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第13章 ヤーベ、王都の料理大会ではっちゃける!
第172話 頑張っている人にはご褒美をあげよう
しおりを挟むズルリ・・・ズルリ・・・。
ズルズル・・・。
ふふふ、とっても久しぶりにスライム形態だ。デローンMk.Ⅱだ。
王都に到着してコルーナ辺境伯家に居候してからというもの、ずっとスライム流変身術》<変身擬態>で人間・矢部裕樹の格好を続けている。
寝る時も今は<変身擬態>を解除しない。逆に意図的にスライムに戻ろうとしないと解除されない。無意識化でも人間のカタチを保っていられるようになった。その上、いつも奥さんズの誰かがそばに居たしな。スライムの姿でウロウロするわけにもいかなかったのだが。
俺は今、喫茶店<水晶の庭>のオーナーシェフ、リューナちゃんの家に忍び込んでいる。<水晶の庭>は店舗兼自宅の様で、リューナちゃんは二階の部屋で寝ているようだ。
そして台所には明日開催される王都スイーツ大会の予選会で使用するパンケーキの生地がボールに入っている。
ヒヨコ達が手に入れてきたある情報を元に、その見張りのためにわざわざ夜中にやって来たのだ・・・リューナの許可も得ずに家に入り込んでいるがのだが。
ガタリ・・・
どうやら招かれざる客が到着したようだ。
「アニキ・・・どれだろう?」
「シッ! 静かにしろ・・・だいたい台所に行けば明日使う材料とか置いてあるだろうよ」
「さすがアニキだ!」
「静かにしろっての!」
どうやら二人組の賊のようだ。狙いは明日の王都スイーツ大会予選で使う予定の材料か。
「どうやらこれだな・・・」
台所の机の上に置いてあるボールには布巾が掛けられている。明日予選会で使うパンケーキの元だ。
(味見をするかな?)
俺は隙間ににゅるりと入り込んだまま賊を観察する。
ガシャン!
いきなりボールをひっくり返す賊。
ガタガタガタン!
調味料が入っていると思われる陶器の小瓶も机から落として壊してしまう。
「ゲホッ! ゲホッ! なんだこれ!?」
「目が痛ェよアニキ!」
ケケケ、俺様特製のコショウ&トウガラシ爆弾入りの調味料入れを壊したんだからな。
「な、なにっ!? 何の音?」
壊れた音でリューナが起きてきたようだ。
「お、女か!? アニキ、ヤッちまうか! ゲホッ!」
「馬鹿野郎! こんな状態で万一しくじったらボスに迷惑が掛かるだろう! ずらかるぞ!」
ふう・・・もしリューナに手を出そうものなら、思わずヤッちまうところだったぜ!
二人の賊が立ち去った後、リューナが台所に入って来る。
可愛いパジャマ姿にカーディガンを羽織った格好だ。
「ああっ! ヒドイ・・・」
ひっくり返されたお盆や、蜂蜜が入っていたであろう陶器の小瓶が割れた状況を見て、とても悲しそうな顔をするリューナ。
「深夜に勝手にお邪魔して悪いね?」
「キャア!」
耳と尻尾を逆立てて飛び上がって驚くリューナ。
振り返って俺と目が合う。
「や、ヤーベさん!?」
「驚かせてゴメンね。どうやら王都スイーツ大会の参加者を狙って妨害する輩がいるって情報を掴んでね。万一リューナちゃんが狙われたら危険だから、こっそり見張っていたんだけどね」
「ええっ!? そ、それは嬉しいのですが・・・あの、その・・・勝手にお家に入って私を見張っていたのですか?」
顔を真っ赤にしてちょっとほっぺを膨らませるリューナ。
「あ、いや、勝手にウチに入ったのは悪かったと思うけど、リューナちゃんを見張っていたわけじゃないよ? そのボールや調味料に悪さする奴が来ないか見張っていたんだからね?」
そう説明すると、ちょっとホッとした表情になるリューナ。尻尾もゆらゆらと左右に揺れている。
「でも、パンケーキの元や調味料をダメにされちゃいましたね・・・」
悲しそうに壊れた小瓶やひっくり返ったボールを見つめるリューナ。
「もちろん、無事だよ?」
そう言って机に亜空間圧縮収納にしまった本当のボールや調味料の入った小瓶を取り出す。
「わっ! ど、どうして・・・?」
「もちろん、狙われていたら、それが成功したと思わせて賊たちを泳がせるためだよ」
「じゃあ、この壊れた小瓶とかは・・・」
「そう、俺が準備した偽物だよ」
惜しいかな、ボールの中身を味見してくれたら面白かったのに。チョー激辛にしてあったのだが。
「じゃあ、明日は問題なく予選会に参加できるんですね!」
パアッっと笑顔になってリューナが喜ぶ。
「もちろん! こんな姑息な手段を取る奴らなんかに負けないぞ! 頑張ろう!」
「はいっ!」
「じゃ、一旦帰るけど、朝また迎えに来るから、ゆっくり休んでね」
「はい! ありがとうございました」
そう言ってぺこりとお辞儀をしてくれるリューナ。
「おやすみ」
「おやすみなさい」
ふっ・・・一人暮らしの女性の家に忍び込んだことは不問にしてもらえたようだ。
「わあ・・・すごい人の数ですね!」
「なんでも、参加者は百人以上いるらしいぞ?」
「そんなにですか!?」
翌日、朝に喫茶<水晶の庭>にやって来た俺はリューナちゃんに朝食をごちそうになった後、王都スイーツ大会の予選会に参加するために一緒に会場にやって来た。
会場には多くの人が詰めかけており、会場の外には屋台も出ている。
「それにしても・・・今日はずっとそのローブで顔を隠されたまま参加されるのですか?」
リューナが俺の姿を見て問いかけてくる。
そうなのだ。今の俺の格好は以前貰った高級神官着を使っている。そのため、ローブで顔まで覆っており、手足すら見えないくらいにしている。
その姿は地球時代に大ファンだった伝説の冒険漫画ダ〇の大冒険に出てきた敵キャラ、ミ〇トバーンの姿に激似だろう。
カッシーナの話では、この大会の優勝者には俺とカッシーナの結婚式で振る舞われるスイーツの製作と言う名誉も与えられるらしいからな。直接カッシーナの夫になるスライム伯爵である俺がリューナに力を貸すというのは良くないと思われる。そのために姿を隠して参加しようという魂胆だ。
さて、会場を見渡せば、多くの参加者が受付に並んで登録を行っている。終わった者から会場に入って行っているようだ。この会場で調理をして、そのまま審査を受けることになる。上位十名が二日後に行われる決勝戦に参加できる。
「さあ、まずは受付に行こう」
「はいっ!」
俺たちは受付に並ぶことにした。
「俺たちは七十七番だな」
「はい、ここに七十七番の札があります。この場所で調理して審査を受けるみたいですね」
七十七番・・・俺が大ファンだった闘将の背負った番号じゃないか。これは負けられないな!
調理の場所は同じようなスペースで区画整理されているようだ。屋根だけのテントと、水桶、机があるだけだ。調理器具など必要な物は自分たちで持ち込まなければならない。
俺は予選で作るスイーツのキモとなるべき魔道ホットプレートを取り出す。
これは魔石が組み込まれた鉄の板だ。鍛冶師のゴルディン殿にプレートを準備してもらい、表面をみっちり研磨してもらったものを知り合いの魔道具師に仕上げてもらったものだ。
何度かテストして火加減もマスターした。リューナにもバッチリ教え込んだから大丈夫だ。
出来れば出来たてを食べてもらいたい。だが、何かあってもいけないしな、早めに2~3枚焼くとしよう。
周りを見れば、スペルシオ商会が砂糖を復旧させたために、どの参加者も砂糖を大量に持ち込んでいるようだ。タチワ・ルーイ商会とレストラン『デリャタカー』のオーナーシェフ、ドエリャ・モーケテーガヤーの目論見がとりあえず崩れた形になっているだろう。
「「「「「わあああああああ~~~~~!!」」」」」
「ん?なんだ?」
「あっ! 王女様ですよ!」
見れば会場にカッシーナの姿が見えた。
どうやら審査員である王女カッシーナが現場に到着したようだな。
「見てください! エルフの公女様もいらっしゃいますよ! それに・・・あれはもしかして、教会の最年少女性枢機卿であられるアンリ様では!?」
え・・・アンリちゃん、そんな評判になってるの?
俺は二日前の記憶を思い出す。
・・・・・・
「カッシーナ。少し話があるんだけど」
「どうしました、ヤーベ様? ヤーベ様のお願いなら、何でもお聞きいたしますが」
いや、何でもって、若干重いですけど・・・まあいいや。
「実はね、ちょっと頑張っているコにご褒美・・・みたいな?プレゼント的な感じで行きたいんだけど」
「どういう事でしょう?」
「ごにょごにょごにょ・・・」
「ああ、それなら何とかなると思いますが・・・、アレにも・・・ですか?」
「まあ、真面目に働いているなら、ついでに?ご褒美でもいいかなって」
「ふふ、お優しいですね、ヤーベ様」
カッシーナがにっこりと微笑んでくれた。
・・・・・・
「ひ~~~~ん!! ヤーベさんのバカ~~~~~!!」
ヤーベへの悪態を吐きながら涙を流しつつそれでも書類を処理する手を止めない。
教会の最年少女性枢機卿トップ、アンリは仕事に忙殺されていた。
以前の悪党枢機卿どもがメチャクチャしていた教会を立て直すべく、ヤーベの指名により国王様から直々に枢機卿への就任を依頼されてしまった。
今は各教会からの資金の流れを精査し、要求される金額に見合うかチェックを行う作業を進めていた。
だが、やはり教会本部の腐敗を一掃しても、末端の教会まですべてクリーンになるわけでもない。質の悪い寄付金隠しや余分な要求もあり、それに対応するのも大変であった。だいたいにして、優しいシスターだったアンリに全てやれというのが土台無理な話なのだが。
「やっほ~、おいしい話を持ってきたんだけど、バカは酷いんじゃない~、馬鹿は」
「あ! ヤーベさん!」
俺の声に反応して書類に埋めていた顔をガバッと上げてこちらを見た。
「助けてくださいよぉ~~~~!」
書類をまき散らしながら俺の方に走って来て抱きついてくる。
「はっはっは、とっても頑張っているアンリちゃんにとっても素敵なご褒美を持ってきたヨ?」
「ご、ごほうび・・・ですか?」
「うん、とりあえず各教会を回って査察に入る人間は王国から出してもらえるように国王さんに頼んでおくから、今日はアンリちゃんの慰労になればと思ってね。今度開催される王都スイーツ大会の審査員に推薦したら、カッシーナ王女からOK出たから。審査員としてスイーツ食べ放題だよ?」
「ス、スイーツ食べ放題ですか!?」
「うん、ついでに審査員してね?」
審査員の方がついでになっているが、まあいいか。
「すごく嬉しいです!」
満面の笑顔を見せるアンリ、だが、すぐに表情が曇る。
「私だけおいしい物を食べるのも・・・あの子たちも食べられるといいのですが」
あの子達というのはマリンちゃん達孤児の事だろう。
「ふふふ、もちろん考えているよ。実は予選のスイーツは三人前を製作するという指定に変えてもらったんだ。だから、審査員が少しずつ食べてもたくさん余るんだよ。それを王都中の孤児たちを招待して審査後に食べてもらおうという作戦なんだ」
アンリちゃんの目がみるみるうちに涙を溜めていく。
「ヤーベさん!!」
そう言ってギュウッとアンリちゃんが抱きついて来た。
「ありがとうございます! ありがとうございます! 最高のプレゼントです!」
うん、イイコトすると気持ちがイイネ!
「次の方ー」
「ひょひょひょ、腰が痛とーて痛とーてのぅ」
「はいー、神の慈悲よ、我が願いを聞き届け、この者を癒し給え<癒し>」
パアアッ!
女性神官のかざした右手から光があふれ、お婆さんのを包む。
「おお、腰の痛みが引きましたぞい」
「ヨカッタデスネー」
神官の案内でお婆さんが退出していく。
「よう、真面目に働いているな」
だいぶ目のハイライトが消えて表情死んでるけど。
「あ! アンタ! アンタのせいで・・・!」
俺の姿を見てわなわなと震えながら指さすのは、偽聖女ことシッコ・モラシータ・・・だったかな?
「ん? 俺はお前が真面目に心を入れ替えて人々のために働くなら、その命を救ってやってもいいと国王様に進言した、いわば命の恩人のはずなんだが?」
「むぐぐぐぐっ!」
「あれ? もしかして首チョンパの方がよかった?」
そう言って俺は首を狩っ切る真似をする。
「いいわけないでしょ!」
「なら、感謝したほうがいいんじゃないのか?」
「ぐぬぬぬぬっ!」
「今後も真面目に働くなら、『聖女』としておいしいスイーツ食べ放題に連れて行ってやろうか?」
「食べる! いや、働く!真面目に働いてるから!私にもご褒美があっていいと思うの!」
立ち上がって両手をぐるぐる回してアピールする聖女。
「そうかそうか、これからも真面目に働くならスイーツをたらふく食べさせてやろう・・・なんだっけ、名前。シッコ・モラシータだっけ?」
「アンタ失礼にもほどがあるでしょ! アタシはフィルマリーって名前よ! 覚えておきなさいよ!」
「わかったわかった、モラシータの事は聖女って呼べばいいか?」
「誰がモラシータなのよ! ちなみにシッコでもないからねっ! フィルマリーよ! フィルマリー! いい? フィ・ル・マ・リ・ー! わかった?」
「で? 行くのか? 行かないのか? 行くなら今後も超真面目に働けよ? 行かなくても超真面目に働けよ?」
「働く! 働く! チョー真面目に働くから! スイーツ食べたい! 連れてって―――――!」
服に両手でしがみつくフィルマリー。
「わかったわかった、約束だぞ。今後も働けよ? アンリ枢機卿に連れて来てもらうから」
「? あれ、アンタのエスコートじゃないの?」
「おいおい、カッシーナ王女やエルフ国の公女たちと並ぶんだぞ? 俺なんて行けないよ。ただお前がなんか反省して頑張ってるって聞いたから、ご褒美上げてもいいんじゃない?くらいの話をしただけだから」
ツンデレ? もちろん俺はシッコなぞにデレていないが。
「うわーん! ありがとー!!」
「うわっ! なんだ!? 泣くな! 抱きつくな! 俺の服で鼻をかむな!」
ビービーと鳴くフィルマリーはなかなか離れなかった。
あの時は良い事をしに行ったはずなのにひどい目にあった。
会場に到着したカッシーナ王女に続き、エルフ国の公女ブリジット・フォン・エルフリーデン嬢も登場だ。その後ろからは教会の最年少女性枢機卿であるアンリと聖女フィルマリーがニコニコしながら現れた。スイーツ食べ放題と聞いているからな、あの笑顔は気合が入っているな。
ん? その後ろからはフレアルト侯爵が姿を見せる。メッチャ笑顔だ。なんだあいつ、甘い物好きか?
その他にも商業ギルドの副ギルドマスターのロンメル、王都警備隊隊長のクレリアも審査員だ。その他スイーツ伯爵との名高いコンデンス伯爵や、王都の重鎮が数名。合計15名の審査員がスイーツを食べて審査を行っていく予定だ。
「さ、役者は揃った。俺たちも準備を始めようか」
「はいっ!」
俺の言葉にリューナは元気よく返事をするのだった。
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