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しおりを挟む「うう……っ」
打ちひしがれた様子で、顔を押さえた彼女の姿を見て、シャーロットは立ち上がった。
「フェリシア様!?」
トランセド侯爵家の令嬢フェリシアが、力なく歩き、シャーロットの胸に倒れ込む。
「友を胸に抱く令嬢! いいね~! まるで聖母の姿!」
「フェリシア様、どうなさったのです?」
「……シャーロット様……わたし、わたし……もう、駄目ですっ……耐えられないっ……」
パシャパシャとシャッターを切るレメディオスは無視して、シャーロットはフェリシアを抱き留める。
フェリシアは鈴の転がるような声を震わせて涙をこぼした。
「わたし……わたし……っ」
「フェリシア!」
「ひっ……」
そこに現れた公爵令息フィンセントに、フェリシアは怯えて身をすくませた。
「フェリシア! どうして逃げるんだ! さあ、歌ってくれ! 君のその美しい声で!」
「フィ、フィンセント様……わたし、もう無理です……」
「何故だ!? 君は歌うのが大好きだろう! なんといっても、天使のように美しい声の持ち主なんだ! その声を後世に残すことが、婚約者たる僕の務めなんだよ!」
フィンセントが手にしているのは、聖女サクラからもたらされた異世界の道具「レコーダー」なるものだ。
「ああ! でも、泣き声もいいな! 震えた声も素晴らしく魅力的だ! そうだ! 「フィンセント様、起きて♡」と言ってくれないか! その声で毎朝目覚めることが出来たらどんなに素晴らしいことだろう!」
「うう……ど、どうしてこんなことに……っ」
フェリシアがぶるぶる身を震わせて嘆いた。
その時、庭に面した回廊から男女の声が聞こえてきた。
「もう、いい加減にしてくれ!」
「何故だ!? テオードレア! 君のその可愛いげのない態度はいただけないな!」
メルトーロ辺境伯家の令嬢テオードレアが、姿勢の良い姿で早足で歩いていく。
その後を眼鏡を持ち上げながら侯爵令息リュゼが追いかけていく。
「私は貴方の要求には十分応えたはずだ! これ以上の辱めには耐えられない!」
「何を言う! 君も貴族であるならば、その身を国のためになげうつ覚悟はあるはずだ!」
言いながら、リュゼは懐から包みを取り出して開いた。
「だから次はこれを着るんだ! 「けいさつかん」なる者の装束だそうだ! 君のその背が高くすらりと引き締まった肢体ならばどんな装束でも着こなせる!」
「断る! 「なんとかこーこーのぶれざー」だの「せーらーふく」だの「かんごしさん」だの「すちゅあーです」だの、さんざん恥ずかしい格好をさせられて、私はもう耐えられない!!」
異世界から聖女サクラによりもたらされた「ミシン」という機械と「制服名鑑」なる書物により、サクラ曰く「めっちゃスレンダーなモデル体型」である婚約者に様々な装束を着せることに夢中になってしまったリュゼのために、テオードレアは日々憂いに満ちた表情を浮かべている。
「テオードレア様も……苦しんでいらっしゃるのね」
シャーロットがますます痛む頭に顔を歪めた。
そこへ、
「きゃあっ」
植え込みの陰から飛び出してきた令嬢が、シャーロット達の前で転んだ。
「メリッサ様!?」
「あ……シャーロット様……お、お助けください!!」
メリッサはシャーロットのスカートにすがりついてきた。ふっくらとして魅力的な頬を涙で濡らすその様は、いやが応にも庇護欲をそそる。
「メリッサ! こんなところにいたのか!」
「いやあっ!」
朗らかな笑みを浮かべて現れたオーギュストに、メリッサが悲鳴をあげる。
「ほら、メリッサ! 遠慮することはないんだよ? 君のために作ったんだ!」
「オーギュスト様……もうお許しください! 私はもう、貴方様の望みに応えることが出来ないのです!」
「そんな悲しいことを言わないでくれ! 僕は君が美味しそうに食べるところが大好きなんだよ! ほら、見てくれこの皿を! 今日はとくに上手く出来たんだ!」
皿に色鮮やかに盛られた美味しそうな菓子が、甘い匂いを漂わせる。
コレックオ子爵家の令嬢メリッサは、確かに食べることが大好きでちょっとふくよかなところが愛らしい少女であった。
だがしかし、聖女サクラにより異世界からもたらされた「おいしいレシピ~誰でも作れる夢見るお菓子~」なる書物と、「はんどみきさー」や「おーぶんれんじ」なる道具により、お菓子づくりに目覚めたオーギュストに毎日菓子責めにされたメリッサは、甘い匂いが漂ってくるだけでも身をすくませるようになってしまった。
「シャーロット! 目線をこっちに! その憂いの表情、いいね! いいよ~! 雰囲気あるよ!」
「フェリシア! 「フィンセント様、遅刻はダメよ♡」って言ってくれ! 「お仕事頑張ってね♡」でもいい!」
「テオードレア! いろいろ考えたんだが、君の凛々しい姿にはカッチリとした制服が似合う!」
「メリッサ! 「まかろん」が上手く膨らんだんだ! 茶色はチョコで白はバニラだよ!」
この国を担う王太子と高位貴族令息達の声が庭に響く。
その婚約者である令嬢達は、異世界からやってきた聖女サクラと出会い、婚約者の声も届かぬほど異世界からもたらされた魅力的な文物に夢中になって変わってしまった彼らに、嘆くことしか出来なかった。
「どうして……こんなことに……」
「はあはあ……私のシャーロットはやはり誰より美しい……」
「ふふふ……フェリシアの声はいかなる時も僕に力を与えてくれる……」
「テオードレア……ただ立っているだけで、歩いているだけで、君はすべての者を魅了する……」
「メリッサが美味しそうに食べる顔を見るのが一番の幸せだよ……そのためならなんだって出来る……」
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