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第7章 ヤーベ、王都に向かって出立する!

第73話 部屋から聞こえてくる女のすすり泣く声を確かめよう

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悪魔の塔を出発して半日。今日の宿泊はタルバリ領北部にあるタタール村で取ることにした。タルバーンから直接的に王都バーロンまで真っ直ぐ向かうルートではなく、北部にある悪魔の塔を経由したため、タルバリ領の北部から東へ大きく回るルートで移動となった。
そのため、宿泊予定を取っておらず、先振れで騎士が移動し、急遽宿泊先を確保していた。

宿泊するタタールの村は、村ではあるもののカソの村などとは違って、ほぼ町だと言っても過言ではないほどの規模だった。
そのため、宿泊する宿もそれなりのレベルにあった。
夕食も地場で取れた芋をうまく使った素朴な食事ではあったものの、非常に良い味付けで楽しめた。

タタールの村ナンバーワンホテル「ホテルタターリヤ」。
・・・元日本人の俺様からすると、少々心配になるホテルネームだ。
尤も魔法もあり精霊もいる世界だ、幽霊がいたところで違和感ないかもしれないけど。

それほど大きくないが綺麗に掃除されて気持ちの良いホテルであったが、その中でも一番いい部屋をコルーナ辺境伯家の皆さんが宿泊している。
・・・毎度のことだが。

そして、俺様はと言えば、今日も一人だ。
・・・寂しくなんてないんだからねっ!

今日もイリーナとサリーナが一緒の部屋で、辺境伯一家が豪華な大きい部屋で。
・・・だから、寂しくなんてないんだからねっ!

まあ、なんだ。毎度毎度寂しくないって言ってるけど。
コルーナ辺境伯家と一緒に宿泊している宿でハッスルしているわけにもいかない。
イリーナとサリーナが一緒の部屋で寝ているのに、イリーナだけ部屋に呼ぶわけにもいかないしな・・・。

何だろう、嫁って自分たちで言っているくせに、特に俺と何かあるわけではないのはなんとなくやるせない。

イリーナにいたっては、最近「クッダク」すら出さないし。
俺の左手握り潰すだけだし。

ま、尤もこんなスライムボディではナニがしたくともナニもできないというのが実情というもので。
なにせヘソまで反りかえった俺の(以下略)。
・・・まあ、<変身擬態メタモルフォーゼ>を使えば矢部裕樹の姿に戻れるし、ヘソまで反りかえった俺のピ----も復活させられるけど、今は結構意識していないと矢部裕樹の体を維持できないからな。
油断するとあっさりデローンMk.Ⅱの姿に戻ってしまう。

「なんだか寂しいねぇ・・・」

俺は一人で自分の部屋に入ろう・・・と、その時だ。

「う・・・、う・・・、うう・・・」


「!?」


部屋の中から、女のすすり泣く声が聞こえてくる。

ちょっと待ってくれ。コルーナ辺境伯家の三人は食事後一番大きな部屋に引き上げた。
イリーナとサリーナは先ほど手を振って自分たちの割り振られた部屋に入って行った。


・・・そう言うわけで、俺の部屋に誰かいる可能性は無いはずだ。


ならば、なぜ俺の泊まる予定の部屋から、女のすすり泣く声が聞こえてくるのか?

「う、ううう・・・、うえっうえっうえっ・・・」

「!?」

もはやすすり泣く、ではなく号泣してね!?
もう、こうなったら開けるしかない。
なにせ自分にあてがわれた部屋なのだから、入らないと廊下で寝ることになる。
いや、俺の部屋から泣き声が聞こえているのに廊下で寝ないけど。
なんかに祟られたら・・・まあ仕方ない。

ガチャッ!

部屋に踊り込む。
すでに時間は夜。この村のホテルには魔導具による明りは無い。
この部屋は暗いのだが、ベッドの脇にある窓から月明かりがうっすらと入って来ていた。
その光によって見える。
ベッドの上で膝を抱えながら号泣している少女がいる。

「うええっ・・・うえっうえっ・・・うええええええ」

メチャメチャ泣いてる。

俺はその号泣している少女の横まで行くと、ベッドにそっと腰かけた。
少女はまだ、体操座りのまま膝に顔を埋めて泣いている。

「どうしたんだ? フレイア」

そう、人の部屋のベッドで体操座りのまま号泣していたのは炎の精霊フレイアであった。

「うぇぇぇぇぇん!」

「何だ、どうした? まさかウィンティアやシルフィアやベルヒアねーさんがお前をいじめたりするとは思えんし・・・」

俺はフレイアが号泣している理由がさっぱりわからなかった。

「だ・・・だ・・・だってだって・・・、ヤーベがオレの事だけ無視するから・・・」

そう言ってまた膝に顔を埋めて泣き始める。

「おいおい、俺がなぜフレイアだけ無視するんだ? そんなことしてないぞ?」

「そ・・・そんなことない・・・ウィンティアやシルフィアはたくさん呼ばれて、合体精霊魔法なんてヤーベオリジナルな魔法まで協力して作って・・・、ベルヒアだってすごく頻繁に呼ばれて力を貸してるのに・・・オレだけ一回も呼ばれてないから・・・」

そう言ってぐすぐす泣くフレイア。

「あ~~~」

確かに!
圧倒的に水の精霊ウィンティアと風の精霊シルフィアの力を借りた精霊魔法を使うことが多い。そして単独で土の精霊ベルヒア。ウィンティアとシルフィアに力を借りる水の精霊魔法と風の精霊魔法。これらは非常に使い勝手がいい。ピンポイントでも、広範囲でも非常にコントロールしやすい。だが、炎は実際コントロールが難しいのだ。森で使えば燃え広がる可能性もある。モンスターを狩るにしても表面を焼くのは素材の価値が下がる可能性が高い。
野営時の食事などでも、火をつけるのは火打石や簡単な魔導具で対応できるから炎の精霊魔術を使う必要はあまり無い。でも野営時にベルヒアの力を借りてテーブルや腰掛椅子を土の精霊魔法で作ったりしているのでかなり頻繁に土の精霊魔法を使用している。

そんなわけでまるっきり、完全に、ただの一度も、炎の精霊フレイアの力を借りていない。

「フレイア、君の力は非常に強力だ。俺にとっては切り札の一つだと思っている。本気のお前の力を放てば、敵を燃やし尽くせるだろう。でもそんな強力な力を簡単に使用するわけにはいかないよ」

そう言ってフレイアの肩に手を置く。

「ぐすっ・・・ぐす・・・、で、でも、焚火に火をつけるのも手伝えるし・・・、暗い時には松明の代わりに火の玉出せるし・・・」

泣きながら自分が普段でも力になれることをアピールしてくるフレイア。

「そうだな、そう言えば<迷宮氾濫スタンピード>の時もフレイアだけ力を借りなかったな。すまない、寂しい思いをさせたか?」

そう言うと、ガバッと顔を上げてこちらを見たかと思うと、飛び掛かる様に抱きついて来て泣き始めるフレイア。

「ヤーベ! ヤーベ! ヤーベ! うぇぇぇぇん!」

抱きついて来たかと思うと、胸に顔を埋めて再び号泣するフレイア。

「オ、オレの事、嫌いじゃないか・・・? 今度は呼んで力を使ってくれる・・・?」

胸に埋めていた顔を上げて、下から見上げる様にうるうるに泣いた瞳で見つめてくるフレイア。くっ・・・カワイイ! あのツンツンフレイアがデレるとこんなにもかわいいとは!計算外のさらに外!

「ああ、フレイア。お前の力をたくさん借りるぞ?」

そう言ってぎゅっと肩を抱きしめて引き寄せる。

「うう・・・うれしいよぉ、ヤーベ・・・」

凄く安心したように力を抜いて腕の中に沈むように体を預けてくるフレイア。

「みんなに・・・負けないくらい・・・頑張るから・・・」

そう言ってスースーと寝てしまうフレイア。

ええっ・・・!? 精霊って・・・寝るの?

ベッドの上でフレイアを抱きしめながら、俺はこれからどうしたらいいのか途方に暮れた。
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