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十四、
しおりを挟む幸い、崖というほど急な場所から落ちた訳ではなく、生い茂った草木がクッションにもなったので、たいした怪我はしなかった。けれども、落ちた瞬間には地面にしこたま背中を打って、しばらく息が止まった。やっとのことで半身を起こしたものの、もはや立ち上がる気も起こらないほど消耗していた。
張りつめていたものが切れたのか、涙もあふれてきた。 広也は泣きながら、その場にうずくまった。自分がひどくみじめに思えて、肩を震わせてむせび泣いた。もう、一歩も歩きたくなかった。
(こんなところに来るんじゃなかった)
広也はむしょうに悔しくて、ギリリッと唇を噛んだ。腹が立つのは自分に対してだ。いつもいつも、どうしようもなくなってから後悔ばかりする。いままでの人生を振り返ってみても、自分はいつもやめておけばよかったとか、逆にそうしておくんだったとか、何に対しても後悔ばかりしていたような気がした。
ふと、広也の胸に、あの幼い自分がよみがえってきた。真っ暗な闇の中で、たった一人で泣いている小さな自分。 広也は自嘲の笑みを浮かべた。今の状況と同じだ。自分はあの頃から、何も変わっていやしない。
もしかしたら、これからもずっと変われないのかもしれないと、広也は思った。このまま、いつまでもこのまんまで、どこかに一人で取り残されているのかもしれない。 それは、あまりにやりきれない未来図だった。いつまでも変われないのなら、これから先、何十年も生きたって、なんの意味もないじゃないか。
広也は手で涙をぬぐうと、じっと目の前にひろがる闇をみつめた。あまり長くみつめていると、吸い込まれてしまいそうな気がするほど、夜の闇は濃厚で、そして強い。
(いっそ、この闇に飲み込まれてしまったほうが、どれだけさっぱりするかしれない)
広也はそんなふうに考えた。
(そのほうが、僕も楽だろうし、母さんや兄さんだって、僕なんかいないほうが……いっそ跡形もなく消えてくれたほうが……厄介なお荷物が減ってすっとするのかもしれない……)
広也の心はどんどん暗い穴の中に落ちていった。いつからかわからないけれど、胸にぽっかり開いていた穴に。
だが、その時ふいに、辺りがぱあっと明るくなった。驚いて目を開けた広也は、目の前にそびえる大木が、白くぼんやりとした光に包まれているのを見た。
よく見ると、その光は霧のようにゆらゆらと流れている。と、どこからともなく、先程広也が追って来たあの白い光が現れて、茫然として立ち尽くす広也を尻目に、すいっと大木の後ろに姿を消した。
「まっ、待って」
思わず叫んで後を追う広也の耳に、一瞬あの声が、今度は確かにはっきりと、誰かの歌声が聞こえたのだった。
悲しかったら迷うてこ
苦しかったら迷うてこ
そして、広也の全身を、白く輝く霧が包み込んだ。
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