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〜人面犬と憂鬱な男爵令嬢〜

怪68

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「アメリア様……ご気分は?」

 馬車の中で、ハンナは青ざめたアメリアを気遣うことしかできなかった。

「平気ですわ。ありがとう」

 アメリアは力なく微笑んだ。

(先ほどの『ドッペルゲンガー』なるものも、『紅きチャンジャール公』の仕業なのかしら? なんて恐ろしい集団なの)

 ハンナは背筋を震わせた。

(そうよ。アメリア様のご活躍で仲間達が捕らえられたから、こんな卑怯なやり方でアメリア様を動揺させたんだわ。許せない)

 ハンナが怒りを燃やしたその時、ばたばたばた、と、馬車の後方から足音が聞こえてきた。

「うそっ。こんな時にっ……」
「この足音は……」

 窓の外を見ると、猛烈なスピードで馬車に迫り来る老婆の姿が見えた。だが、見えたと思った次の瞬間にはその姿は馬車と並んでいた。

「ひっ……」

 思わず短い悲鳴を上げる。そんなハンナに構うことなく、馬車と同じスピードで走る老婆が、走っているとは思えない平坦な声で言った。

「花子さんや。『口裂け女』が殺して回っているぞ。気に入らない者達を」

 それだけ告げると、再び目にも留まらぬ速さで馬車を追い抜いていった。
 呆気にとられるアメリアの隣で、花子は奥歯を噛みしめた。



 何度尋ねても、同じ言葉しか返ってこない。「アメリアハシヌ」。

 ユリアンは苛立ちのままにコインを放り投げた。壁に当たったコインが跳ね返って床に落ちる。

「何故なんだっ……!」

 どう訊いても、どうして、いつ、どうやって死ぬのかを教えてくれない。ただ「アメリアハシヌ」の一点張りだ。

「畜生……っ」

 ユリアンは追いつめられていた。


 その頃、ユリアンの母である公爵夫人セレナは戦いの装束に身を包み、離れの前に立っていた。

「行きますわよ……っ」

 湧き上がる恐怖心を押さえ、セレナは着込んだ甲冑をがちゃがちゃ言わせて離れに突入した。

「唸れ! 母の愛!! 今こそ悪魔を滅ぼすのよーっ!!」

 彼女はこの呪われた離れから息子を救い出すために勇気を振り絞ったのだ。そして、玄関に入るや段差につまずいて派手な音を立ててすっ転んだ。

「悪魔の仕業ね!! これしきの痛み、耐えられぬ訳がないわ! 母を侮るなかれ!!」

 もたもたと立ち上がって、がっちゃがっちゃと歩き出す。目指すはユリアンの部屋だ。

「ユリアン! 助けに来たわ!!」

 セレナは部屋の扉を開けてそう言った。
 ユリアンは、その声を聞いてはっと顔を上げた。

「そうだ……助けなくては、アメリアを……」

 虚ろな表情で呟く。
 そうだ。こうしている間にも、アメリアは危険な目に遭っているのかもしれない。自分が助けなくては。守らなくては。

「ユリアン! 早く! 悪魔に気づかれる前に!!
「そうだ。早くしないと。誰かに奪られる前に……」

 ユリアンは立ち上がった。
 焦燥が彼を突き動かしていた。

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