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江戸で・6
しおりを挟む奉公先を飛び出る少し前、道端で腹を抱えて蹲っている婆を助けた。背中におぶり、言われたままに道を進むと、そこは吉原だった。まさか婆が体売ってるんじゃねぇよな、と聞くと後ろから頭を小突かれる。あたしゃ中見世のやり手なんだよ、と皺枯れた声で笑った。
「遊んでくかい?」
「あ? どうせ銭取りやがるんだろ?」
「そりゃあこっちも商売だからね。けど、安くしとくよ。あんた命の恩人かもしれないしね」
「かも、ってなんだよ。間違いなく恩人だろ?」
「腹が痛いくらいで死にゃしないよ。でも一応助かったからさ。その礼だよ」
「……くそ婆。俺ぁただの奉公人だ。遊んでもられねぇんだよ」
「ひっひっひ。そうかい。そりゃあこっちも損せずすんでよかったよ。ま、いつでもおいで。銭さえもらえりゃあ……あ? ちょいとあんた!」
「なんだよ」
「男にしとくにゃ、勿体無いねぇ。よく見りゃ綺麗な顔してるじゃないか。それにどっか艶もある。陰間屋行ってみな。あんたなら太夫なみに稼げるよ」
「馬鹿じゃねぇのか! 俺は奉公人だって言ってんだろ!」
「只者じゃないように感じるけどねぇ……はあ、あんたが女だったら、うちからも太夫が生まれるに違いないのに。残念だ残念だ」
婆はしきりに俺の顔を見つめていたが、やがて興味がなくなったように煙管を口にくわえた。妙な迫力が出てきたので、俺は黙って見世を後にした。
姉の着物をしっかりと身につけて、吉原の門を潜る。見世の名を告げると、いとも容易く中に入れてもらえた。
「おう、婆いるかい?」
例のやり手婆は、目を丸くして俺を出迎えた。
「な、なんだよあんた。あたしゃあんたなんて知らないけど?」
「耄碌してんのか? 俺だよ俺」
「あぁ?」
目を細めて俺を見つめる。その目が段々真剣になってきて、その内、婆は口をぱくぱくと動かし始めた。
「どうやらわかったようだな」
「……あんたあの時の!」
「礼を受け取りにきたぜ。三味線を教えてくれ」
「三味線って……あんた男だろ? うちは陰間茶屋じゃないよ。そっちへ行ってくれ」
「体が売りてぇわけじゃねぇ。三味線を習いてぇんだ」
「うちの子達だって、ここで習ってるわけじゃないよ。ちゃんとお師匠さんのとこへ通って……」
「知ってると思うけど、銭がねぇんだ。ちゃんとした師匠に習ってきた格子から教えて貰おうと思ってな」
「馬鹿言ってんじゃないよ! なんでうちがあんたにそこまでしてやらなきゃならないんだい!」
「だからよ、持ちつ持たれつってやつでよ…………」
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