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34.再会

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 木に背を預けてぴくりとも動かないミアの前で、グレンは膝を付いた。

 いつもの血色の良さを失った頬をそっと撫で、そのまま脈を測るため指を滑らせようとするが、気が遠くなりそうだった。
 受け入れがたい現実がすぐそこにある気がする。

 そう指先が躊躇していた時、

「…ん…………あれ、グレン…?」

「………………ぇ」

 パチリと瞼を持ち上げ、蒼の瞳が顔を出した。

「な、ななななんでいるの!? げ、幻覚ぅわぁっ!!」

 堪らず抱き締めれば、人の気も知らない間の抜けた声を上げる。

「ミア、ミア、生きてる…ちゃんと、生きてるんだな…?」

「い、生きてる生きてる! 見てわかるでしょ! ちょっと休憩してただけで、」

「ああ、そうだった…君は疲れている時、極端に静かに眠るんだったな…」

 グレンは心底安堵したらしい息を吐いて、またぎゅうとミアを抱き締める腕に力を込めた。

「よかった、本当に」

 ミア、ミアと、何度も名前を呼びながら自分の肩に顔を埋めているグレンを、ミアは子どものようで可愛いと思うが、

「ぅぅ…」

 呻いたミアに、グレンはハッとなって体を離した。

「…! そうだ、怪我は!?」

 安心したり慌てたりと忙しないグレンが少し可笑しくて、

「貴方の馬鹿力が苦しい以外は、大した怪我はないわよ」

 そう小さく笑ったミアだが、どう見たって血塗れである。

「刺されたところは彼女がペラペラと喋ってくれていたおかげで、応急処置の魔法が使えたし、そもそも急所は避けられていたから、」

「刺っ……!?」

「毒もまだちょっとピリッとするくらいで、ほとんど抜けたわ」

「どっ……!?!?」

 グレンは眩暈を覚える頭を押さえた。
 目の前でカラッとしている彼女と違い、ミアの身に起きたそれらを想像しただけでグレンは胃が痛くなる。

 今度は悩まし気な息を肺の底から吐き出した。
 正直、溜め息を百回ついても足りない気分だった。
 それからじっとりと遠慮なくミアを睨んで、

「どうして僕を呼ばなかった」

「え? あー…えっと…それは、魔物との戦闘に必死で……」

 すいすいと目線を逸らすミア。
 確かに冷静になって辺りを見回せば、魔物の死体がゴロゴロと転がっていた。
 どうやら彼女の調子を見るに、体を染めているのは返り血らしい。

「だとしても呼ぶくらいはできただろ。それに僕の声は聞こえていたはずだ」

「あ、ああっ! そうそうっ! グレンが呼び掛けてくれたから目が覚めて、とても助かったわ! もう少しで気を失っている間に食べられちゃうところだったの。いやぁ本当に魔道具様様というか、ありがとうねグレン!」

「だからなんでそれに返事をしなかったのかと聞いているんだが?」

 一度微かに反応したくらいで、その後は音沙汰無しだ。
 さっきまではあんなに熱烈だったというのに、グレンの目が一瞬にして氷点下にまで下がってしまい、ミアは「ぅ゛」と苦し気な声を溢した。

 顔ごと逸らそうとしたため、グレンはミアの顎を鷲掴みにして正面を向かせようとする。
 抗うミアと、ギリギリと静かな攻防戦が続くが、グレンが袖で顔に付いた血をグイと拭ってやれば、「ぁぅ…」と顔を顰めつつも大人しくなった。

 その後言いづらそうに、

「……戦闘に必死だったのは嘘じゃない……でも一番の理由は、こんな危険な場所に貴方を呼びたくなかったから……」

 結局こうして来てくれちゃったけど…としょぼしょぼと言うミアに、グレンは眉を顰める。

「何のためにそれを渡したと思ってる、これでは持ち腐れだ。君は勉強はできるが頭が少し緩い自覚を持った方がいい、死んでからでは遅いんだぞ」

 そう強く言えば、ミアはぎゅっと顔を強張らせた。
 泣きそうになっている時の顔だと知っているが、ここで甘やかすわけにはいかないとグレンは心を鬼にする。

「ちゃ、ちゃんと役に立った! さっきも言った通り、目を覚まさせてくれたし、本当はもーっと向こうの方に飛ばされてたけど、貴方の声を頼りにここまで走って来れたんだから」

「そういう問題じゃないと、自分でもわかってるだろ」

「でも……大好きな人を危険に晒したくないと思うのは普通のことでしょ」

 ミアがそんな風に返すので、グレンは目元を抑えて空を仰いだ。
 スゥ…と息を吸って、吐いて、向き直る。

「……だったら君も、僕の気持ちがわかるだろ。君が目を開けてくれるまで生きている心地がしなかった。僕を思ってくれるなら、どうか僕の心の安寧を優先してほしい。これが一番キツイんだ」

 頼むから、と力無く肩に額を預けてくるグレンは、どうやらかなり参っているようで、

「自分の身に起きる事が僕にも影響するという自覚を持ってくれ、例えばミアが小指の骨を折ってしまったとして僕は全身複雑骨折並みの衝撃を受けることになるんだわかってくれるか」

「あ、貴方がとても疲れているということはよくわかったわ……」

「いいや、君ほどじゃないさ。本当に勇ましい限りだ僕の恋人は」

 嫌味が十二分に込められた言い方をするグレンに、ミアは「き、嫌いになった?」と怯えながら伺う。

 前までは『縁が切れようが気になりません」といった風だった彼女が、こうして不安げに自分の袖を引いてくるようになるとは、感慨深さにこっそりグッときてしまったグレンである。

「……困ったことに益々好きになった」

 気持ちの赴くまま唇を重ねれば、案の定ミアは「こんな時に何!?」と湧いたポットのようになる。

「帰ったら説教だからな、今くらいいいだろ」

「えっ!? わたしまだ怒られるの!?」

「さて、いつまでも悠長にはしていられない。帰ろう」

「それはこっちの台詞なんだけど!!」

「なんでまだ生きてるんですか???」

 突如割り込んできた第三者の声に二人はバッと目を向けた。

 木々の間から姿を現したクロエは、

「しかもなに私の前でいちゃついてくれてんですか??」

 そう怒りの籠った声で呟きながら、覚束ない足取りで近付いてくる。
 異常に充血した目の焦点は合っていない。

「なんでまだ生きてんの? あの時芋虫みたいに転がってたじゃん、なのになんでケロッとしてんの? なんで私じゃなくてお前が愛されてんの? ねぇマジでお願いだから死んでくれないかなぁ? ねぇねぇねぇねぇお前ェ!! お前さァ!!!!!」

 クロエはミアを見据え、ナイフを構えて真っ直ぐに向かってきた。

「このゴキブリ女がぁ゛ぁぁああ゛!!!!!!!」

 グレンがすかさず前へと出るが、

 ゴッ──

 っと、鳴ったのは、恐らくクロエの骨の音で。
 制するグレンよりも前へと踏み出したミアの拳が、クロエの顔面を殴りぬいた。

 そのまま吹き飛んでいくクロエに、グレンはギョッと固まり、ミアは「ふぅ」と息を吐いた。
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