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淡々忠勇
斎藤・10
しおりを挟む「なんだ? あいつぁ……」
不思議そうな顔で彼を見送った土方は、俺に向き直った。首を捻りながら部屋に迎える。片足だけ入ったところで、土方は不機嫌そうな顔で俺を睨んだ。くるくる変わる表情が実に忙しそうだ。
「……なんですか」
「火が熾してない」
「寒くないですから」
「茶はどうやって飲んだ?」
「他の隊士に頼みました」
土方は益々顔を歪め、無言のまま俺の袂を掴んだ。ぐい、と引かれる。閉めたばかりの障子があけられ、廊下を走るように歩き、ついたところは副長室だった。
部屋の障子が開けっ放しになっている。土方の顔を見ると、黙って顎で部屋の中をさした。だいぶ怒っている様子に戸惑いつつ部屋に入ると、土方は乱暴に障子を閉めた。
「何をそんなに怒るんです?」
「朴念仁が」
「はい? あ、火鉢……」
炭に、火が点いたままだった。すぐ帰ってくるつもりだったんだ、煩い事を言うなと、土方は長火鉢の向こう側に座った。
「座れ」
「はぁ」
副長室の障子が開け放してあるのは、そう珍しい事ではなかった。いつも火鉢が使われているので、空気を入れ替える為に土方が障子を開けるのだ。寒い夜には、どてらを羽織りながら障子を全開にして火鉢にあたっている。何か言おうと口を開けば、『月を眺めてんだ、煩い事を言うなよ』と、土方は笑った。
「お前、いつも若い隊士に茶をいれてもらってんのか?」
「……はぁ。 面倒なので」
「とんま」
「と……とんまですか?」
「お前、意外と悪人だな。自分を慕ってる若い隊士をそういう風にこき使うのか」
「こき使ってなんていませんよ。彼等は、何か用事があったらなんでも言って下さいとしょっちゅう声をかけてくるので、頼んでいるだけです」
「はぁん。斎藤先生は偉いもんだな。向こうが手伝わせて下さいと頼むから、用事を頼んでやってるわけだ」
「そんな事!」
思わず、大きな声が出た。「そんな事、思っているわけがない」
「いいか、斎藤。お前は、俺の無理な頼みをよくきいてくれる。だから特別に教えといてやる 好意と厚意は、別物だぞ」
「そんなのは、わかって……」
「いい~や、わかってねぇ。お前はなんにもわかっちゃいねぇよ。あの隊士達は、お前に惚れてるんだ。ただ単にお前の力になりてぇだけなのかもしれねぇよ? けどな、『もしかしたら』、『あるいは』、ってな期待をせずには、いられねぇんだ。だってそうだろ、惚れた野郎が日常の用事を言いつけてくれるんだからな」
「そうでしょうか」
「そうだ。俺は、それで昔大失敗をやらかしてんだ。いいか、いくら最初は厚意だったとしても、根っこが好意なら、後々大変な事になるぜ。相手も自分と同じ考えを持ってるなんざ思わねぇこった」
土方は苦虫を噛み潰したような顔をして鉄瓶を持ち上げた。五徳の下に新しい炭を置き、火の点いた炭をその上に乗せている。そうして、ゆっくりと火を繋げていくのだ。
(どうも、ああした作業が俺はあまり好きではない)
それでも、もし本当に土方の言うように隊士が俺に惚れているのだとしたら、後々の事を考えてものを頼むのはやめた方がよいのだろう。段々と気持ちが下降してくる。溜息をついた。
「そんなに面倒臭ぇのか」
「はい?」
「随分と嫌そうに見えるからよ。お前にしちゃあ珍しく顔に出てる」
「はぁ。掃除や洗濯は寧ろ好きなのですが、茶をいれたり火を熾したりというのは、どうも性分として合わないというか……」
「なんとなくわかるけどな。どちらかというと、やらなくてもいいもんだからな。お前は無駄な事が好きじゃない。そして俺ぁ無駄な事の方が好きなんだ」
「沖田に言われました。俺と貴方は逆なんだと」
「……っは! 違いないな」
土方は、可笑しそうに笑った。
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