淡々忠勇

香月しを

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淡々忠勇

斎藤・8

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「副長が女のようによがって男達の注意をひきつけてくれていたので、油断していたところを全て斬る事が出来ました」

 口に含んでいた茶を、局長が勢いよく噴き出した。隣で俺の話を聞いていた土方は顔を真っ赤にして噎せている。大丈夫ですか、と言いながら背中を擦ると、伸びてきた手が俺の頭を引っ叩いた。
「馬鹿やろ!」
「何をするんですか」
「それじゃ、俺が奴等を誘ってたみてぇじゃねぇか!」
「え、誘っていたのではないんですか? 男達に体を弄らせていたじゃないですか」
「お前が来たのがわかったから、わざと演技して注意をひきつけといてやったんだろ」
「え、俺の事、わかったんですか?」
「おうよ。お前、なんだと思ってたんだよ」
「いつも若い隊士達をからかっている時のように、あいつらの事もからかっていたのかと思ってました」
「……馬鹿か」
「そうか、俺の為に演技してくれてたのか……」
「ま。俺の為でもあるけどな。迫真の演技だったろ」
「はい」
「お前にゃ、逆立ちしたって出来ねぇな」
「できませんね。あんないやらしい声は出ませんし、だいいち出たとしても、俺じゃ食指がわかないでしょう」
「な……いやらしい声って……」

 ゴホン

 局長が、咳払いをする。正面を向いて、頭を下げた。
「ま、痴話げんかは部屋に戻ってからにしてくんな。とりあえず、経緯はわかった。斎藤君にぁ刀の研ぎ料と、副長を助け出したって報奨をとらそう」
「はぁ!? 痴話げんかって!」
「そうだろうが。お前、斎藤君の事は、大事にしろよ。何度助けてもらったんだ?」
「……なんで俺が助け出されたって思うんだよ」
「どうせ、わざと一人で連中に捕まったんだろ。それを斎藤君がやっぱり一人で助けに行ったんだ。違うか?」
「凄い……なんでもお見通しなんですね」
「斎藤、お前は黙ってろ!」
「おお怖ぇ。斎藤君、もう下がっていいぞ。こいつの角をなんとかしなけりゃ、俺ぁ明日っから大変だ」
「近藤さん!」
 顔を真っ赤にして怒る土方を、チラと見る。嬉しそうな顔で笑っている局長にも目をやる。二人には二人の世界があって、俺の入る隙は無いのだろう。局長に頭をさげて、腰をあげた。

「あ、そうだ、局長」
「なんだい?」
「痴話げんかとは、男女の間の情事に絡んだ喧嘩の事ですので、私と副長の間では痴話げんかとは言いませんよ」
「そうだったか?」
「ちなみに、男女間というところだけではなく、私と副長の間で、情事が執り行われた過去もありませんので、どうかお間違いなきよう……痛ッ!」
 尻にやけつくような痛みが走る。見下ろすと、真っ赤な顔をした土方が俺の尻を抓っていた。「何を……」
「野暮天! とっとと出てけ!」
「何をそんなに怒っているんですか?」
「局長の軽口に、いちいち正論で答えるなって言ってんだ! 聞いてるこっちが寒くなっちまわぁ!」
 正面では、局長がゲラゲラと笑っている。正しい事を言って、こう怒られてしまうのでは堪らないと、溜息をつきながら障子をあけた。所詮、自分は土方のいうように朴念仁なのだ。粋な江戸っ子の二人には、到底心の内などわかってはもらえまい、と黙って廊下へ出て障子をしめた。すっかり暗くなってしまった廊下に何者かの気配を感じる。腹を抱えて笑っている沖田だった。

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