出来なかった。あの時、光子に近い想いを味わっていたのは、広隆のほうだったかもしれない。
冬の病院の廊下で、肩からずり落ちたランドセルを直そうともせずに、息を切らせて立ち尽くしていた広隆。
彼は泣きはしなかった。ただ、見る者が驚く程うつろな目をして、その場にたたずんでいた。
(そうだ。あの後しばらく、広隆は別人のように笑わない子になったっけ)
さわさわさわ。
ざわざわざわ。
強い風が吹いたのか、ふいに葉ずれの音が大きく響いた。
なんだろう。今夜に限って昔のことを妙にはっきりと思い出す。後から後から、過去の映像がやけにリアルにあふれてくる。
そのことを不思議に思いながらも、こぼれ落ちてくる思い出を塞き止めることが、光子にはどうしても出来なかった。
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