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江戸で・5
しおりを挟む「ただいま」
奉公先を飛び出して姉の『のぶ』のところに顔を出すと、大層驚いた様子だった。既に兄に叱られているのを推測したのか、いつもは口煩い姉も、今日は何も言ってこなかった。
十四で奉公に出た。以前の家出騒ぎからしばらくは大人しくしていたが、いつまでも子供のままでもいられないので、兄姉達が奉公先を探してきたのだ。三年、つとめた。どうもこの顔のせいか、男にも女にも惚れられる。色々と面倒になって、逃げてきた。
「着物を貸してくれねぇかな」
「また女の格好をして家出するんじゃないでしょうね」
「違う違う。あれだよ、ほら。宗門人別書上帳っていったっけ?」
「え?」
「俺、奉公に行った事になってるじゃねぇか。なのに三年で帰ってきてたらおかしいだろ。だから、女の格好でいようかと」
「女の人がいたら、それはそれでおかしいでしょう?」
「俺の許嫁だとか言っとけばいいんじゃねぇか?」
姉は、呆れたように溜息をついた。そういうところは本当に嫌になるくらい頭が廻るわね。困ったように笑っている。
「誰に似たのかしら」
「知らない」
「……どんな柄の着物がいいの?」
「黒地に、赤い模様のついた派手なのがあっただろ。あれがいい。姉上よりも俺の方がきっと似合うよ」
「……そう思っていても、口にしていい事と悪い事があるのよ」
姉の顔は笑っていたが、目だけは笑っていなかった。女は怖い。その時、心底そう感じた。
「はい、これでいい?」
「あと、その山吹色のと、鶴の絵のついたやつ」
「……いい着物ばっかり選ぶんだから!」
文句を言いつつも、姉は俺が指差したものを風呂敷に包んでくれた。ありがとう、と礼を述べて風呂敷を抱える。一緒に持ち上げた黒い物体を見て、姉が怪訝そうな顔をする。
「それは、なんなの?」
「見りゃわかるだろ。三味線だよ」
「わかるけど……何故、それを持っているの?」
それには答えず、俺は笑った。
「俺、また家を出るから」
「え?」
「三味線習いたくてさ。ま、そういうわけだから。着物ありがとう」
「ちょ……待ちなさい! どこか大店の若旦那でもあるまいし。そんなの許されるわけがないでしょう!」
伸びてきた姉の手をするりとかわし、表へ飛び出した。泣きそうな顔で俺を見ている姉に手を振る。
「何日かで帰ってくるからさ! ごめん!」
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