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19 酒場のクラーケン
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フィノに階段の見張りを頼み、俺は静かに二階の部屋を覗く。
ドアに付いた窓からは、木の椅子やテーブルをごちゃごちゃと並べただけの一階とは違い、ゆったりとしたソファや豪華な装飾品が並べられた落ち着いた内装になっていた。
部屋の壁には絵画が掛けられ、中央に置かれた大理石のテーブルにはいかにも高級そうなボトルが何本も並べられている。
どうやら金持ちの接待に使う特別室のようだ。
「中に誰かいるか?」
【周囲に熱源反応はありません】
俺はスリサズに確認してから部屋のドアに手をかける。
鍵がかかっておらず、すんなりと開いた。
中にはソファに座り、向かい合って倒れている二人の男がいた。
一人は禿げあがった頭に入れ墨をしたゴツい男。胸から血を流して机に突っ伏している。
おそらくあれが船長のポルトだろう。
もう一人は太った商人風の男。喉に穴が空けられ、だらしなく開いた口からはとめどなく血が流れ出している。
どちらも既に死んでいるようだ。
しかし、他に部屋の中には誰もおらず、俺が入ってきたドア以外に出入口もない。
二人を殺した犯人はどこに行った?
「本当に誰もいないのか?」
【繰り返しますが熱源反応はありません】
念を押してから俺は部屋に踏み込み、中を調べる。
犯人のことも気になるが、武装船の鍵を探すという当初の目的を果たすには絶好の機会だ。
部屋の中には絵画や調度品の他に、博物館のようにサメやセイウチなど海の生物の剥製が陳列されていた。漁に出ていた時に捕まえたのだろうか、それとも海賊行為で奪ったものだろうか。
鑑賞している場合ではないのは分かっているが、珍しくて目移りしてしまう。
「しかし魚でも剥製になるんだな。サメにイルカ、でかいタコなんかのもある」
【タコは剥製にできません。イカやタコのような軟体動物は内臓を抜くと原型が保てないためホルマリン漬けにしなければなりませんが、この星にそのような技術があるとは思えません】
「なに? じゃあこれはな……」
ヒュンッ――。
俺が言い終わるよりも早くタコのはく製の足が伸び、俺の首をかすめた。
伸びた足は後ろにあった木製の本棚に突き刺さり、木の板に穴を空けた。
よく見たら、タコ足の先端に鋭い爪のようなものが光っている。部屋の二人を殺した凶器もおそらくこれだろう。
俺は咄嗟に避けた勢いでバランスを崩し、転倒した身体を起こす。
タコの化物は八本の触手で体を持ち上げると、俺と同じぐらいの高さになった。
「誰もいないと言っただろうが!」
【タコやイカなどの変温生物は周囲の気温に合わせて体温を変化させるため、私の熱センサーに反応しなかったようです。それでも通常の変温動物であれば呼吸などのために多少は体温が高くなるものですが、この生物は地球のタコよりも環境に溶け込むことに長けているようです】
長々と続くスリサズの言い訳を聞き流しながら、俺は鞭のように襲い掛かる触手をかいくぐり、壁に張り付いたタコの頭を剣で斬りつける。
しかし、奇妙な感触と共にズルンと刀身が横に滑り、ダメージを与えることはできなかった。
「なんだ今のは?」
【軟体動物の体と、分泌される粘液のせいで摩擦力が失われています。刃物ではダメージが与えられません】
「ったくどいつもこいつも!」
悪態をつきながらタコの化物に蹴りを入れる。
タコは壁と俺の足に挟みこまれるが、器用に触手を動かして足の隙間から逃げていく。
これでもダメか。
【体表を流れる粘液を取り除けば剣が通るようになるでしょう。また、あの粘液は通電性のため、マルの電撃などは有効のようです】
こういう時に限ってマルは連れてきていない。子ども姿のあいつを酒場に入れるには理由が思いつかなかったからだ。
【それでは周波数を合わせて交渉を試みますか?】
「いらん、やめろ」
バンダースナッチの一件で期待できないことは分かっている。
「戦士殿、大丈夫か? なにやら物音がしているが……」
いつの間にか一階を見張っていたフィノが入口の前に立っていた。戦闘音を聞きつけて様子を見に来たようだ。
大ダコはターゲットを変更し、触手を鞭のようにしならせてフィノに襲い掛かる。
「危ない!」
「……! “ヒート・ウォール”!」
フィノが手をかざして叫ぶと、迫る触手が直前で燃え上がった。
大ダコは熱さのあまり触手を引っ込めようとするが、その前に俺が剣を振り上げ、伸びきった足を切断した。
なるほど、体が燃えて粘液が蒸発すれば剣も効くようだ。それにしても、
「あんた魔道士だったのか?」
「そう見えなかったかな」
フィノはとぼけたように肩をすくめた後、大ダコに向かって両手を向ける。
「事情は呑み込みきれないが、こいつが敵だな? ――“フレア・ラッシュ”!」
手から無数の火球が生み出され、大ダコの体を燃やす。
炎上した体を引きずりながら入口に逃げようとするタコの化物を、俺は頭から両断した。
【人体発火能力のようなものでしょうか。地球では1000年以上前に超能力の存在はすべて否定されたのですが……SNSに書いてもトリック扱いされそうなのでやめておきます】
◆
「なるほど、そこのタコのモンスターがポルトと商人を……」
「ああ、そこの船長が売りつけようとしていたらしい」
俺は倒れている船長の死体を指す。
フィノは死体の身体を調べると、胸ポケットから錆びた鍵を取り出した。
「あった、これが武装船の鍵だ。船長は死んだが、船がある限り奴らの横暴は止まらないだろう」
そう言いながらフィノは船長の鍵を懐にしまい込む。
「さあ、ここにいても仕方がない。早く酒場を出よう。今のこの状況、見つかれば誤解を招きかねな……」
「て、てめえら、ここでなにしてやがる!?」
二階から立ち去ろうとすると、物音に気づいたらしい船員の一人と鉢合わせした。
「あれは船長!? ……やりやがったな! み、みんな来てくれーッ!」
【交渉を試みますか? 周波数を合わせる必要はありませんが】
「お前は黙ってろ」
俺は目の前の船員を蹴飛ばし階段から転げ落とすと、フィノを連れて酒場の出口に走った。
ドアに付いた窓からは、木の椅子やテーブルをごちゃごちゃと並べただけの一階とは違い、ゆったりとしたソファや豪華な装飾品が並べられた落ち着いた内装になっていた。
部屋の壁には絵画が掛けられ、中央に置かれた大理石のテーブルにはいかにも高級そうなボトルが何本も並べられている。
どうやら金持ちの接待に使う特別室のようだ。
「中に誰かいるか?」
【周囲に熱源反応はありません】
俺はスリサズに確認してから部屋のドアに手をかける。
鍵がかかっておらず、すんなりと開いた。
中にはソファに座り、向かい合って倒れている二人の男がいた。
一人は禿げあがった頭に入れ墨をしたゴツい男。胸から血を流して机に突っ伏している。
おそらくあれが船長のポルトだろう。
もう一人は太った商人風の男。喉に穴が空けられ、だらしなく開いた口からはとめどなく血が流れ出している。
どちらも既に死んでいるようだ。
しかし、他に部屋の中には誰もおらず、俺が入ってきたドア以外に出入口もない。
二人を殺した犯人はどこに行った?
「本当に誰もいないのか?」
【繰り返しますが熱源反応はありません】
念を押してから俺は部屋に踏み込み、中を調べる。
犯人のことも気になるが、武装船の鍵を探すという当初の目的を果たすには絶好の機会だ。
部屋の中には絵画や調度品の他に、博物館のようにサメやセイウチなど海の生物の剥製が陳列されていた。漁に出ていた時に捕まえたのだろうか、それとも海賊行為で奪ったものだろうか。
鑑賞している場合ではないのは分かっているが、珍しくて目移りしてしまう。
「しかし魚でも剥製になるんだな。サメにイルカ、でかいタコなんかのもある」
【タコは剥製にできません。イカやタコのような軟体動物は内臓を抜くと原型が保てないためホルマリン漬けにしなければなりませんが、この星にそのような技術があるとは思えません】
「なに? じゃあこれはな……」
ヒュンッ――。
俺が言い終わるよりも早くタコのはく製の足が伸び、俺の首をかすめた。
伸びた足は後ろにあった木製の本棚に突き刺さり、木の板に穴を空けた。
よく見たら、タコ足の先端に鋭い爪のようなものが光っている。部屋の二人を殺した凶器もおそらくこれだろう。
俺は咄嗟に避けた勢いでバランスを崩し、転倒した身体を起こす。
タコの化物は八本の触手で体を持ち上げると、俺と同じぐらいの高さになった。
「誰もいないと言っただろうが!」
【タコやイカなどの変温生物は周囲の気温に合わせて体温を変化させるため、私の熱センサーに反応しなかったようです。それでも通常の変温動物であれば呼吸などのために多少は体温が高くなるものですが、この生物は地球のタコよりも環境に溶け込むことに長けているようです】
長々と続くスリサズの言い訳を聞き流しながら、俺は鞭のように襲い掛かる触手をかいくぐり、壁に張り付いたタコの頭を剣で斬りつける。
しかし、奇妙な感触と共にズルンと刀身が横に滑り、ダメージを与えることはできなかった。
「なんだ今のは?」
【軟体動物の体と、分泌される粘液のせいで摩擦力が失われています。刃物ではダメージが与えられません】
「ったくどいつもこいつも!」
悪態をつきながらタコの化物に蹴りを入れる。
タコは壁と俺の足に挟みこまれるが、器用に触手を動かして足の隙間から逃げていく。
これでもダメか。
【体表を流れる粘液を取り除けば剣が通るようになるでしょう。また、あの粘液は通電性のため、マルの電撃などは有効のようです】
こういう時に限ってマルは連れてきていない。子ども姿のあいつを酒場に入れるには理由が思いつかなかったからだ。
【それでは周波数を合わせて交渉を試みますか?】
「いらん、やめろ」
バンダースナッチの一件で期待できないことは分かっている。
「戦士殿、大丈夫か? なにやら物音がしているが……」
いつの間にか一階を見張っていたフィノが入口の前に立っていた。戦闘音を聞きつけて様子を見に来たようだ。
大ダコはターゲットを変更し、触手を鞭のようにしならせてフィノに襲い掛かる。
「危ない!」
「……! “ヒート・ウォール”!」
フィノが手をかざして叫ぶと、迫る触手が直前で燃え上がった。
大ダコは熱さのあまり触手を引っ込めようとするが、その前に俺が剣を振り上げ、伸びきった足を切断した。
なるほど、体が燃えて粘液が蒸発すれば剣も効くようだ。それにしても、
「あんた魔道士だったのか?」
「そう見えなかったかな」
フィノはとぼけたように肩をすくめた後、大ダコに向かって両手を向ける。
「事情は呑み込みきれないが、こいつが敵だな? ――“フレア・ラッシュ”!」
手から無数の火球が生み出され、大ダコの体を燃やす。
炎上した体を引きずりながら入口に逃げようとするタコの化物を、俺は頭から両断した。
【人体発火能力のようなものでしょうか。地球では1000年以上前に超能力の存在はすべて否定されたのですが……SNSに書いてもトリック扱いされそうなのでやめておきます】
◆
「なるほど、そこのタコのモンスターがポルトと商人を……」
「ああ、そこの船長が売りつけようとしていたらしい」
俺は倒れている船長の死体を指す。
フィノは死体の身体を調べると、胸ポケットから錆びた鍵を取り出した。
「あった、これが武装船の鍵だ。船長は死んだが、船がある限り奴らの横暴は止まらないだろう」
そう言いながらフィノは船長の鍵を懐にしまい込む。
「さあ、ここにいても仕方がない。早く酒場を出よう。今のこの状況、見つかれば誤解を招きかねな……」
「て、てめえら、ここでなにしてやがる!?」
二階から立ち去ろうとすると、物音に気づいたらしい船員の一人と鉢合わせした。
「あれは船長!? ……やりやがったな! み、みんな来てくれーッ!」
【交渉を試みますか? 周波数を合わせる必要はありませんが】
「お前は黙ってろ」
俺は目の前の船員を蹴飛ばし階段から転げ落とすと、フィノを連れて酒場の出口に走った。
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