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江戸で・2
しおりを挟む「俺今、朝の散歩中やねん」
「……お前の事なんか聞いてない」
「なあなあ、俺の泊まってる旅籠に来ぃへん? それ、手当てせんとあかんよ」
「うっせぇ。 行かねぇ」
「駄目やなぁ。綺麗な娘がそんな乱暴な口きいちゃ」
「黙れ!」
「あ、俺に何かされると思ってるんや。お前まだ子供やし、何もせぇへんよ?」
「何かってなんだよ! お前だって子供だろ!」
「はー。綺麗やなぁ。な、口吸うてもええか?」
「は?」
答える暇もなく、顔が近付いてきた。慌てて相手の顔を両手で押して遠ざける。べろり。手の平を舐められた。咄嗟に足が出た。すぐそばに座っていた少年の股間に草鞋をはいた足が直撃する。
「ううッ!?」
「あッ、やべ」
「ぐうううッ……うう」
「わ、悪かったって。ほんと、ごめん」
同じ男として、痛いほどわかる。大丈夫だろうか。背を丸めて脂汗を流しながら唸っている子供に、心から謝った。
「なんで……」
「あ?」
「なんでや……俺に惚れない女はいない……はず……」
「……金タマ蹴られて言う言葉か」
背中を擦ってやりながら、空を見上げた。初めて会ったのに、昔からの悪友みたいだ。地元では、俺はバラガキ。周りの子供も大人も、俺をそういうもんだと思って対応してくる。だが、目の前の子供は、躊躇なく俺に手を伸ばした。
おかしな奴だ。自然、笑っていた。悪戯する時の相棒にしてみたいと思っていた。すると、すぐ隣で息を呑む気配がする。
「か……か~わいいぃ~~」
「…………は?」
ぎゅっと抱きついてくる。慌てて剥がそうとするが、妙に力が強くて剥がれていかない。口吸いをしようとするのを防ぎながら、再び足を出す。強く突っ張るように腹を足の裏で押すと、奴はようやく離れてくれた。二人とも全力を出していたのでぜぇぜぇしながら尻もちをつく。性懲りもなくのろのろと伸ばされた腕を払い、横腹を蹴る。ごくりと喉を鳴らす音がして奴の顔を見ると、目をギラギラさせて俺の露わになってしまった足を睨んでいた。慌てて裾を直す。残念そうに見てくる奴の頭をぽかりと殴ってやった。
誰かの足音が聞こえてくる。朝帰りの酔っ払いのようだった。座り込んでいる俺達の傍を通り過ぎる時に、こちらを見てぴゅうと口笛を吹いた。男は、鼻歌を歌いながら去っていく。それを見送りながら、ほーっと息を吐いた。
「いや……なーんか俺、変なんや。お前見てたら、こう、ムズムズするっちゅうか、なんちゅうか……。俺、お前が欲しいわ」
「欲しいって…………」
女の格好をしていたのは、その方がなにかと都合がいいからだ。江戸っ子は、困ったやつを放っておけない。特に若い男は、可愛い女にものを頼まれると嫌とは言えないのだ。困ったような顔をしてじっと相手を見つめれば、叶わない事などない。俺はそう信じていた。兄姉の用事で連れてきてもらった時に、それを肌で感じたのだ。悪い大人に気をつけてさえいれば、江戸では可愛い女の方が上手に生きていける。
(同い年くらいの女好きがどんな反応するかはわかってなかったなぁ)
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