淡々忠勇

香月しを

文字の大きさ
上 下
35 / 44
淡々攻防

土方・10

しおりを挟む


「副長!」

 山﨑の声がやけに近くに感じる。部屋の中は急に明るくなり、目の前に原田の心配気な顔が見えた。
「大丈夫かよ、土方さん」
「…………大事ない」
「腕を斬られたんだ。血ぃ止めようぜ」
「大丈夫だろ?」
「副長、ちょっと腕を貸して下さい。手当てしますから」
「いいって!」
「良くないですよ。刀傷を何だと思ってるんですか。さあ」
「浪士どもは……?」
「原田さんが頑張ってくれましたよ」
「な~んだ、じゃあ、ご褒美やらなくっちゃな」
「そういう事! けど、それぁあんたの傷が治ってからの話だ。山﨑さんよ、そんなに深くはねぇだろ?」
「ええ。血が出た割には浅いようです。良かったですね副長。これならすぐに動けるようになります。」
 部屋の中には、ゴロゴロと浪士が倒れていた。その中で自分も尻餅をついている事がおかしくて、ふっと笑う。舌打ちをして、腰をあげようとすると、二人が慌てたようにそれを制した。
「……なんだよ」
「まだ動くなって! 重症じゃねぇけど、刀で斬られたんだからよ」
「いつんなったら動いていいんだよ」
「え? あ~、いつになったらだ? 山﨑さん」
「副長、斎藤さんのところに行きたいんですか?」
「…………」

「足枷を外してあげたいんですね。では、一緒に参りましょう。その腕では、痛むでしょうから、山﨑が外します。鍵を……」
 差し出された手の平に少し重みのある鍵を載せた。再び腰をあげようとすると、今度は原田が肩を貸してくれた。怪我をしていない方でしがみ付く。歩き出そうとすると、原田の腕が腰にまわり、支えてくれようとしたので思わず笑ってしまった。
「原田、俺ぁ足を斬られたわけじゃねぇんだぜ? 一人でも歩けるよ」
「お? あぁ、そうか。ん~? でも、なんかフラついてねぇか? もしかすっと熱が出るのかも」
「……熱?」
「傷が浅いとは言っても、あれだけの血が出ましたからね。今夜あたり出ますよ、副長」
 前を歩いていた山﨑が振り返りながら言う。手ぬぐいでしっかり縛ってある腕に触れた。赤い染みは、少しずつ大きくなってきているような気がする。
「面倒臭ぇの」
「その、面倒臭い原因を作った人間を今から懲らしめますから、声をかけるまで出てこないで下さいよ」
「……へ?」
「副長がそんな傷を作ってしまったのは、少なからず斎藤さんにも原因があります。体の不調を隠して仕事をするとどうなるか、今のうちに教えておかないと、今後同じような間違いを繰り返すに違いありませんから」
「……教えるって……何を……?」
「まぁ、声をかけるまで、待っていてください」

 山﨑は、怒っていた。自分自身にも腹を立て、斎藤にも腹を立てているようだ。こうなった時の山﨑を止められる者は、どこにもいない。俺は黙って頷くしかなかった。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

永き夜の遠の睡りの皆目醒め

七瀬京
歴史・時代
近藤勇の『首』が消えた……。 新撰組の局長として名を馳せた近藤勇は板橋で罪人として処刑されてから、その首を晒された。 しかし、その首が、ある日忽然と消えたのだった……。 近藤の『首』を巡り、過去と栄光と男たちの愛憎が交錯する。 首はどこにあるのか。 そして激動の時代、男たちはどこへ向かうのか……。 ※男性同士の恋愛表現がありますので苦手な方はご注意下さい

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

アブナイお殿様-月野家江戸屋敷騒動顛末-(R15版)

三矢由巳
歴史・時代
時は江戸、老中水野忠邦が失脚した頃のこと。 佳穂(かほ)は江戸の望月藩月野家上屋敷の奥方様に仕える中臈。 幼い頃に会った千代という少女に憧れ、奥での一生奉公を望んでいた。 ところが、若殿様が急死し事態は一変、分家から養子に入った慶温(よしはる)こと又四郎に侍ることに。 又四郎はずっと前にも会ったことがあると言うが、佳穂には心当たりがない。 海外の事情や英吉利語を教える又四郎に翻弄されるも、惹かれていく佳穂。 一方、二人の周辺では次々に不可解な事件が起きる。 事件の真相を追うのは又四郎や屋敷の人々、そしてスタンダードプードルのシロ。 果たして、佳穂は又四郎と結ばれるのか。 シロの鼻が真実を追い詰める! 別サイトで発表した作品のR15版です。

裏長屋の若殿、限られた自由を満喫する

克全
歴史・時代
貧乏人が肩を寄せ合って暮らす聖天長屋に徳田新之丞と名乗る人品卑しからぬ若侍がいた。月のうち数日しか長屋にいないのだが、いる時には自ら竈で米を炊き七輪で魚を焼く小まめな男だった。

幕末レクイエム―士魂の城よ、散らざる花よ―

馳月基矢
歴史・時代
徳川幕府をやり込めた勢いに乗じ、北進する新政府軍。 新撰組は会津藩と共に、牙を剥く新政府軍を迎え撃つ。 武士の時代、刀の時代は終わりを告げる。 ならば、刀を執る己はどこで滅ぶべきか。 否、ここで滅ぶわけにはいかない。 士魂は花と咲き、決して散らない。 冷徹な戦略眼で時流を見定める新撰組局長、土方歳三。 あやかし狩りの力を持ち、無敵の剣を謳われる斎藤一。 schedule 公開:2019.4.1 連載:2019.4.19-5.1 ( 6:30 & 18:30 )

明治不忍蓮華往生

No.37304
歴史・時代
明治十一年。 不忍池のほとりに閃く白刃がふたつ。 何故に、彼らは刃を向け合うのか──?

ビキニに恋した男

廣瀬純一
SF
ビキニを着たい男がビキニが似合う女性の体になる話

処理中です...