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48 アダムズフォート

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 マルの母親であるドラゴンと別れた俺たちは、アダムの信号を追ってヘリを飛ばしていた。

「この付近で信号は消失しています。おそらくアダム大佐のヘリがどこかに降りたのでしょう」
「この辺りか……やはりな」

 俺の眼下には、荒野の真ん中にたたずむ石造りの塔が見えた。
 見るのは初めてだが、あれが言い伝えにある魔王の塔に間違いないだろう。

「うっ……なんだあれは?」

 しかし、俺が気を取られたのはそびえ立つ魔王の塔ではなく、さらにその下、塔の周辺に立ち並ぶ奇妙な建物群だった。
 それらは倉庫のようでもあり、小さな砦が並んでいるようでもあった。
 さらに、その建物の置かれている地面は滑らかに舗装されており、まるで一つの街を形成しているようにも見えた。

【あれは地球の軍事基地です。アダム大佐は亜空間転送装置によって基地ごと飛ばされてきたと言っていましたが、偶然にもあの塔に重なる座標に転送されたのでしょう。もっとも地球にあった頃より全体的に増築されているようですが】
「まったく次から次へとわけの分からん物を……」

 俺はこの島に来てから何度言ったか分からない台詞を吐きながら基地を見回す。
 無機質な灰色の大地の上には建物の他に、列をなして行進する無数の影が見えた。

「あれは……モンスターか?」

 武器を持ったモンスターの集団が足並みをそろえて基地の外に向かって歩いていく。
 その数は千か一万か、もしくはそれ以上か、とにかく数えきれないほどの大軍勢が一方向に黙々と歩を進めていくのが見えた。
 向かっている先は俺たちが飛んできた方向、つまりリュートたち討伐軍のいる場所だ。

「まだあんなに兵力を残していたのか」
【あの増援が到着しては、いかにドラゴンの協力があっても形勢は圧倒的に不利になります。急いでアダム大佐を探し出し暗殺することをおすすめします】
「言われなくてもそのつもりだ」

 アダムを倒せばモンスターは無力化する。
 その話が本当かどうかまだ確信を持てないが、俺たちが勝利するには他に道は無さそうだ。

【塔の最上階がヘリポートになっているようです。そこにヘリを着陸させ、内部に潜入しましょう】

 ヘリに乗っているのが仲間だと思っているのか、地上のモンスターはこちらに注意を向けてこない。
 その隙に俺は速度を上げ、塔の頂上に近づく。

「待てよ……これ、どうやって降りるんだ?」

 塔を見下ろせるほどまで近づいた時、新たな問題に気づいた。
 飛んでいたヘリをそのまま奪ったため、俺は着陸の仕方を知らない。

【説明している時間はありません。できるだけ屋上に接近して飛び降りてください】
「チッ!」

 舌打ちしながら機内に持ち込んだ高周波ブレードとスリサズを掴み、空中に身を投げ出す。
 慣性のついた体は着地と同時に屋上を転がり、四方を囲む胸壁に激突して止まった。

「うぐッ……」

 思いのほか勢いよく背中を打ちつけ、一瞬息が止まる。
 しかしなんとか魔王の塔に乗り込むことに成功した。

 乗り手を失ったヘリはそのまま彼方へ飛び去って行く。
 燃料が切れて海に落ちればそれでよし、木や山にぶつかって墜落したとしても、それはそれで敵の注意を逸らすことができるだろう。
 俺は小さくなっていくヘリをほどほどに見送ると、階段を降りて塔の内部へと入っていった。



 屋上から階下に降りた先は、がらんとした広間だった。
 部屋には豪華な調度品がちりばめられ、それらの中心には髑髏をあしらったまがまがしい雰囲気を放つ大きな座椅子が一つ。
 魔王の待つ玉座の間――――。
 一目でそう連想させる空間だった。
 しかし部屋にアダムの姿はなく、魔王が鎮座するはずの玉座は長い間使われていないのかホコリが積もっている。

「なんでいきなりこんな所に出るんだ?」
【本来は階下から上って来る者を待ち構えるように設計されていたのでしょう。屋上から侵入するのは正規ルートではなかったようです】
「そりゃそうだ」

 ヘリで上空から侵入するなんて、この世界の人間や魔族が想定するはずがない。
 元々は一階から上っていくごとに門番となるモンスターを配置し、それらを乗り越えてきた冒険者をこの玉座の間で待ち受ける構造だったのだろう。
 アダムが地球の技術を持ち込んだことで、その常識が通用しなくなってしまったのだ。

 俺は玉座の間からさらに下の階に降りていく。
 どの階にも人やモンスターの気配は一切なく、その代わりに大小さまざまな木箱や樽が部屋中に積み重ねられていた。
 いくつかの木箱を開けてみると、中には食料や金貨、宝石などが一杯に詰め込まれていた。
 おそらくモンスターを使って略奪した品だろう。
 そのまま一階まで降りてみたが、他に気になる物は見当たらなかった。
 どうやらアダムはこの塔を倉庫や物置程度にしか利用していないらしい。
 言い伝えに聞く魔王の塔もこうなっては形無しだな。

「だがここにいないとなると、アダムはどこに隠れた?」
【屋上のヘリポートにアダム大佐のヘリがありましたので、彼も同じように階段を下りてきたはずです。塔を離れてそう遠くへは行けないでしょう】

 上空から見渡した時もアダムらしき影は見当たらなかった。
 塔から出ていないとすると奴はどこへ……?

【アダム大佐と関係があるかは不明ですが、先ほどから強力な妨害電波を感知しています。ここの真下、およそ50Mの地点に発生源があります】
「下だと? ここは一階だぞ――」

 そう言いかけると同時に俺は部屋の隅にある、甲冑を着こんだ置物に注目した。
 よく見たらその周りの床だけ引きずったような跡がある。
 ズズズズ――。
 置物を動かすと、すぐ下の床に両開きの扉があり、その中から地下へ続くハシゴが現れた。

「またずいぶんと月並みな隠し方をしたもんだな」
【アダム大佐も我々の追跡には気づいているはずです。注意して降りてください】

 ハシゴを降りると途中から階段になり、さらに地下へと続いていた。
 薄暗い一本道を進んでいくと、いつしか壁や床が石造りから金属に変わり、天井の細長いランプの白い光が周囲を照らし始めた。

「たいまつの明かりじゃないな。この白いランプも地球の技術なのか?」
【これ……は……ザザッ……蛍光灯……と呼ばれ……るもので……ザザッ】
「どうした?」

 説明するスリサズの声には雑音が混じり、消え入りそうなほど小さくなっていた。

【基地内部の……ザッ……妨害電波により……一部機能が著しく阻害されているようです……ザザッ……会話は困難になりますが……ザザッ……壊れるわけでは……ありません。ご……心……配なく……――――】

 ブツっという音を最後に、スリサズは一言も発しなくなってしまった。

「おい、大丈夫か?」
【――――】

 スリサズの張り付いている高周波ブレードをコンコンと軽く叩いてみる。
 応答はないが、機械の目が点滅しているので死んでいるわけではないらしい。
 こいつがそう簡単に壊れるとは思えないが、これからアダムを探し出して対決するのにスリサズから地球の情報が得られないのでは分が悪い。
 アダムもそれを見越してここに誘い込んだのかもしれない。

 だがここまで来て引き返すわけにもいかなかった。
 なんでも斬れる高周波ブレードもスリサズが力を出せないのであればただの剣だが、人間のアダムを殺すことぐらいならできるだろう。
 俺はそのまま奥へと進んだ。

 ……それにしても、こいつが黙ってるとこんなに静かになるものか。
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