淡々忠勇

香月しを

文字の大きさ
上 下
10 / 44
淡々忠勇

斎藤・10

しおりを挟む


「なんだ? あいつぁ……」

 不思議そうな顔で彼を見送った土方は、俺に向き直った。首を捻りながら部屋に迎える。片足だけ入ったところで、土方は不機嫌そうな顔で俺を睨んだ。くるくる変わる表情が実に忙しそうだ。
「……なんですか」
「火が熾してない」
「寒くないですから」
「茶はどうやって飲んだ?」
「他の隊士に頼みました」
 土方は益々顔を歪め、無言のまま俺の袂を掴んだ。ぐい、と引かれる。閉めたばかりの障子があけられ、廊下を走るように歩き、ついたところは副長室だった。

 部屋の障子が開けっ放しになっている。土方の顔を見ると、黙って顎で部屋の中をさした。だいぶ怒っている様子に戸惑いつつ部屋に入ると、土方は乱暴に障子を閉めた。
「何をそんなに怒るんです?」
「朴念仁が」
「はい? あ、火鉢……」
 炭に、火が点いたままだった。すぐ帰ってくるつもりだったんだ、煩い事を言うなと、土方は長火鉢の向こう側に座った。
「座れ」
「はぁ」
 副長室の障子が開け放してあるのは、そう珍しい事ではなかった。いつも火鉢が使われているので、空気を入れ替える為に土方が障子を開けるのだ。寒い夜には、どてらを羽織りながら障子を全開にして火鉢にあたっている。何か言おうと口を開けば、『月を眺めてんだ、煩い事を言うなよ』と、土方は笑った。

「お前、いつも若い隊士に茶をいれてもらってんのか?」
「……はぁ。 面倒なので」
「とんま」
「と……とんまですか?」
「お前、意外と悪人だな。自分を慕ってる若い隊士をそういう風にこき使うのか」
「こき使ってなんていませんよ。彼等は、何か用事があったらなんでも言って下さいとしょっちゅう声をかけてくるので、頼んでいるだけです」
「はぁん。斎藤先生は偉いもんだな。向こうが手伝わせて下さいと頼むから、用事を頼んでやってるわけだ」
「そんな事!」
思わず、大きな声が出た。「そんな事、思っているわけがない」
「いいか、斎藤。お前は、俺の無理な頼みをよくきいてくれる。だから特別に教えといてやる 好意と厚意は、別物だぞ」
「そんなのは、わかって……」
「いい~や、わかってねぇ。お前はなんにもわかっちゃいねぇよ。あの隊士達は、お前に惚れてるんだ。ただ単にお前の力になりてぇだけなのかもしれねぇよ? けどな、『もしかしたら』、『あるいは』、ってな期待をせずには、いられねぇんだ。だってそうだろ、惚れた野郎が日常の用事を言いつけてくれるんだからな」
「そうでしょうか」
「そうだ。俺は、それで昔大失敗をやらかしてんだ。いいか、いくら最初は厚意だったとしても、根っこが好意なら、後々大変な事になるぜ。相手も自分と同じ考えを持ってるなんざ思わねぇこった」
 土方は苦虫を噛み潰したような顔をして鉄瓶を持ち上げた。五徳の下に新しい炭を置き、火の点いた炭をその上に乗せている。そうして、ゆっくりと火を繋げていくのだ。

(どうも、ああした作業が俺はあまり好きではない)

 それでも、もし本当に土方の言うように隊士が俺に惚れているのだとしたら、後々の事を考えてものを頼むのはやめた方がよいのだろう。段々と気持ちが下降してくる。溜息をついた。
「そんなに面倒臭ぇのか」
「はい?」
「随分と嫌そうに見えるからよ。お前にしちゃあ珍しく顔に出てる」
「はぁ。掃除や洗濯は寧ろ好きなのですが、茶をいれたり火を熾したりというのは、どうも性分として合わないというか……」
「なんとなくわかるけどな。どちらかというと、やらなくてもいいもんだからな。お前は無駄な事が好きじゃない。そして俺ぁ無駄な事の方が好きなんだ」
「沖田に言われました。俺と貴方は逆なんだと」
「……っは! 違いないな」

 土方は、可笑しそうに笑った。



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

永き夜の遠の睡りの皆目醒め

七瀬京
歴史・時代
近藤勇の『首』が消えた……。 新撰組の局長として名を馳せた近藤勇は板橋で罪人として処刑されてから、その首を晒された。 しかし、その首が、ある日忽然と消えたのだった……。 近藤の『首』を巡り、過去と栄光と男たちの愛憎が交錯する。 首はどこにあるのか。 そして激動の時代、男たちはどこへ向かうのか……。 ※男性同士の恋愛表現がありますので苦手な方はご注意下さい

大航海時代 日本語版

藤瀬 慶久
歴史・時代
日本にも大航海時代があった――― 関ケ原合戦に勝利した徳川家康は、香木『伽羅』を求めて朱印船と呼ばれる交易船を東南アジア各地に派遣した それはあたかも、香辛料を求めてアジア航路を開拓したヨーロッパ諸国の後を追うが如くであった ―――鎖国前夜の1631年 坂本龍馬に先駆けること200年以上前 東の果てから世界の海へと漕ぎ出した、角屋七郎兵衛栄吉の人生を描く海洋冒険ロマン 『小説家になろう』で掲載中の拙稿「近江の轍」のサイドストーリーシリーズです ※この小説は『小説家になろう』『カクヨム』『アルファポリス』で掲載します

陸のくじら侍 -元禄の竜-

陸 理明
歴史・時代
元禄時代、江戸に「くじら侍」と呼ばれた男がいた。かつて武士であるにも関わらず鯨漁に没頭し、そして誰も知らない理由で江戸に流れてきた赤銅色の大男――権藤伊佐馬という。海の巨獣との命を削る凄絶な戦いの果てに会得した正確無比な投げ銛術と、苛烈なまでの剛剣の使い手でもある伊佐馬は、南町奉行所の戦闘狂の美貌の同心・青碕伯之進とともに江戸の悪を討ちつつ、日がな一日ずっと釣りをして生きていくだけの暮らしを続けていた…… 

朝敵、まかり通る

伊賀谷
歴史・時代
これが令和の忍法帖! 時は幕末。 薩摩藩が江戸に総攻撃をするべく進軍を開始した。 江戸が焦土と化すまであと十日。 江戸を救うために、徳川慶喜の名代として山岡鉄太郎が駿府へと向かう。 守るは、清水次郎長の子分たち。 迎え撃つは、薩摩藩が放った鬼の裔と呼ばれる八瀬鬼童衆。 ここに五対五の時代伝奇バトルが開幕する。

独裁者・武田信玄

いずもカリーシ
歴史・時代
歴史の本とは別の視点で武田信玄という人間を描きます! 平和な時代に、戦争の素人が娯楽[エンターテイメント]の一貫で歴史の本を書いたことで、歴史はただ暗記するだけの詰まらないものと化してしまいました。 『事実は小説よりも奇なり』 この言葉の通り、事実の方が好奇心をそそるものであるのに…… 歴史の本が単純で薄い内容であるせいで、フィクションの方が面白く、深い内容になっていることが残念でなりません。 過去の出来事ではありますが、独裁国家が民主国家を数で上回り、戦争が相次いで起こる『現代』だからこそ、この歴史物語はどこかに通じるものがあるかもしれません。 【第壱章 独裁者への階段】 国を一つにできない弱く愚かな支配者は、必ず滅ぶのが戦国乱世の習い 【第弐章 川中島合戦】 戦争の勝利に必要な条件は第一に補給、第二に地形 【第参章 戦いの黒幕】 人の持つ欲を煽って争いの種を撒き、愚かな者を操って戦争へと発展させる武器商人 【第肆章 織田信長の愛娘】 人間の生きる価値は、誰かの役に立つ生き方のみにこそある 【最終章 西上作戦】 人々を一つにするには、敵が絶対に必要である この小説は『大罪人の娘』を補完するものでもあります。 (前編が執筆終了していますが、後編の執筆に向けて修正中です)

江戸の櫛

春想亭 桜木春緒
歴史・時代
奥村仁一郎は、殺された父の仇を討つこととなった。目指す仇は幼なじみの高野孝輔。孝輔の妻は、密かに想いを寄せていた静代だった。(舞台は架空の土地)短編。完結済。第8回歴史・時代小説大賞奨励賞。

毛利隆元 ~総領の甚六~

秋山風介
歴史・時代
えー、名将・毛利元就の目下の悩みは、イマイチしまりのない長男・隆元クンでございました──。 父や弟へのコンプレックスにまみれた男が、いかにして自分の才覚を知り、毛利家の命運をかけた『厳島の戦い』を主導するに至ったのかを描く意欲作。 史実を捨てたり拾ったりしながら、なるべくポップに書いておりますので、歴史苦手だなーって方も読んでいただけると嬉しいです。

武蔵要塞1945 ~ 戦艦武蔵あらため第34特別根拠地隊、沖縄の地で斯く戦えり

もろこし
歴史・時代
史実ではレイテ湾に向かう途上で沈んだ戦艦武蔵ですが、本作ではからくも生き残り、最終的に沖縄の海岸に座礁します。 海軍からは見捨てられた武蔵でしたが、戦力不足に悩む現地陸軍と手を握り沖縄防衛の中核となります。 無敵の要塞と化した武蔵は沖縄に来襲する連合軍を次々と撃破。その活躍は連合国の戦争計画を徐々に狂わせていきます。

処理中です...