空夢、空事

香月しを

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江戸で・8

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 いつものように群がる男どもの中に、知った顔を見つけた。端整な顔。口元の黒子。

(あいつだ!)

 幼い頃に出会った少年。一目でわかった。大勢の男達を感心したような顔で眺めているそいつに手を振った。ざわめきが起こる。俺の視線の先を誰もが見つめた。当の男は、鳩が豆鉄砲をくらったような顔をして、自分を指差している。頷いてやると、こちらにのんびりと歩いてきた。男達の視線が、そいつに一斉に注がれる。
「なんや」
「とっとと歩いてこいよ、馬鹿」
「……な……なんやと? お前、呼び付けておいてそれかい!」
「こっちは動けないんだから、しょうがねぇだろ」
「そらそうやけど……で、なんの用や。いっとくが、俺は、女は……」

「お前が買え」

 男達が唸った。隣に座っていたねえさん達が、一斉に俺を見る。男をじっと見つめた。男も俺を見つめている。男の手が伸びてきた。俺の頬に触れる。冷たい。幼い頃を思い出した。相棒を見つけた、そんな瞬間を。身体中の血が沸騰するようだ。
「……銭がない」
「だったら、銭はいらない。お前に抱かれたい」
「……な……」
 男達の悲鳴があがる。ねえさん達は、口を押さえて震えていた。

「はいはいはい! お客様、おひとりお出迎え~!」

 婆が出てきて、皆を煽った。見世の男達が、男を出迎えに行き、中に連れてくる。久しぶりに見た少年は、俺よりも背が高くなっていた。すらりと背のまっすぐ伸びた姿勢で、俺に視線を寄越している。立ち上がって、よろめいた。力の抜けた体を、三味線の師匠をしてくれたねえさんが支えてくれる。
「歳さん、面食いね。地味で若めだけど、よくみりゃ凄い色男じゃない? 将来楽しみな感じの」
「いや、その、俺ぁ……」
「行ってらっしゃい。優しくしてもらうのよ」
「だから、ねえさん……あのな……」
 にこやかに送り出される。婆が、にやにやと俺を見ていた。男は、先に部屋へ通される。後姿を見ながら、冷や汗が出てきた。
 匂い袋を体に這わせる。袂に入れて、少しだけ固く結んでいた帯を緩められた。こうして、『抱かれる』準備をして、男の待つ部屋へ赴くのだ。
「おい、婆。どうすりゃいいんだよ」
「どうするもこうするも……抱かれてぇんだろ? 抱かれてこいよ」
「ば……ふざけんな!」
「お前が言ったんだろうが。抱かれたいってよ」
「ありゃあ、勢いだよ!」
「ま、抱かれてくるんだね。なんでも勉強だよ。男だってばれればそれで許してもらえるかもしれないじゃないか。あんたくらいの美貌を持ってると、そんなの関係なく最後までいたされちゃうかもしれないけどさ」
「そんなの嫌だあ」
「今更なにを小娘みたいな事言ってんだい!」
「俺、娘じゃねぇし!」
「いいからいっといで! お客様を待たせんじゃないよ!」
 尻を引っ叩かれた。泣きそうな思いで廊下を進む。からりと戸を開けると、中で男が胡坐をかいて料理を摘んでいた。

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