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ヴァニラな雪女 1
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この世界には『人間界』と『妖怪ノ国』がある。この二つの世界が存在していると知っているのは妖怪とごく一部の人間だけ。
なぜ人間は妖怪ノ国のことを知らないのかというと、妖怪は恐ろしいものとしての認識が強いからである。実際はそうでもないのだが、持っている妖力を悪いことに使用されてもいけないし、人間に悪さをしてもいけない。
それで人間は「妖怪とは御伽噺の中のもの」だということにした。だが、妖怪の中には妖怪ノ国を出て人間界で働いている者もいる。
今回の調査対象の妖怪もその一人。
雪女の松雪ほの花。人間界での年齢は23歳。彼女の兄である人士さんから依頼を受けた。
定期的に連絡を取ってはいるが、きちんとした生活ができているのか心配だから確かめてきてほしいとの依頼だった。
人士さんは人間界と妖怪ノ国を行き来するパスを持っていない。ただ、妹に会いたいからという理由だけでは人間界に行く許可は下りない。
大事な妹が人間界に行ったままで会えていないのだという。本当ならこんな依頼は受けないのだが、お兄さんの熱意と妹に持って行ってほしいと山のように渡された手土産に兄妹愛を感じて、ついつい引き受けてしまった。
僕の名前は波島由弦。妖怪の中でも妖力が強い鴉天狗だ。
妖怪ノ国の巡査官(人間界の警察官と似たようなものだ)で、人間と妖怪の間で起こる事件を担当する仕事をしている。
普段は真名を隠すため今宮迅という偽名を使い、お役目のカムフラージュのため何でも屋をしながら妖怪ノ国と人間界を行き来しつつ、この二つの世界の均衡を保っている。
調書によると松雪ほの花は、日本の東京で仕事をしているらしい。
お昼になるとオフィス街に行き、キッチンカーでお弁当を売る仕事をしているとのこと。出向いてみると、とあるキッチンカーの前に行列ができていた。
「いらっしゃいませー!」
と車の中から明るい声が聞こえる。
タレ目のほわほわした笑顔の女性がそこにいた。
調書の写真の人物、松雪ほの花だ。ニコニコと弁当を売り、次々に来る客を捌いている。
一時間ほどのお昼のピークを過ぎた頃、客足が減ったのでキッチンカーに近づき声をかけた。
「こんにちは」
キッチン内で作業をしていた彼女は振り返りながら笑顔でいらっしゃいませ! と言うと
「本日のお弁当は2種類……あら? お客様……同郷の方ですね」
うわっ! しかも力の強い方だ! と珍しそうに僕を見ている。
「同郷の方には同郷のおかずをサービスしているんですよ? いかがですか?」
ニコリとそう言われると断れない。
どうやら見かけによらず商売上手らしい。
僕は魚がおかずのお弁当を頼むと、今宮迅ですと自己紹介をして、お兄さんに頼まれて様子を見に来たと伝えた。
「もう! お兄ちゃんたら心配性なんだから!」
そう文句を言うと、
「仕事が終わるのが5時頃なんですけど……もしよかったらキッチンカーの中で待ちませんか?」
チラリと時計を確認する。今は1時半か……。
キッチンカーの中で弁当を食べながら彼女の仕事振りを見せてもらうことにする。
今は冬。雪女の彼女には過ごしやすい季節らしく、キッチンカーの中も冷え冷えとしていている。ここ寒いですからどうぞ、と一人用の電気ストーブを用意してくれた。
ランチが終わると、スイーツとコーヒーを販売するらしい。お弁当は二時までの販売で、一旦店を閉め車の中でスイーツの準備をする。
短時間で準備なんて一人で大変では? と聞くと、彼女はフフンと笑って、パンパンと手を叩く。
すると、ポン! ポン! ポン! と15センチほどの小さな彼女が5体現れた。デフォルメされたぬいぐるみのような姿だ。
「私の雪ん子ちゃんたち、ミニほの花ちゃんです」
彼女と同じエプロンを付けたミニほの花さんズが、整列してみゅ、みゅ、と言っている。
「さあ、ジェラートとアップルパイの支度をしますよ!」
アップルパイは予め家で焼いてきて温めるだけになっていて、ジェラートは彼女の雪女の能力を活かして作られていく。
ミニほの花さんズは箱に詰めたり、ジェラートを練ったりと楽しそうに働いている。
「松雪さんはどうして人間界に?」
雪女は恋する妖怪だ。人間界に伴侶を見つけに来たのだろうか。
「兄から聞いていないんですか? あと、ほの花でいいですよ。お客様も名前で呼んでくれていますし」
ジェラートを作りながら、彼女のお昼だろうか……サンドイッチを食べている。
「ご存じかもしれませんが、私は雪女で、普通なら好きになった男の人の精気を好物とするんですけどね。私は食べ物に恋をしてしまいまして……男の人よりも食べ物の方に目がいっちゃうんです」
テヘヘと笑う彼女。
「妖怪ノ国で働こうとは考えなかったんですか?」
ほの花さんの作ったお弁当はとても美味しくて、料理好きの僕の口にも合う。妖怪に特別サービスのおかずも……これは妖怪ノ国でも成功するだろう。
「妖怪ノ国にも美味しい食べ物はあるんですけど、人間界の方が美味しい物がたくさんあるんですよねぇ。私、とにかく食いしん坊で……」
と恥ずかしそうに呟いた。
「これ、少し食べませんか?」
そう言ってアップルパイの切れ端にジェラートを乗せてくれる。
気がつけばもう作業が終わったのか、ミニほの花さんズも同じ物をムシャムシャと食べている。作業したご褒美らしい。
僕も一口食べてみる。
うん、美味しいけど……。
「大人の方向けにもう少しシナモン強めでもいいかもしれませんね」
ほの花さんが不意を突かれたような顔で僕を見ている。しまった……ついつい余計なことを。
「すみません、余計なことを……僕も料理好きなもので……」
と謝るとほの花さんは、ふるふると首を横に振りながら笑った。
「実は私もそうかなと思っていたんです。でも、全部強めにするといけないのでシナモンパウダーを別に付けて販売するようにしています」
さすが商売上手だ。
僕はもらったシナモンパウダーをかけて食べた。うん、こっちの方が美味しいな。
2時半から改めて店を開け、スイーツの販売が始まる。僕も手伝うと申し出て売り子をする。すると
「さっすが今宮さん! 凄いです! ああっもっと作っておけばよかったああぁ……!」
SNSでイケメンがキッチンカーでスイーツを売っていると話題になったらしく、本日分は4時で完売になってしまった。
こうなることがわかっていたら、もっと売り上げが出たのに……と残念そうだ。
まあまあと慰めて、後片付けも手伝う。
どんな所に住んでいるのかも調べて来てくれと頼まれたと言うとほの花さんの自宅を訪ねることも快諾してくれた。
ほの花さんの運転で1時間ちょっと走り山の中に入る。
「ここが私の家です」
山の中にポツンと平家。
「街中に借りると家賃高いし、夏はキツくて……ここならキッチンカーを停める駐車場代もいらないですし、そこまで都会に遠い訳でもないですし、夏も過ごしやすいんですよ」
さあさあどうぞ! と家に案内される。
本当なら女性の一人暮らしの部屋には入らないが、今日は依頼だから……と自分に言い聞かせる。
しかしこの子も危機感なさ過ぎないか……? こういう点は心配だな。お兄さんに報告しなければ。
古い平家だが、手入れされていて綺麗だ。
寒いでしょ? と言って出してくれたストーブに当たりながら、設置してあったこたつに入る。普段はこたつの電源は入れないらしい。
お兄さんから預かったお土産を妖力で出して渡す。ほの花さんが開封すると変わった置物や、ほの花さんの好物だという妖怪饅頭が入っていた。もう、また変なお土産……と困った顔をしながらも嬉しそうなほの花さんは、置物を棚に並べながらふにゃふにゃの笑顔を見せる。
定期的に妖怪ノ国から荷物が届くらしく、棚の上には所狭しと置物が飾られている。
部屋の奥から、妖怪ノ国から連れて来たという猫又が出てきた。雄の三毛猫だ。
兄の好物を作るので待っていてくださいと言われ、猫又を抱きながら台所で作業する様子を見せてもらう。
ほの花さんが、パンパンと手を叩く。
ポン! ポン! とミニほの花さんズが出てきて彼女を手伝う。
僕もうずうずしてきて手伝いたいと申し出ると、ちゃっかり夕飯の支度を頼まれた。
忙しいほの花さんのために常備菜を作ろうと冷蔵庫を覗くと、お弁当屋さんをしているだけあって食材も豊富。作りがいがありそうだ。
古い家だからか台所が広く、作業場も広い。
二人で人間界のことや妖怪ノ国の話をしながら作業をする。
ミニほの花さんが代わりばんこに味見をしに来たり、ほの花さんがこっそりつまみ食いしていたりと賑やかに時間が過ぎた。
ほの花さんの夕飯も作り終え、人士さんの好物もでき上がり「これをお願いします」と託された。
「兄には元気にやっているので心配しないでと伝えてください」
と伝言を頼まれる。
だが――
「ほの花さん、今からお兄さんに会いにいきませんか?」
と言うと、慌て出す。
「だ、ダメですよ! 明日の仕込みもあるし……妖怪ノ国に帰省するの半日かかるじゃないですか」
普通の妖怪ならそう、妖怪ノ国へのトンネルを抜けるのに半日かかる。でも僕は。
「僕は鴉天狗ですよ?」
ニヤリと笑うとほの花さんの手を握る。
シュン! と一瞬で妖怪ノ国の人士さんの家。
人士さんに今日はお仕事を休みにしといてくださいと頼んでおいたのだ。二人の兄妹愛が強ければ会わせてあげようと思って。
ポカーンと口を開けているほの花さんと、いきなり目の前に現れた妹にポカーンと口を開けている人士さん。正気に返ったのは人士さんの方が早かった。
「ほの花! お兄ちゃんだよー!」
と嬉しそうに手を広げると、遅れて正気を取り戻したほの花さんが、腕の中に入り抱きついた。
目の前で繰り広げられる兄弟愛を羨ましいなと思いながら眺めていると、人士さんが
「今宮さん! ありがとう!」
と僕にも抱きついてくる。
時間が許す限りご一緒に過ごしてくださいと言うと、今宮さんもご一緒にと言われたので調査の報告をしながら談笑する。もちろん、ほの花さんの危機感の無さは人士さんに報告させてもらった。
ほの花さんは膨れていたけど。
楽しい時間を過ごし、またほの花さんを連れて来ますと言うと人士さんがありがとうと何回もお礼を言ってきた。
人士さんも仕事で人間界へ行く許可が下りそうだとのことなので、またこの兄妹が会える日は近いだろう。
ほの花さんを人間界に送り届けると、
「また来てくださいね。今度来るときは連絡してから来て。スイーツ多めに作りますから!」
と言われ、どこまでも商売上手なほの花さんに笑ってしまった。
翌日、人間界で使うスマホに僕が作った夕飯が美味しくて全部食べてしまったと、ミニほの花さんズがお腹パンパンにしている写真が送られてきた。
きっと、ミニほの花さんズだけでなく、ほの花さんもお腹いっぱいに食べたのだろう。また作りに行かなくては……と笑いながら頭の中で予定を立てた。
なぜ人間は妖怪ノ国のことを知らないのかというと、妖怪は恐ろしいものとしての認識が強いからである。実際はそうでもないのだが、持っている妖力を悪いことに使用されてもいけないし、人間に悪さをしてもいけない。
それで人間は「妖怪とは御伽噺の中のもの」だということにした。だが、妖怪の中には妖怪ノ国を出て人間界で働いている者もいる。
今回の調査対象の妖怪もその一人。
雪女の松雪ほの花。人間界での年齢は23歳。彼女の兄である人士さんから依頼を受けた。
定期的に連絡を取ってはいるが、きちんとした生活ができているのか心配だから確かめてきてほしいとの依頼だった。
人士さんは人間界と妖怪ノ国を行き来するパスを持っていない。ただ、妹に会いたいからという理由だけでは人間界に行く許可は下りない。
大事な妹が人間界に行ったままで会えていないのだという。本当ならこんな依頼は受けないのだが、お兄さんの熱意と妹に持って行ってほしいと山のように渡された手土産に兄妹愛を感じて、ついつい引き受けてしまった。
僕の名前は波島由弦。妖怪の中でも妖力が強い鴉天狗だ。
妖怪ノ国の巡査官(人間界の警察官と似たようなものだ)で、人間と妖怪の間で起こる事件を担当する仕事をしている。
普段は真名を隠すため今宮迅という偽名を使い、お役目のカムフラージュのため何でも屋をしながら妖怪ノ国と人間界を行き来しつつ、この二つの世界の均衡を保っている。
調書によると松雪ほの花は、日本の東京で仕事をしているらしい。
お昼になるとオフィス街に行き、キッチンカーでお弁当を売る仕事をしているとのこと。出向いてみると、とあるキッチンカーの前に行列ができていた。
「いらっしゃいませー!」
と車の中から明るい声が聞こえる。
タレ目のほわほわした笑顔の女性がそこにいた。
調書の写真の人物、松雪ほの花だ。ニコニコと弁当を売り、次々に来る客を捌いている。
一時間ほどのお昼のピークを過ぎた頃、客足が減ったのでキッチンカーに近づき声をかけた。
「こんにちは」
キッチン内で作業をしていた彼女は振り返りながら笑顔でいらっしゃいませ! と言うと
「本日のお弁当は2種類……あら? お客様……同郷の方ですね」
うわっ! しかも力の強い方だ! と珍しそうに僕を見ている。
「同郷の方には同郷のおかずをサービスしているんですよ? いかがですか?」
ニコリとそう言われると断れない。
どうやら見かけによらず商売上手らしい。
僕は魚がおかずのお弁当を頼むと、今宮迅ですと自己紹介をして、お兄さんに頼まれて様子を見に来たと伝えた。
「もう! お兄ちゃんたら心配性なんだから!」
そう文句を言うと、
「仕事が終わるのが5時頃なんですけど……もしよかったらキッチンカーの中で待ちませんか?」
チラリと時計を確認する。今は1時半か……。
キッチンカーの中で弁当を食べながら彼女の仕事振りを見せてもらうことにする。
今は冬。雪女の彼女には過ごしやすい季節らしく、キッチンカーの中も冷え冷えとしていている。ここ寒いですからどうぞ、と一人用の電気ストーブを用意してくれた。
ランチが終わると、スイーツとコーヒーを販売するらしい。お弁当は二時までの販売で、一旦店を閉め車の中でスイーツの準備をする。
短時間で準備なんて一人で大変では? と聞くと、彼女はフフンと笑って、パンパンと手を叩く。
すると、ポン! ポン! ポン! と15センチほどの小さな彼女が5体現れた。デフォルメされたぬいぐるみのような姿だ。
「私の雪ん子ちゃんたち、ミニほの花ちゃんです」
彼女と同じエプロンを付けたミニほの花さんズが、整列してみゅ、みゅ、と言っている。
「さあ、ジェラートとアップルパイの支度をしますよ!」
アップルパイは予め家で焼いてきて温めるだけになっていて、ジェラートは彼女の雪女の能力を活かして作られていく。
ミニほの花さんズは箱に詰めたり、ジェラートを練ったりと楽しそうに働いている。
「松雪さんはどうして人間界に?」
雪女は恋する妖怪だ。人間界に伴侶を見つけに来たのだろうか。
「兄から聞いていないんですか? あと、ほの花でいいですよ。お客様も名前で呼んでくれていますし」
ジェラートを作りながら、彼女のお昼だろうか……サンドイッチを食べている。
「ご存じかもしれませんが、私は雪女で、普通なら好きになった男の人の精気を好物とするんですけどね。私は食べ物に恋をしてしまいまして……男の人よりも食べ物の方に目がいっちゃうんです」
テヘヘと笑う彼女。
「妖怪ノ国で働こうとは考えなかったんですか?」
ほの花さんの作ったお弁当はとても美味しくて、料理好きの僕の口にも合う。妖怪に特別サービスのおかずも……これは妖怪ノ国でも成功するだろう。
「妖怪ノ国にも美味しい食べ物はあるんですけど、人間界の方が美味しい物がたくさんあるんですよねぇ。私、とにかく食いしん坊で……」
と恥ずかしそうに呟いた。
「これ、少し食べませんか?」
そう言ってアップルパイの切れ端にジェラートを乗せてくれる。
気がつけばもう作業が終わったのか、ミニほの花さんズも同じ物をムシャムシャと食べている。作業したご褒美らしい。
僕も一口食べてみる。
うん、美味しいけど……。
「大人の方向けにもう少しシナモン強めでもいいかもしれませんね」
ほの花さんが不意を突かれたような顔で僕を見ている。しまった……ついつい余計なことを。
「すみません、余計なことを……僕も料理好きなもので……」
と謝るとほの花さんは、ふるふると首を横に振りながら笑った。
「実は私もそうかなと思っていたんです。でも、全部強めにするといけないのでシナモンパウダーを別に付けて販売するようにしています」
さすが商売上手だ。
僕はもらったシナモンパウダーをかけて食べた。うん、こっちの方が美味しいな。
2時半から改めて店を開け、スイーツの販売が始まる。僕も手伝うと申し出て売り子をする。すると
「さっすが今宮さん! 凄いです! ああっもっと作っておけばよかったああぁ……!」
SNSでイケメンがキッチンカーでスイーツを売っていると話題になったらしく、本日分は4時で完売になってしまった。
こうなることがわかっていたら、もっと売り上げが出たのに……と残念そうだ。
まあまあと慰めて、後片付けも手伝う。
どんな所に住んでいるのかも調べて来てくれと頼まれたと言うとほの花さんの自宅を訪ねることも快諾してくれた。
ほの花さんの運転で1時間ちょっと走り山の中に入る。
「ここが私の家です」
山の中にポツンと平家。
「街中に借りると家賃高いし、夏はキツくて……ここならキッチンカーを停める駐車場代もいらないですし、そこまで都会に遠い訳でもないですし、夏も過ごしやすいんですよ」
さあさあどうぞ! と家に案内される。
本当なら女性の一人暮らしの部屋には入らないが、今日は依頼だから……と自分に言い聞かせる。
しかしこの子も危機感なさ過ぎないか……? こういう点は心配だな。お兄さんに報告しなければ。
古い平家だが、手入れされていて綺麗だ。
寒いでしょ? と言って出してくれたストーブに当たりながら、設置してあったこたつに入る。普段はこたつの電源は入れないらしい。
お兄さんから預かったお土産を妖力で出して渡す。ほの花さんが開封すると変わった置物や、ほの花さんの好物だという妖怪饅頭が入っていた。もう、また変なお土産……と困った顔をしながらも嬉しそうなほの花さんは、置物を棚に並べながらふにゃふにゃの笑顔を見せる。
定期的に妖怪ノ国から荷物が届くらしく、棚の上には所狭しと置物が飾られている。
部屋の奥から、妖怪ノ国から連れて来たという猫又が出てきた。雄の三毛猫だ。
兄の好物を作るので待っていてくださいと言われ、猫又を抱きながら台所で作業する様子を見せてもらう。
ほの花さんが、パンパンと手を叩く。
ポン! ポン! とミニほの花さんズが出てきて彼女を手伝う。
僕もうずうずしてきて手伝いたいと申し出ると、ちゃっかり夕飯の支度を頼まれた。
忙しいほの花さんのために常備菜を作ろうと冷蔵庫を覗くと、お弁当屋さんをしているだけあって食材も豊富。作りがいがありそうだ。
古い家だからか台所が広く、作業場も広い。
二人で人間界のことや妖怪ノ国の話をしながら作業をする。
ミニほの花さんが代わりばんこに味見をしに来たり、ほの花さんがこっそりつまみ食いしていたりと賑やかに時間が過ぎた。
ほの花さんの夕飯も作り終え、人士さんの好物もでき上がり「これをお願いします」と託された。
「兄には元気にやっているので心配しないでと伝えてください」
と伝言を頼まれる。
だが――
「ほの花さん、今からお兄さんに会いにいきませんか?」
と言うと、慌て出す。
「だ、ダメですよ! 明日の仕込みもあるし……妖怪ノ国に帰省するの半日かかるじゃないですか」
普通の妖怪ならそう、妖怪ノ国へのトンネルを抜けるのに半日かかる。でも僕は。
「僕は鴉天狗ですよ?」
ニヤリと笑うとほの花さんの手を握る。
シュン! と一瞬で妖怪ノ国の人士さんの家。
人士さんに今日はお仕事を休みにしといてくださいと頼んでおいたのだ。二人の兄妹愛が強ければ会わせてあげようと思って。
ポカーンと口を開けているほの花さんと、いきなり目の前に現れた妹にポカーンと口を開けている人士さん。正気に返ったのは人士さんの方が早かった。
「ほの花! お兄ちゃんだよー!」
と嬉しそうに手を広げると、遅れて正気を取り戻したほの花さんが、腕の中に入り抱きついた。
目の前で繰り広げられる兄弟愛を羨ましいなと思いながら眺めていると、人士さんが
「今宮さん! ありがとう!」
と僕にも抱きついてくる。
時間が許す限りご一緒に過ごしてくださいと言うと、今宮さんもご一緒にと言われたので調査の報告をしながら談笑する。もちろん、ほの花さんの危機感の無さは人士さんに報告させてもらった。
ほの花さんは膨れていたけど。
楽しい時間を過ごし、またほの花さんを連れて来ますと言うと人士さんがありがとうと何回もお礼を言ってきた。
人士さんも仕事で人間界へ行く許可が下りそうだとのことなので、またこの兄妹が会える日は近いだろう。
ほの花さんを人間界に送り届けると、
「また来てくださいね。今度来るときは連絡してから来て。スイーツ多めに作りますから!」
と言われ、どこまでも商売上手なほの花さんに笑ってしまった。
翌日、人間界で使うスマホに僕が作った夕飯が美味しくて全部食べてしまったと、ミニほの花さんズがお腹パンパンにしている写真が送られてきた。
きっと、ミニほの花さんズだけでなく、ほの花さんもお腹いっぱいに食べたのだろう。また作りに行かなくては……と笑いながら頭の中で予定を立てた。
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