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17.部屋の中
しおりを挟む「ラルフ先生、いつもお世話になっているお礼に、お菓子などお持ちしました。ご一緒にいかがでしょう」
勢いの良いノックと共に声を掛ければ、キィと油の足りていない扉が音を立てて数センチだけ開かれる。
「……私は教師、貴方は生徒ですので、質疑応答は当然のことですよ…そうお気遣いいただく必要は……」
「まぁまぁそう遠慮なさらず。紅茶も用意しましたので、本日は雑談程度に魔法史についてのお話を伺えればと」
「あの、貴女はもう少し遠慮してくださると、嬉しいんですが…」
辟易した様子を隠さないラルフに、ミアは少し驚く。
この遠回しなちょっとした嫌味に、少なからず気安さを感じたからだ。
思えば彼への質問攻めももう長らく。
これだけ押しかけられれば、ラルフも流石にミアとのやりとりに慣れてきたようで。
ミアも、脅威という認識はあれどいつまでもオドオドと頼りない彼を見ていると、無意識に若干雑な距離の詰め方をしてしまう。
それらが作用して、お互いに初対面のころよりはずっと親し気な雰囲気だった。
「知る人ぞ知る名店のスイーツですよ?」
「……」
「紅茶もそのお店の限定フレーバーです」
「……その美味しさが味わえない程、中は酷い有様なのですが…」
「どのくらい汚いのか、是非見せていただきたいですね!」
ミアの回答にラルフは大きな溜め息を吐いた。
ダメで元々、ヤケクソ、そんな作戦はやはり失敗のようだ。
この調子じゃ受け取ってもくれなさそうなので、やはりこのスイーツたちは自分が有り難くいただこう。
なんて思っていれば、意外にもラルフは観念した様子で、
「……まぁ、コレットさんが、いいのでしたら……どうぞ……」
開かずの扉を引いて、ミアを招いた。
え、と思わずポカンと呆気に取られるミアに、ラルフは怪訝そうな顔をする。
「自分で言っておいて、何を驚いているんですか」
やめておきますか。そんな質問に激しくかぶりを振る。
まさかのまさかだ。
スイーツ作戦が意外にも成功してしまった。
ミアは戸惑いながらも室内へと足を踏み入れた。
▪️
「きっっったな!!」
「……言いましたよね、そうだって」
思わず声を上げてしまうほど、確かにそこは汚部屋だった。
本棚をひっくり返したかのような書物山、恐らく魔法史に関するものだろうわけのわからないアレコレ、この間授業に使われた魔術壁画のレプリカなども立て掛けてあり、とにかく散らかっている。
どうぞ座ってください、とラルフがガチャガチャ音を立てながらソファの上のものを床に落とした。
そうされるまでそれがソファだとわからないほどだった。
机も同じような要領で現れるが、それで片付けているつもりなのであれば、『片付けが下手で人を招くことなどできない』といつまでも同じ言い訳を並べていたのは、事実だったようだ。
ミアはあっけにとられながら辺りを見回す。
こんな部屋では一日過ごしただけで頭がおかしくなりそうだ。
「お恥ずかしい限りです……ただどうしても、片付ける気にも、なれなくて……」
「忙しくてですか?」
「いえ、そうでもないですが…どうしてでしょう………どうでもいいから、でしょうかね」
ラルフの声はどこまでも乾いていて、ミアは小さく身震いした。
水場は殆ど使わないから綺麗だと、そう言って彼は紅茶を淹れた。
喉の通りは悪かったが、丁寧に淹れられた味がする。
こうしてゆっくりと紅茶を飲むのも久しぶりだと、ラルフが呟く。
「そういえば魔法史について、でしたよね。どうぞ、好きに訊いてください」
「え、あ……えっと、そうですね…えっと……」
なんだったっけ。
揃えてきた質問の数々が頭から抜けていて、そんな様子にラルフは苦笑いを零した。
「落ち着かない場所では、勉強は捗りませんね」
「……ラルフ先生はここが落ち着くんですか?」
「さぁ、少なくとも、慣れてはいますね」
「婚期を逃がしそうです…」
「元より、期待してません」
ミアの率直な感想にまたも苦笑い。
白衣の袖から不健康に細い手首が覗き、何だか虚しくなった。
そんな感情を振り切って、辺りを盗み見る。
こうも散らかり放題だとパッと見で怪しいものなど当然見つかるわけもなく。
一先ず、探知魔法を仕掛けるだけにしておこうか、そんなことを考えていると、カリカリと外から扉を爪で掻くような音が聞こえた。
「ああ、少し待っていてください。教頭先生の使い魔だ……総合テストに使う問題の催促、ですね……」
ラルフは憂鬱そうに言って、デスクに山積みになっている紙の中から目当てのものを抜き取り部屋を出て行った。
思いがけず部屋に一人となったミアはしばらく呆けていたが、慌てて手早く辺りの捜索を始めた。
元々グチャグチャなのだから、更にグチャグチャにしたって問題もないだろう。
ガサガサと、怪しいものはないかと漁る。
彼のデスクの引き出しを開けながら、罪悪感が駆け巡る。
ふるふると頭を振って、手を動かす。
ふと視線を上げれば、壁一面二重構造となっている本棚の奥に、不自然に整っている部分を見つけた。
辺りは滅茶苦茶なのに、そこだけ綺麗に本が収まっている。
分厚い本を一冊抜き取り、中を開けば当たりだった。
本に見せかけたものは箱で、中には万年筆が一本入っている。
かなり年季が入っていて、それでいて多くの魔力が込められていた。
純粋なる魔力ではなく、闇の力が込められた禍々しいものだ。
恐らくもう少し魔力を凝縮させることができれば、魔法障壁に大きな反発の衝撃を与えらえる代物になるだろう。
これさえ壊せば───
そう思って手にしようとしたその時、
「何をしているんですか?」
背後から回った冷たい手が、首元を撫でた。
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