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第7章 ヤーベ、王都に向かって出立する!
第84話 助けた商会にブラック経営だと教えよう
しおりを挟む商業都市バーレールから出発して半日。
王都までは三日の行程だ。
途中の村で宿泊する予定となっている。
今は昼休憩を過ぎて午後の移動中だ。
『それにしても、おで、こんなすごい馬をもらっていいだべな?』
愛と正義の騎士「赤き暴風」ことゲルドンが馬車の横を騎乗しながら話しかけてくる。
・・・ちなみに『赤い彗星』って教えたのに、なぜかいつの間にか赤い暴風になってた。無念。
「もちろんだよ、ゲルドンは何といっても英雄なんだから。後、人間の言葉トレーニングだな」
『おでも喋れるようになりたいだよ』
ゲルドンは真っ赤な全身鎧を着たまま、大柄な馬に乗っている。
ハルバードは二メートル少々の物に買い替えてある。
ちなみに大立ち回りした三メートルのハルバードは領主に英雄がオーク千匹を仕留めた業物として寄進している。
・・・武器屋の親父が狂喜乱舞していて、二メートルのハルバードはただで貰うことが出来たからいいけど。
ただし、馬は結構お金かかったな。やはりゲルドンが全身鎧を着たまま馬に乗る事を前提としたからな。かなりしっかりした大きい馬を買うことになった。
「しかし、真っ赤な鎧を着た騎士が従者とか・・・なんだか相当凄そうに見えるな」
フェンベルク卿が急に増えた仲間(というか使役獣)に関心を寄せている。
「見栄えだけは一級品だぞ、ゲルドン」
『見栄えだけだで』
「実力は後からでもいーんじゃない?」
『ピンチの時に間に合えばいいだが』
「そもそもピンチは無い方がいいけどね」
『それもそうだべな』
ゲルドンと気安い会話をしていると、イリーナがジトッと見てくる。
「ヤーベ、なんだか気安く話せる使役獣が出来たのだな・・・」
「イリーナさん? オークに嫉妬するのやめてもらってもいいですか?」
イリーナやサリーナ、フェンベルク卿を始めとしたコルーナ辺境伯家のみなさんにも、商業都市バーレールを襲ったオークの軍団を殲滅した話を朝食時にしてある。
イリーナやサリーナ、ルシーナちゃんには昨日午後買い物に行けなかった理由がわかって逆にホッとしているくらいだった。
フェンベルク卿に至っては「またか」くらいの反応だった。
「ヤーベ殿は行く先々で人々を救いまくっているぞ・・・。推理小説の探偵のようだな」
「だれが行く先々で死人が出る疫病神ですか!」
フェンベルク卿の身も蓋も無いツッコミに魂の反論をする。
はっきり言うが、この普段ない規模の魔物襲撃は俺のせいじゃないからな!
後、この異世界にも小説のような読み物あるんですね!
だったら俺はラノベが読みたいぞ! 異世界のラノベは科学が発達した世界へ飛ばされる話だったり!?
「そうですよ! ヤーベ殿がいてくださったからこそ私たちは安全に王都に向かっていられるのではないですか。過去安全な旅が多かったからと言って最少人数の騎士のみで王都へ向かう判断をされたのは貴方ですからね? ヤーベ殿がいなければ今ごろ私たちは野垂れ死んでいますことよ?」
奥方様が俺をフォローしてくれる。
ちなみに奥方様はルシーナちゃんのお母さんであり、フェンベルク卿の妻だな。
当たり前のことを説明しているのは、ついこの前までこの奥方の名前を認識してなかったんだな。朝食時に奥方のことをフェンベルク卿が「フローラ」と呼んだのを聞いて、あ、奥さんフローラって名前だったんだ!と知った。
まあ、大したことではないが。
それにしても、商業都市バーレールと王都を結ぶ街道はかなり整備が進んでいる。
ただ、バーレールから最初の宿場町(村)への道すがら、大きめの森を迂回するような街道があった。
(魔物の襲撃はもうないと思うけど・・・)
そうはいっても何があるかはわからない。
俺は<気配感知>と<魔力感知>を薄く広く展開しておく。
「マジかっ!!」
急に大声を出した俺に馬車の中の全員がびっくりする。
「どうした、ヤーベ!?」
イリーナが馬車の窓にかじりついた俺を心配する。
「ヒヨコ隊長! 状況確認! 俺が出る! ローガ達は賊が逃げないよう包囲せよ!」
『了解です!』
『ははっ!』
「なんだっ!どうしたんだヤーベ殿!」
「フェンベルク卿、街道から外れた森の奥で商隊が盗賊に襲われている。対人のためローガ達に突っ込ませるわけにもいかないので俺が出ます! ゲルドンは馬車を守ってくれ。万一陽動という事もあり得る」
ないとは思うが、一応指示を出してから<高速飛翔>で森へ急ぐ。
「嫌だ! やめてよ! やめて!」
商隊の中で、一番いい身なりをした女性が賊に組み伏せられていた。
「はっはー! オメーは裏切られたんだよ! 自分の従業員になぁ! 安月給でコキ使うから恨まれたんだろーぜ!」
「そっ、そんな!」
見れば、従業員で下働きをしていたドムスが荷物を漁っていた。
「ドムス!」
「ようお頭さんよ、俺にもその女、回してくれよ? 安い給料で朝から晩まで働かせておきながら、使えねぇだとかボロクソ言いやがって! ザマーミロだぜ! はははっ!」
「ひ、酷い!」
ビリビリッと服を破いて女主人を襲おうとする賊のお頭。
「嫌っ! やめて!」
「やめるわけねーだろーがよ! お前の部下の男五人は全て奴隷に売り払って、お前は犯し尽くしてから娼館に売り払ってやるぜ!」
「うううっ・・・」
辛い現実と暗い将来を悲観してか涙が止まらない女主人。
「でも、やめた方がいいと思うんだがなあ」
「えっ!?」
ガシッ!
「ななっ!?」
俺は馬乗りになっている賊のお頭的な男の後頭部を後ろから鷲掴みにする。
「ぐぎゃぎゃぎゃぎゃ!」
アイアンクローの要領でお頭の頭を締めていく・・・ぷぷぷっお頭のお頭だって。
盗賊の後頭部、と説明したほうがいいかな?
「このままだと、入ってなさそうな脳みそぶちまけることになるけど、どうする?」
「やめて! やめてくれ!」
「でもー、お前、その女の人が「やめてっ」て言ってたのにぃ、「やめるわけーねだろーが」って言ってたからぁー、俺もそうするかなー、「やめるわけーねだろーが」って」
メキメキメキッ!
「ぎゃあああああ!」
さらに締め上げると叫び声をあげる賊のお頭。
「うるさいな」
「すいませんっした! 悪かったです! もうしません!」
「すがすがしいほどのクズっぷりだな。手のひらもこれほど高速に返されるとツッコミのしようが無いね。もうこんな風に人を襲ったりしない?」
「しないです! 心を入れ替えます! すいません!」
泣き叫ぶように詫びを入れてくる賊のお頭。
「そう、じゃ、まあいいか」
そう言って俺はアイアンクローを解く。
その瞬間、賊のお頭は腰からナイフを抜き、商隊の女主人を抱えて首にナイフを当てる。
「はっはー! バカめ! 騙されやがって! いいか、この女を殺されたくなきゃ抵抗するんじゃねーぞ!」
「あれ? 心を入れ替えて悪い事はもうしないんじゃなかったっけ?」
一応聞いて見ましょう。
「アホじゃねーのか、お前! 約束なんて守るわけねーだろーがよ! おい、お前ら、今の内だ!コイツを殺せ!」
「へへっ!」
「馬鹿が正義の味方気取りやがって!」
「ぶっ殺してやる!」
賊はお頭を除いて七人か。大した規模じゃないな。それと何か裏切ってそうな小物が馬車の荷物を漁ってるな。奥に縛られた男が五人。女主人を凌辱するところを見せるためか、まだ殺されていない。とりあえず生きていてよかったというところか。
「ちょっと貴方! どうしてこんな賊を許したのよ! こんな奴らが約束なんて守るわけないじゃない!」
人質になって殺されかかっている女主人が声を荒げる。
「きみ、立場わかってる? 俺が来なかったらすでに凌辱されてると思うんだけど、一応それを止めた俺に文句言うかな?」
俺は呆れ気味に女主人に言う。
「そうだけど! 今はもう殺されちゃいそうでしょ! 私!」
結構自分中心な感じなんですね。メンドクサイの助けに来ちゃったかしらん?
「ごちゃごちゃ言ってねーで早くコイツを殺せ!」
賊のお頭がの命令で襲い来る七人。
ドボォ!
先頭の男にボディ一閃!
「げふぅ!」
素早く体を入れ替え、別の男の横に移動、回し蹴りを喰らわす。
バキィ!
「ガッ!」
そして瞬時に低く伏せ、回転足払いで後ろの二人を転ばす。
起き上がりに目の前に迫る男の顎を打ち抜く。
遅れた二人がナイフで付きかかって来るのを両手で捉え、ねじり上げた上で捻り落とす。首から落ちる様にしたのでダメージが大きいだろう。
そして足払いで転ばした二人が起き上がって来たところに顎を狙って鋭い蹴りで打ち抜く。
お頭が声を荒げる間もなく、七人の男たちが沈む。
「まあ、どんな人間でもチャンスはあるべきだと思うんだよね。どんなに信用がなさそうな連中でも。尤も、その与えられたチャンスを生かすかどうかは相手次第なんだけどね」
「それは、どういう・・・」
女主人がシンプルに疑問を持ったのだろうか、俺に問いかけようとしたが、その喉元にナイフを押し付ける賊のお頭。
「おめぇ、何モンだ・・・?」
「ああ、嘘つきに興味ないんだ、俺。もうお前にチャンスは無い」
「ふざけんな! 俺を殺ろうとしても、無駄だぜ! この女の喉を切られたくなかったら・・・」
「どうやって?」
「ああ? もちろんこのナイフで・・・」
そう言った賊のお頭の手首が落ちる。ナイフを持ったまま。
「ぎ、ぎゃああああああ!」
噴き出す血に汚れてしまった女主人。位置的に運が悪かったって事で。
ちなみに、細く伸ばしたスライム触手でナイフを持つ手を手首からスッパリしただけですけどね。嘘つきに容赦はしないのだ。
『ボス!賊どもはここにいる連中だけの様です』
『ボス、森から逃げた賊もおりません』
ヒヨコ隊長とローガがそれぞれ報告してくる。頼りになるね。
「おーい、護衛隊長さん、賊を縛り上げて、突き出してきてくれない? 報奨金は護衛のみんなで飲んじゃっていいから」
俺はフェンベルク卿の護衛でやって来ている護衛騎士団の隊長さんが様子を見に来てくれたので声を掛ける。
「いや、ヤーベ殿、そう言うわけにも・・・」
「いいからいいから」
遠慮する護衛隊長さんに報奨金を押し付けるようにする。盗賊片付けてもらうんだしね。長旅を護衛してもらっているし、楽しみはあった方がいいよね。
「そ、それではお言葉に甘えて・・・おい、ロープを持て、賊を引っ立てるぞ!」
「了解!」
「ヤーベ殿のおかげで今日はうまい酒にありつけそうだな!」
「ツマミも期待できるぞ!」
護衛騎士たちはウキウキと賊に縄を打って引っ立てていく。
「君たち、大丈夫か?」
呆然とする女主人を置いておき、縛られた五人の男の縄を解いてやる。
「あ、ありがとうございます・・・」
「助かりました・・・」
「よかった・・・」
全体的に暗いな。助かったっていうのに、目が死んでる感じだ。
この感じ、昔を思い出す。社畜のように働いて夢も希望も無かった時代の同僚に似ているな。
「ひゃああ!」
我に返ったのか、叫び声をあげる女主人。
さて、怪しいのがもう一人。
「護衛騎士のみなさん、多分アレも仲間だから、縛って持って行ってね」
馬車の中で荷物を手にガタガタ震えてる小物も忘れずに伝えておく。
「ドムス! あんたサイテーよ!」
女主人が怒り心頭だ。そりゃそうか、裏切られればそうなるよな。
賊の一味を先に引き渡しに行くと数名が先行して行った。
馬車の荷物で汚れを処理して、着替えなおした女主人が改めて俺に挨拶に来る。
「お助け頂きまして誠にありがとうございました。私、リーマン商会の会頭をしております、サラ・リーマンと申します。」
「サラリーマン!」
俺があまりに素っ頓狂な声を上げたからだろう、サラはどうしたのかとこちらを見る。
「はい、サラ・リーマンと申しますが・・・」
俺はサラの両肩を掴んで揺する。
「リーマンって! 働き過ぎてないか? ちゃんと寝てるか? 過労死すんな!」
急に前後に揺すったのでびっくりしたようだ。
「なななななっ! 何をするんです?」
「リーマンで何が悪いってんだ! 知り合いの医者も弁護士も自営業も何だかんだと言ってやがったが、リーマンでコツコツ真面目に働いて何が悪い!」
「えええっ!? コツコツ真面目に働くのは良い事では・・・?」
サラは訳も分からず、とりあえず真面目は良い事だと回答する。
「だが、真面目過ぎて社畜になってはイカン! それは会社の奴隷だ! 未来はない!」
「シャチクって何ですか?」
「いや、今の君にはきっと縁のない言葉さ。それより、従業員のみんな、目が死んでない? 働かせすぎ?」
俺が心配した目を向けると、サラは少しムッとした顔で反論する。
「ちゃんと朝八時から夕方五時まできっちりとした時間で雇用しています。実に良心的ですよ」
ドヤ顔で話すサラだが、他の従業員たちは
「店が開く八時前から準備のために来させられるし、客が多いと五時以降も帰れないしな」
「そうそう、別に給金余分にもらえるわけじゃないし」
「翌日の準備もあるから、客が帰った後もすぐ帰れないし」
「馬車の積み込みがある日は休み返上だよな」
「お店が凄い忙しい日が続いても、給料変わらないしね」
「ブラック! ブラァァァァァァーック!」
俺の魂が絶叫した。
「えええっ! でもそれくらいしないと商会なんて運営できませんよ?」
そして経営者は言う! ブラックは当然だと!
「その性根、叩き直さねばならぬようだ」
「怖いです! 命を救ってもらって何ですけど! 怖いですよ!」
サラが若干涙目になる。だが、ここで怯んだらあの五人に未来はない!
「今、貴様が変わらなければ、あの従業員たちの目はもっと死ぬ!」
「もっと死ぬって、今軽く死んでるみたいじゃないですか」
「そう、もう死んでいると言っても過言ではない」
「五人は生きてますよ?」
「いや、心は死んでいる! 君の商会で働いている事に生きる意義を見い出せていないのだ!」
俺は高らかに宣言する。
「君の商会は従業員に対する扱いの改革が必要だ!」
「助けてもらっておいてなんですけど、余計なお世話です!」
サラがついに怒り出す。
「ふむ・・・商会の会頭として人の意見に耳も傾けられないか・・・、実に残念だ。あの五人が本当に死なないことを願うばかりだ」
「本当に失礼な方ですね! ちょっとみんな! 馬車を起こしてちょうだい! 荷物を点検したら王都に向けて出発するわよ!」
「ええ・・・」
「はい・・・」
五人中二人しか返事しなかったな。
そして準備が出来るとさっさと出発してしまう。
「ではごきげんよう」
助けてもらっておいてお礼も渡さずごきげんようも何もないものだとは思うが、言い合いから踏み倒せると判断したのか、怒りでお礼を忘れているのかは判断できないな。
まあ、どうでもいいか。
一つ言えることは、彼女の店で買い物はしたくないなって事だ。
徒労感の強い人助けはこっちの心にも響くよ。
誰か俺を癒してくれー!
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