36 / 44
淡々攻防
土方・11
しおりを挟む「斎藤さん、入りますよ」
山﨑は、静かに障子を開けると、部屋の中に入っていった。原田と顔を見合わせて、聞き耳をたてる。
「山﨑さん! 土方さんは……ッ!」
斎藤は、血まみれになっている山﨑を見て、驚いている様子だった。山﨑、溜息をつき、低い声で言葉を吐く。
「……副長が、斬られました」
「!」
「斎藤さん、恨みますよ。貴方が足を捻った事を報告さえしてくれていれば、副長はこんな事にならずにすんだ」
「…………あ……」
「副長が命を張って下さったお陰で、ここに集まっていた不逞浪士達は一掃する事が出来ました。当然、副長を斬った者についても始末をしましたので、それだけは報告しておきますよ」
「……う……うぉ……うおおおおお!」
獣の咆哮が聞こえる。斎藤が、腹の底から声を出し、何かを嘆いている。その悲痛な叫びは、聞いているこちらの胸が痛くなるようだった。
「山﨑さんて怖いよな。あの、いつも表情を崩さない斎藤が、これだぜ?」
「……ああ、あいつだけぁ怒らせたくねぇな……」
原田と頷きあっていると、部屋の中からカチャカチャと鍵で何かを開ける音が聞こえてきた。
「次からは気をつけてくださいね、斎藤さん」
「…………うう?」
「ですからね、副長がこんな目に合う事だけは、勘弁してください、と言っているんですよ。副長、もう入ってきていいですよ」
「!」
部屋に入って驚いた。髪をボサボサにした斎藤が、目を血走らせて血だらけになっている。足枷を外そうとして手を傷つけたのか、指先が真っ赤だった。その手が濡れて滑るのを防ぐ為か、着物にも血を拭いた跡が出来ていた。唇を噛んでいたのだろう。口からは血が垂れている。
(ああ……荒療治が過ぎたか……)
申し訳ないような気持ちになり、言葉が出なかった。
「土方さん!」
斎藤が、泣いた。
あの、いつも無表情で、たまにしか感情を表に出さない斎藤が、後から後から溢れ出る涙を拭いもせずに、俺に向かって飛びついてきた。
「さい……と……」
「土方さん! 土方さん、土方さん、土方さん!」
まるで他の言葉を忘れてしまったかのように、俺の名ばかりを叫ぶ斎藤。ガクガクと震える体を、片手で力いっぱい抱きしめた。こっちまで涙が出てくる。ごめん、ごめんな、と何度も謝った。
「斎藤さん、副長は斬られて怪我をしているので、あまり乱暴には……」
山﨑の言葉を聞き、斎藤は慌てて俺から離れた。ぎょっとしたように、腕にまかれた血の滲んでいる手ぬぐいを見る。
「……大丈夫なんですか?」
「大丈夫だ。お前こそ、その足早く診てもらわねぇとな。人の肌の色じゃねぇぞ、それ」
斎藤の足首は、紫色を通り越してどす黒くなっていた。そこから先は、違う物体のように腫れている。多分、骨が折れているだろう。よくここまで普通の顔をして歩いてこれたものだと感心した。
「いいですか、斎藤さん。今日はこのくらいで済みましたが、次からはちゃんと具合が悪い時は言って下さいね。無理をしても、いい事なんか無いんですから」
「…………はい」
「副長も、無茶をしないでくださいね。山﨑が原田さんを捕まえてこなかったら、二十人の中に一人で踏み込むつもりだったでしょう」
「…………」
「今回の事は、局長にしっかりと報告させていただきますからね」
「やめ……ッ! 山﨑!」
「駄目です。山﨑は、実は副長にも腹を立てているんですよ。気付きませんでしたか?」
山﨑は、笑ってみせたが、目は笑っていなかった。どうやら、俺もまた、一番怒らせてはいけない人物を怒らせてしまったようだ。
0
お気に入りに追加
16
あなたにおすすめの小説
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
永き夜の遠の睡りの皆目醒め
七瀬京
歴史・時代
近藤勇の『首』が消えた……。
新撰組の局長として名を馳せた近藤勇は板橋で罪人として処刑されてから、その首を晒された。
しかし、その首が、ある日忽然と消えたのだった……。
近藤の『首』を巡り、過去と栄光と男たちの愛憎が交錯する。
首はどこにあるのか。
そして激動の時代、男たちはどこへ向かうのか……。
※男性同士の恋愛表現がありますので苦手な方はご注意下さい
居候同心
紫紺
歴史・時代
臨時廻り同心風見壮真は実家の離れで訳あって居候中。
本日も頭の上がらない、母屋の主、筆頭与力である父親から呼び出された。
実は腕も立ち有能な同心である壮真は、通常の臨時とは違い、重要な案件を上からの密命で動く任務に就いている。
この日もまた、父親からもたらされた案件に、情報屋兼相棒の翔一郎と解決に乗り出した。
※完結しました。
アブナイお殿様-月野家江戸屋敷騒動顛末-(R15版)
三矢由巳
歴史・時代
時は江戸、老中水野忠邦が失脚した頃のこと。
佳穂(かほ)は江戸の望月藩月野家上屋敷の奥方様に仕える中臈。
幼い頃に会った千代という少女に憧れ、奥での一生奉公を望んでいた。
ところが、若殿様が急死し事態は一変、分家から養子に入った慶温(よしはる)こと又四郎に侍ることに。
又四郎はずっと前にも会ったことがあると言うが、佳穂には心当たりがない。
海外の事情や英吉利語を教える又四郎に翻弄されるも、惹かれていく佳穂。
一方、二人の周辺では次々に不可解な事件が起きる。
事件の真相を追うのは又四郎や屋敷の人々、そしてスタンダードプードルのシロ。
果たして、佳穂は又四郎と結ばれるのか。
シロの鼻が真実を追い詰める!
別サイトで発表した作品のR15版です。
幕末レクイエム―士魂の城よ、散らざる花よ―
馳月基矢
歴史・時代
徳川幕府をやり込めた勢いに乗じ、北進する新政府軍。
新撰組は会津藩と共に、牙を剥く新政府軍を迎え撃つ。
武士の時代、刀の時代は終わりを告げる。
ならば、刀を執る己はどこで滅ぶべきか。
否、ここで滅ぶわけにはいかない。
士魂は花と咲き、決して散らない。
冷徹な戦略眼で時流を見定める新撰組局長、土方歳三。
あやかし狩りの力を持ち、無敵の剣を謳われる斎藤一。
schedule
公開:2019.4.1
連載:2019.4.19-5.1 ( 6:30 & 18:30 )
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる