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今宵のディナーを用意する赤子

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 伯爵が暴れたせいで花瓶が割れて床が水浸しになっている。飾られていた花が可哀そうに散らばっている。父上の書斎で両親と言い争う伯爵を、俺は誰にもバレないように息を殺してドアの隙間から覗きこんでいた。

 顔を真っ赤にした伯爵が汚い唾を飛ばして怒鳴る。

「昨日のエリーナの件で私に仕返しでもしたつもりか!?」

 母上は自分の名前がでたことに驚き、疑問を投げかける視線を父上に向ける。

「・・・昨日伯爵が来た時に、エリーナを引き渡せば金を貸すと言われたんだ。愛人にしたいらしい。もちろん断ったがな」

「……そんな、お金は大丈夫だって言ってたのに。どうして相談してくれなかったのよ」

「言えるわけないだろ! 世界一愛する妻を誰にも渡したりはしない。私は貴族としてそこまで落ちたつもりはないよエリーナ」

「あなた……」

 父上はこれ以上ないほど渋い表情できめて、母上に熱いまなざしをおくる。
そして母上も、まるで今日付き合い始めたカップルのように頬を染めて、嬉しそうにしている。

(なんだ、この胸やけする光景は……流石に自分の両親だとキツイな)

しかし、目の前でそんなシーンを見せられた伯爵は余計に気分を害したようで、空気をぶち壊すかように二人の間に割り込んで叫ぶ。

「なにイチャイチャしてんだ底辺貴族がっ! どうでもいいから、さっさとあのドラゴンを屋敷から追い出せ!」

「そういわれても、私にはどうしようもできないのだが」

「まだとぼけるのか! お前が差し向けたドラゴンは私の屋敷を粉砕したんだぞ!? しかも、なぜかお気に入りの美術品だけを念入りに砕いて燃やしやがった! この、くそがぁぁぁぁ!!!」

 思い出して怒りが再熱した伯爵は近くにあったものを殴りつけて、ぜえぜえと息を切らす。

「あのドラゴンのせいで、私の領地はパニックだっ、住民も逃げ出してゴーストタウンのようになっている」

「なら、伯爵が自分で言っていた、S級冒険者を雇えばいいのでは?」

「馬鹿をいうなっ! そんな貴重な戦力が都合よく待機しているものか、魔王討伐の遠征にでているに決まっているだろ!?」

「なっ!? では昨日は私をだましていたのですか!?」

 父上が怒りに震えて、伯爵に飛びかかりそうだったが、母上が腕を掴んでとめた。クズとはいえ上流貴族だ。殴ればただでは済まないだろう。

「ふん、田舎貴族が、だまされる方が悪い」

「帰れっ!!二度とくるなっ」

「言われなくてもそのつもりだ」


そういって伯爵はあっさりと引き下がり部屋を退出する。
俺もお馴染みの壺へダイブした。

(ふう、あのドラゴン、想像以上に仕事をしてくれたみたいだな。今度お礼にコーヒーでも持って行ってやるか)

 ひとまず、最初の嫌がらせはうまくいったようだ。

(それにしても伯爵、ぷぷぷ、お前母上に嫌われたな。母上はなっ、俺がいれば十分なんだよっ。俺も母上がいれば十分なんだ。つまりお前の入る隙間はないってわけ)

 もちろん俺は父上も尊敬しているが、俺は断然母上派だ。断じておっぱいで選んでない。

だがな、伯爵。お前がしたことは、この程度で許されはしない。
何故なら、全然俺がスカッとしないからだ。これは序章にすぎない。

それに、あの意地汚い伯爵が、そう易々と諦めるものか。
どうせこの後、絶対になにか仕掛けてくるに決まってる。ならば、その時に俺が直接引導を引き渡してやろうじゃないか。


■■■■■


――――夜


 町外れにある、先端が尖った巨大な岩の上で俺は一人ただずんでいた。
眠くはない。既にカフェインは注入済みだ。

苦くて飲むのに苦労したが、大切な人を守るためなら俺はいつだって修羅となる。目をつむり精神を研ぎ澄ませていく。

 静かだ・・・耳に入ってくるのは虫や夜鳥の鳴き声と、そっと吹く夜風の流れ。
すると、そこへカチャ、カチャと、鎧をつけた人間の歩く音が聞こえてきた。
ゆっくりと目をあけて、眼下に集まっている不届き者を見おろす。

百人ほどか。

 それは伯爵が集めた、盗賊風の男たち。
おそらく、兵士の装備をワザと汚くして変装させている。
身のこなしと、統一のとれた全体の動きから訓練された兵士なのは丸わかりだ。
おおかた、我が父カイリーがドラゴンを差し向けたとか言って動かしているのだろう。


 そいつらは列になって、町に向かい進行していた。
一番後方には馬に乗っているデブの男がいる。
顔は布で隠しているが、その腹で伯爵だとすぐに判断できる。

ふっ、お粗末な変装だぜ、俺の足元にも及ばない。

 俺はいま、漆黒のタオルケットで全身を隠し、顔を隠すように目から下にはよだれ掛けを巻いている。さらに父上の汗拭きタオルを帽子かわりに被り、完全に誰かわからない状態だ。

 さしずめ、闇の暗殺者といったところか。
俺は月光に照らされながら、「とうっ!」と飛び上がり、ぱさぁと漆黒のマントを翻らせ盗賊共の前に躍り出た。

「だっ、だれだ貴様、小人かっ!?」

「全員構えろ、珍妙な奴があらわれたぞ!」

(騒ぐな、お前たちの命はすでに俺の手中にあると知れ)

俺は昨日ドラゴンから会得したテレパシーで直接脳内に話かける。

「なっなんだ頭の中に声がぁぁ」

 はじめての経験に全員がうろたえて、騒がしくなる。だが、有象無象がどれだけ群がろうと興味はない。俺は伯爵の位置を確認する。

 すると、後方にいた伯爵は、馬から降りて物資を運ぶ馬車に隠れたようだった。

(ふん、所詮は醜いブタか)

 その場でキッチンから拝借してきた包丁を上段に構える。
すると、正面から男が一人、槍を持って突撃して来たので、俺はすれ違い様に包丁を一閃する。

 男は俺が居た場所を通り過ぎたにも関わらず、止まらずに走り続ける。
盗賊たちがどうしたんだと、その男に呼びかけるがもう遅い。

ちょうど十歩目を踏み出した瞬間、


男は縦に真っ二つに割れて絶命した。

「嘘だろ! な、なにが起こっているっ!?」

(言ったはずだ、お前らの命は俺が握っていると)

動揺する盗賊共に、魔力を解放して威圧してやると、全員がビビって腰を抜かす。

(馬車までの道を開けろ、邪魔だ)

 そう伝えると、すぐさま人垣が左右に割れて、伯爵の隠れる馬車までの道ができた。俺は馬車をみつめたまま、近くにいた男に話しかける。

(なあ、お前は、猛烈に腹が減っている時に、目の前に前菜とメインが並んでたらどちらを選ぶ?)

「・・・な、なんの話だ?」

(俺はな、もし目の前に御馳走があったら、飛び起きてむしゃぶりつく主義なんだ。いつもそうしている)

「そ、そうか?」

(つまり俺が言いたいことはだ、本当は母上を侮辱された瞬間にこうしてやりたかったんだが、諸事情で大っぴらには手を下せなかった。昨日からずっとお預けさせられている気分だったんだ)

また包丁を上段に構える。

(だからお前等みたいな前菜はいらねぇ、一口目からメインディッシュに噛みついてやるぜ!!)

 包丁を振り、伯爵がいる馬車を分解する。
中には怯えた表情で震えるブタが一人。

俺はブタにテレパシーをとばしてやる。

(喜べ伯爵、貴様には今宵、この最強の俺が手ずからつくったディナーを食わせてやるっ)

「ひ、ひィ!!」

(すこしお粗末だが、醜いブタのポークビッツだ、とくと味わえっ!)

 斬撃を飛ばすと、時間差で伯爵のズボンが赤く染まった。
伯爵はなにが起きたのか理解できないのか、股間を押さえて呆然と立ち尽くす。

しかし、それとは対照的に、空中にはお粗末なものがクルクル回転して勢いよく舞い上がった。

ばぶばぶばぶばう汚ねぇ花火だぜ

股間を両手で抑えたままショックで気絶する伯爵と。その幻想的な光景を唖然と眺め立ち尽くす兵士達……

 これでもう奴は、母上の乳を求めようとは、しないだろう。
今の一撃には濃厚な魔力ものせてある。よほど凄腕の回復術師でなければ治せない。
いつか、奴が反省していれば俺がなおしてやらんこともない。

一人切り殺してしまったが、武器を向けてきた以上やられても文句はいわせない。
俺の存在は純粋な人間ではないせいか、見知らぬ盗賊風情が死んだ所で心は痛まなかった。

(さあ、お前達もああなりたくなかったらさっさと帰れ、俺も最近外出がおおくてホームシックなんだ)

そういうと、盗賊共は伯爵を担ぎ、股間をおさえて大急ぎで走り去っていった。
全員が見えなくなるまで見送った俺は、これでまた明日から平和なスローライフがおくれるぜ、とルンルン気分で家に帰るのだった。
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