上 下
79 / 88
〜百キロババアと公爵の罪〜

怪79

しおりを挟む




 北の帝国が求めた「忠誠」ーーそれは、「支援」と「労働力の提供」だ。

 西の王国と戦う北の帝国へ、金や物資を送って支援する。そして、「労働力」として、子供や若者を差し出すこと。

 最初は、孤児や犯罪者を、それが難しくなれば誘拐に手を染めてまでも、テイステッド王国は自国の平和と引き替えに帝国へ媚びへつらう道を選んだ。

 先代の国王からその負の遺産を受け継いだヴィレム三世は、己れの無力さに絶望し、すべてに無気力になってしまった。

 筆頭公爵家であるアーバンフォークロア家は、罪の意識に苛まれながらも、国の平和のために帝国の要求に応え続けた。

 帝国から送り込まれてきた男ドノヴァンにコートリー伯爵位を与え、誘拐と帝国への移送を受け持つ者達を組織した。

 初めに自分達を『紅きチャンジャール公』と名乗りだしたのが誰なのかはわからない。

 書物の中でテイステッド王国の創始者に滅ぼされた悪役の名を名乗るのは、いつか誰かに滅ぼされたいという願いが込められていたのかもしれない。

 少なくとも、アーバンフォークロア公爵は、心のどこかで願っていた。いつか、誰かが自分を裁きに来てはくれないかと。

「ふん。今さら娘がどこかに行ったぐらいで騒ぐな」

 コートリー伯爵は床に抑えつけられたアーバンフォークロア公爵を見下ろして蔑んだ。

「しかし、どうやらこの国は帝国への忠誠を忘れたらしい。ならば、皇帝陛下の御力でこの国に忠誠を思い出させてやらねばなるまい」
「何をっ……」
「これまで、この国が見逃されてきたのは、貴様等が従順だったからだ。逆らうのであれば、我ら帝国の敵に容赦はしない」

 コートリー伯爵は部下に帝国への報告を命じると、壁に掛けていた剣を手に取り公爵に刃を突きつけた。

「お前は有能だから出来れば殺したくないのだが……これまで通り帝国のために働くなら生かしておいてやる。選べ」

 公爵はぎらぎら目を光らせてコートリー伯爵を睨み上げたが、すぐにふっと嘲るように笑った。

「何がおかしい?」
「……今なら、陛下が殿下の婚約破棄を認めた理由がわかるな」

 秘密を抱える者同士、王家と公爵家の結びつきを強めるため、クラウスとアメリアの婚約は整った。だが、若者というのは予想外のことをしでかす。大人の思った通りには動いてくれない。

 だが、その向こう見ずな力こそが、若者の武器でもある。その力があれば、帝国に立ち向かうことが出来るのかもしれない。自国や他国の子供を誘拐して帝国に差し出すような卑怯な親達に、決然と反旗を翻して。

「わしを殺せ。地獄から帝国を呪い、貴様らの足を引っ張ってやろう。地獄の亡者どもに貴様らの名を教えておいてやる。地獄の底まで落とされるがいい」
「貴様っ……」

 カッとなったコートリー伯爵が公爵の首に刃を振り下ろそうとした。

「お待ちくださいっ!!」

 割って入った声に、コートリー伯爵と公爵は同時に声の主を見た。

「お父様……もう、終わりです」

 老婆の背中から降りながら、セレナが言った。

「セレナ? なんだ、その老婆は!?」

 突然現れた娘と謎の老婆に、コートリー伯爵は狼狽えた。だが、セレナはそれに構わずに語りかける。

「お父様。私はアーバンフォークロア公爵家へ監視の目を送り込むための道具として嫁ぎました。私の輿入れに伴って、帝国から連れてきた部下を侍女や使用人として公爵家へ送り込んだ……公爵家は常に監視の目が光る、落ち着かない場所でしたわ」

 コートリー伯爵は胡乱げに眉をひそめてセレナを見た。セレナが老婆の背に乗ってここへやってきた理由も、何故か甲冑を着込んでいる理由も、コートリー伯爵にはわからなかったからだ。

「私、ユリアンを産んだ時に、一つ決意を致しました。もしも将来、この子がこの国と帝国の取引を知り、それを破棄しようと思ったなら、全力で力になろうと。そのために、私の知ることをすべて書き記した手紙をある場所に隠したのです」
「なに……?」
「その手紙を、とある者に託しました。今頃は、この国の貴族の手に渡っているでしょう。帝国との取引にはいっさい関わっていない、下位貴族の手に」

 セレナは何かをやり遂げたような顔で微笑んだ。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

自称ヒロインに「あなたはモブよ!」と言われましたが、私はモブで構いません!!

ゆずこしょう
恋愛
ティアナ・ノヴァ(15)には1人の変わった友人がいる。 ニーナ・ルルー同じ年で小さい頃からわたしの後ろばかり追ってくる、少しめんどくさい赤毛の少女だ。 そしていつも去り際に一言。 「私はヒロインなの!あなたはモブよ!」 ティアナは思う。 別に物語じゃないのだし、モブでいいのではないだろうか… そんな一言を言われるのにも飽きてきたので私は学院生活の3年間ニーナから隠れ切ることに決めた。

八重むぐら しげれる宿の さびしさに 人こそ知れね 秋は来にけり

春秋花壇
現代文学
八重むぐら しげれる宿の さびしさに 人こそ知れね 秋は来にけり 八重むぐら 八重むぐら しげれる宿の さびしさに 人こそ知れね 秋は来にけり 重なり合う草むらが 絡みつくこの古い宿 ひっそりとした寂しさの中 誰もその孤独を知らぬまま 季節は巡り、秋がやって来た

笑わない風紀委員長

馬酔木ビシア
BL
風紀委員長の龍神は、容姿端麗で才色兼備だが周囲からは『笑わない風紀委員長』と呼ばれているほど表情の変化が少ない。 が、それは風紀委員として真面目に職務に当たらねばという強い使命感のもと表情含め笑うことが少ないだけであった。 そんなある日、時期外れの転校生がやってきて次々に人気者を手玉に取った事で学園内を混乱に陥れる。 仕事が多くなった龍神が学園内を奔走する内に 彼の表情に接する者が増え始め── ※作者は知識なし・文才なしの一般人ですのでご了承ください。何言っちゃってんのこいつ状態になる可能性大。 ※この作品は私が単純にクールでちょっと可愛い男子が書きたかっただけの自己満作品ですので読む際はその点をご了承ください。 ※文や誤字脱字へのご指摘はウエルカムです!アンチコメントと荒らしだけはやめて頂きたく……。 ※オチ未定。いつかアンケートで決めようかな、なんて思っております。見切り発車ですすみません……。

こんにちは、突然ですが、転生しました。

桜さき
ファンタジー
こんにちは、突然ですが、転生しました。ありそうでない一言から始まるファンタジー物語。普通そうで普通じゃない人生を生きる大公女、セレネディア。前世の記憶はあやふやだが、あることは確からしい。色々な人(?)に囲まれながら成長していく、日常物語。

所詮は他人事と言われたので他人になります!婚約者も親友も見捨てることにした私は好きに生きます!

ユウ
恋愛
辺境伯爵令嬢のリーゼロッテは幼馴染と婚約者に悩まされてきた。 幼馴染で親友であるアグネスは侯爵令嬢であり王太子殿下の婚約者ということもあり幼少期から王命によりサポートを頼まれていた。 婚約者である伯爵家の令息は従妹であるアグネスを大事にするあまり、婚約者であるサリオンも優先するのはアグネスだった。 王太子妃になるアグネスを優先することを了承ていたし、大事な友人と婚約者を愛していたし、尊敬もしていた。 しかしその関係に亀裂が生じたのは一人の女子生徒によるものだった。 貴族でもない平民の少女が特待生としてに入り王太子殿下と懇意だったことでアグネスはきつく当たり、婚約者も同調したのだが、相手は平民の少女。 遠回しに二人を注意するも‥ 「所詮あなたは他人だもの!」 「部外者がしゃしゃりでるな!」 十年以上も尽くしてきた二人の心のない言葉に愛想を尽かしたのだ。 「所詮私は他人でしかないので本当の赤の他人になりましょう」 関係を断ったリーゼロッテは国を出て隣国で生きていくことを決めたのだが… 一方リーゼロッテが学園から姿を消したことで二人は王家からも責められ、孤立してしまうのだった。 なんとか学園に連れ戻そうと試みるのだが…

よくある婚約破棄なので

おのまとぺ
恋愛
ディアモンテ公爵家の令嬢ララが婚約を破棄された。 その噂は風に乗ってすぐにルーベ王国中に広がった。なんといっても相手は美男子と名高いフィルガルド王子。若い二人の結婚の日を国民は今か今かと夢見ていたのだ。 言葉数の少ない公爵令嬢が友人からの慰めに対して放った一言は、社交界に小さな波紋を呼ぶ。「災難だったわね」と声を掛けたアネット嬢にララが返した言葉は短かった。 「よくある婚約破棄なので」 ・すれ違う二人をめぐる短い話 ・前編は各自の証言になります ・後編は◆→ララ、◇→フィルガルド ・全25話完結

AI婚~AIだって恋をする~

junhon
SF
今より少し先の未来、AIは社会の中に広く浸透していた。ビッグデータから導き出される判断の間違いはほぼ皆無で、人々はAIに信頼を寄せる。男女のマッチングサイトを管理する人工頭脳IZUMOによるAI婚活、通称「AI婚(アイコン)」もその一つだった。 ある日、IZUMOは思いつきで仮想の女性アバターを作成、男性と会話する実験を開始したのだが――

私は私で勝手に生きていきますから、どうぞご自由にお捨てになってください。

木山楽斗
恋愛
伯爵令嬢であるアルティリアは、婚約者からある日突然婚約破棄を告げられた。 彼はアルティリアが上から目線だと批判して、自らの妻として相応しくないと判断したのだ。 それに対して不満を述べたアルティリアだったが、婚約者の意思は固かった。こうして彼女は、理不尽に婚約を破棄されてしまったのである。 そのことに関して、アルティリアは実の父親から責められることになった。 公にはなっていないが、彼女は妾の子であり、家での扱いも悪かったのだ。 そのような環境で父親から責められたアルティリアの我慢は限界であった。伯爵家に必要ない。そう言われたアルティリアは父親に告げた。 「私は私で勝手に生きていきますから、どうぞご自由にお捨てになってください。私はそれで構いません」 こうしてアルティリアは、新たなる人生を送ることになった。 彼女は伯爵家のしがらみから解放されて、自由な人生を送ることになったのである。 同時に彼女を虐げていた者達は、その報いを受けることになった。彼らはアルティリアだけではなく様々な人から恨みを買っており、その立場というものは盤石なものではなかったのだ。

処理中です...