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〜百キロババアと公爵の罪〜

怪70

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「何だったのだ! 今のは、何だったのだ!?」

 取り乱した公爵が叫ぶ。

「アメリアはどこに行ったのだ!?」

 それに答えられる者はいない。
 花子は自分への怒りに拳を握り締めていた。

(アメリアを巻き込んだのは、あたし……っ! 絶対に取り返すわ!)

 花子が決意を固める傍らで、公爵は『メリーさん』の言葉を思い返していた。

「親の因果が、子に……」
「あ、あの……」

 真っ青になってがくがく震えながらも、ハンナが声を上げた。

「い、今のも、あ、『紅きチャンジャール公』の仕業なんですか……?」
「違うっ!」

 公爵が力強く否定した。

「こんなことっ、わしは知らんっ」

 え? と、ハンナは公爵を見た。

 公爵は地面を見つめて、何事かぶつぶつと呟いていた。

「どうして、アメリアを……セレナっ!!」

 公爵に怒鳴られて、セレナはびくっと肩を揺らした。

「帝国の仕業かっ!! コークリーの手の者か!?」
「わ、私は何も聞いておりません! 父様からは何もっ……」

 公爵はセレナの肩を乱暴に掴んで揺さぶった。甲冑ががしゃがしゃ音を立てる。
 公爵夫妻の恐慌ぶりに呆気にとられるハンナの前で、踵を返した公爵は馬車へ乗り込み何かを怒鳴りながら走り去っていった。

「こ、公爵夫人。ご無事ですか?」

 地面にへたり込んだセレナに、駆け寄って手を差し出す。セレナは真っ青な顔で俯いていた。

「ハンナ」

 花子は夜空をきつく睨んだまま、ハンナに声をかけた。

「アメリアをさらったのは、あたしの仲間達なの」
「え……?」
「取り返してくるわ」

 言うなり、花子は地を蹴って夜空に浮かび上がった。

「ハナコさん……?」
「待っていて。必ずアメリアを助けるから」

 茫然と見上げるハンナにそう告げて、花子は夜空に溶けるように姿を消した。




 やってきたショーンを見て、ペレディル男爵始めとする同志一同は困惑を隠さずに尋ねた。

「どうしたのだ。いきなり呼び出すなどと」
「計画は大詰め。ここで慎重にならなければ……」

 ざわざわとざわめく一同の前に立ち、ショーンは強ばった顔で告げた。

「想定外の事態が起きた。得体の知れない連中が王家とアーバンフォークロア公爵家に与している可能性がある」
「なんだって?」

 ショーンは茶会での奇妙な体験を説明した。とても信じてはもらえない内容だが、話しておかなくてはならない。

「あっちには魔術師がいるっていうのかい?」

 疑わしげな声が上がる。黙っている者も、とうてい信じられないといっ表情だった。 

「ショーン殿を疑うわけではないが、そんな怪しい術を使う者が存在するとは……」
「いや、待て」

 否定する男を市民連合のリーダーが制止する。

「ここのところ、『紅きチャンジャール公』の拠点が次々に襲われてる。そこに残されていた死体は胴がまっぷたつになっていたりバラバラにされている。人間業ではないと思っていた。もしや、人間の仕業でないのなら……」
「馬鹿なことを。向こうは悪魔を呼び出したとでもいいたいのか?」
「止めないか、お前達」

 言い合いを始めた連中を一喝して、ペレディル男爵はショーンに向き合った。

「ショーン殿は得体の知れない者のために計画を先送りにしろと言うのか?」
「そうではないが……」
「準備は整っている。今さら止められないのだ」

 ペレディル男爵が断言した。
 その時、

「そうよぉ。止められたら困ってしまうわ」

 愉しそうな女の声に、その場にいた全員が声の方を注目した。
 同志しかいないはずの廃屋の一室に、まっすぐな黒髪とシンプルな黒い服に身を包んだ女が佇み、一同を見据えていた。その女の手には、巨大な黒い鎌が握られている。

 女は赤い唇を歪めてにやりと笑った。

「私達と手を組まない? 反乱軍の皆様」


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