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 ヒーロー

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 静かな路地裏に建つ、寂れた一軒家。
日頃から掃除がされていないのか、家の窓は煤で汚れていて、覗いても中の様子が見えづらい。けれど、よく目を凝らせば部屋にベッドが置かれ、そのうえに、緑の髪の幼い少女が眠っているのが見える。

壁が薄いせいで、耳を傾ければ、薄汚れた汚い男の声が聞こえてくる。


「ぐへへへ、リリナちゃん、おじちゃんといいことしよーね」

惚けた顔で、穢れた指で、俺のリリアに触ろうとするその男の姿は、あのクソ伯爵を彷彿させる。まさに醜いブタだった。

部屋の窓を蹴りあげて侵入する。
バリンと窓が割れる音に驚き、男は尻餅をついた。

「だ、だれだぁ!?」


「・・・・・・」

──ふっ、俺がだれかだと? それは後できっちり教えてやるさ。


男の質問にはすぐに答えずに床に散りばる割れたガラスの破片をさらに踏み砕く。

(聞こえるか、哀れなブタよ。このガラスの砕ける音が)

「なっ、頭のなかに直接声がッ、ど、どうなってやがる!?」


耳を押さえて、パニックに陥る男。
慌てて近くにおいてあった剣を手にとり、こちらに向けてくる──が、無駄だ。

(この音は、お前の穢れた人生の後奏曲ポストリュード、運命のカウントダウンは、はじまっているぞ)



魔力で強化してある木刀を、高速の速さで振ってやると、男の持つ剣が根元から絶たれて、弾け飛んだ刃が天井に突き刺さった。

「ひぃぃぃ、小人のばけものッ」

(ブタに化け物呼ばわりされる筋合いはない)

軽くこずくつもりで、ジャンプして男の鳩尾を蹴っとばす。

「うぉぉええッ!」

面白いくらいに弾け飛び、壁にぶつかり嗚咽をこぼした。
呼吸ができないようで、はっはっはと短く息を吐き出して苦しそうにもがいている。

(鳴き声まで醜いとはな)

俺は脂汗にまみれた男の顔を見下ろす。
ソイツは、数週間前に冒険者ギルドで俺に絡んできた三人組の一人だった。
リリナを後ろから抱き締めて、イタズラをしようとした奴だ。

(僅かでも少女に触れられて幸せだったか、このブタ野郎)

「まっ、まってくれ。俺はまだ何もしちゃいねぇ。この子を連れ戻しにきたのなら抵抗はしないから、これ以上暴力うぉ」

ゴミみたいな言葉を口から捨てだそうとしていたから、口に木刀を突っ込んで、喋れないようにする。

(空気が汚れるだろ、リリナが寝ているんだ。少し黙れ)

男が今さら何を言おうともう遅い。
俺の友達に手をだした時点でお前の運命は決まっていたのだから。
それに、本当なら、お前は冒険者ギルドであの時死ぬはずだった。僅かでも延命できたことを喜ぶがいい。

少しずつ、ゆっくりと木刀を奥に押し込んでいく。

「う゛う゛う゛ッ」

(最後に質問に答えてやろう。お前は俺が誰かと聞いたな? 教えてやるよ)


そう言って俺は顔を隠している布を剥ぎ取った。


「!?」

(来世では見た目で人を判断しないことだな)


そして、俺は力を込めて喉を貫き、男の命を冥府へと送ってやった。


■■■■■■■



「う、うーん・・・・・・・ここは?」


隣で眠るリリナが目を覚ました。
上半身を起こして、眠そうに目を擦っている。

俺達がいまいる場所はリリナの家の屋根だ。
俺はここで、リリナが目を覚ますまで一緒に寝転がり星空を見上げていた。

「君は・・・・・・ルーク?」

(ルーク? はて、それは誰のことだろう)

直接、頭に話しかけらて、普段あまり表情を動かさないリリナが、目をパチクリとさせる。ぷぷ、間抜けな顔だ。俺はいま全身タオルだらけの完璧な変装中だ。正体がバレる筈がない。当てずっぽうで見破ろうとしても、その手には乗らない。

「いや、姿形がどうみてもルークなんだけど?」

(何を言っているんだセニョリータ、俺は通りすがりの、ただのセニョールさ)

「・・・・・・ださ」

(ははは、冗談が上手いな君は)

「・・・・・・・・」

リリナがなにやら考え込むように黙る。

(こう見えても、君の命を救ってあげたんだよ、別にお礼とかは、全然言わなくてもいいからね?)

「うん、ありがと・・・・・・でもやっぱりルークだね」


(どうやら襲われて意識が混濁しているようだ。でも安心するがいい。もう君を狙うロリコン冒険者はこの町にはいないから)

「うん? なんのこと、わたしを襲ったのは」

──と、リリナが何かを喋ろうとしたが、俺はリリナの口唇に人差し指をあてた。


(あいにく、答え合わせは自分でしたい主義なんでね。そこから先の言葉は必要ない)

それに、最初からわかっているさ。リリナがあの程度の男に捕まるはずがないってことくらい。

(セニョリータ、そろそろ俺は答えを見つけに行くとするよ。気まぐれな女神が、夜の帳に真実を隠してしまう前にね)

「よく分かんないけど、わかった」

(では、またいつか月下の光が闇を照らすその時に、お会いしよう)


「また明日ね、バイバイ」


そして俺は漆黒のタオルケットを翻し、目的の場所へ向かうのだった。
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