38 / 39
これまでと、これから
しおりを挟むあの一件の後、エマの処刑は滞りなく行われた。
上級魔法士によって捕らえられた魔女は、速やかに断罪された。
というのが、表向きの話。
アルの作ったエマを模した人形は、彼女をよく知るものでさえ欺けるほどの出来だった。
その製作過程や材料などは誰一人として知る由もないが、おかげで怪しまれることなく人形はエマとして火刑に処された。
それでも見ていて気持ちのいいものではなかったし、最後までユーリは納得した様子ではなかった。
理不尽な思想を力でねじ伏せようとも思ったが、まずはエマ個人の未来のために、この結論を甘受した。
エマの父は酷くやつれたが、娘の『一生のお願い』を受け入れ、王家──主にユーリの徹底した庇護や、元々の力もあり、難を得ることもなく変わらぬ暮らしを保っている。
こうしてルソーネ家に紛れ込み、王子を誑かし、人間の営みを脅かそうとした魔女はこの世から抹消された。
事は収束し、彼女を殺した世界は変わらない時を刻んでいる。
/
「──まぁそんなわけで、迎えに来た次第です」
リュカは曖昧に笑いながら言う。
「容姿は魔法やら何やらでどうにだって誤魔化せます。ゼロからではありますが、俺たちはちゃんと知ってるし、アンタが不自由なく暮らせる環境を作って、みんなで守りますから」
だから──と、切に言う彼をエマは見上げることはなく、やはり地面に視線を向けたまま、頭を横に振った。
「そんなにしてもらわなくてもいいよ。私、自分の居場所は自分で見つけるし、そもそも、もう人間に混じる気はないんだ」
怖いから、と率直に言えば、リュカは少し押し黙り、
「…俺もですか?」
そう問うた。
エマはすぐにまた首を横に振り「みんなのことは勿論好き」と答える。
しかしそれとこれとは話が別なのだ。
新しく生まれ変わって生きていくとしても、自分の本質が変わるわけでもあるまい。
「絶対、帰らない」
他人を羨んで惨めになるくらいなら一人でいた方がずっといい。
「私は行けるところまで行って、静かに暮らして静かに死ぬから」
今度こそ、自分抜きで物語を進めてもらえればいい。
きっとなんだって上手くいくだろう。
自分とは違って、なんて見事なまでの卑屈志向を働かせる。
転がっていたカップを回収し、カツカツと指先で小突いて手持ち無沙汰を解消している姿はまるで──
「なに拗ねてるんですか」
まるで、子どものそれである。
「拗ねてない。もしそうだったとしても、べつに直さないよ。答えは変わらないから」
「念のため聞きますけど、行けるところまでっていうのは」
「果ての秘境」
即答するエマに、リュカは頭をガシガシと掻きながら「あ゛~~~」と声を上げた。
また突飛なこと言い出して、なんて思っているのは見てわかる。
「私は流浪の旅人になるの。かっこいいでしょ」
「……」
頓珍漢な言い分だが全く笑えない。当の本人が本気だからだ。
その後しばらくの沈黙。
葉擦れの音が耳を通り抜けていく。エマにはそれが、とっ散らかった頭の中を一掃してくれるように思えた。
「うん。やっぱり、これが一番いい。私は帰りません」
「いや、なに一人で結論付けてるんですか、俺のことは無視ですか?」
「んーん、本当に感謝してる。リュカが言ってくれた言葉も、一生忘れない。あれを貰えただけで全部チャラになっちゃうくらい、嬉しかった。だからまだ歩けそうなんだよ」
実際、嬉しすぎたからかその後の記憶がないんだと、へらりと言うエマに「そっこー爆睡してましたからね」なんてリュカは思うが、この話題に関してはそんな茶化しを返せるほどの余裕がなく。
「それは……なんていうか、よかった、ですけど…」
「リュカ──私と友達になってくれて本当にありがとう」
突然墜とされた爆弾に、は、とリュカは瞳を瞬かせた。
「は?」
何度でも言いたかった「は?」と。
「やっぱり友情パワーは偉大だねぇ」
悟りを開いたような気の抜けた顔を上げたエマを見て、リュカは天を仰ぎたくなった。
帰らない、という答えをエマが出していることから、自分はフラれたのだと思っていた。
その点に関しては、まぁそうだろうなと当然のように思う。
むしろ少しほっとした部分もある。
先夜の『アンタならなんでもいい』云々の、冷静になればこっぱずかしくて全身を掻きむしりたくなるような発言は、リュカにとってはそれなりに思いを込めた告白、というか、彼女に対する想いの宣言で、受け入れてもらえなくとも、伝えられさえすればいいと思っていた。
ありふれた愛の告白よりもリュカの中ではずっと重いところを暴露した気でいた。
ただ知ってほしかった。自分自身を疎かにしがちな彼女に、どれだけこちらが思いを向けているかということを。
誰よりも自分の存在を卑下しているのは彼女自身だ。
自分が誰かの大切になり得る存在だという自覚を持てと、言っているつもりだった。
一種の当て付けに近いような告白である。
「あの、俺、一応アンタのことが好きなんですけど」
確認のように率直な言葉を使えば、エマはきょと、と瞳を丸めた後、「ありがとー」とふにゃりと表情を綻ばせた。
「私も大好き」
爆弾二投目である。
リュカは「ぐ……」と小さく唸ってから、顔を覆って大袈裟にエマから体ごと視線を逸らした。
危ない。また地面に頭を叩き付けるところだった。
全く持って真意は伝わらず、意味合いで言えば最悪だというのに、音だけで聞くと破壊力が半端ない。
エマ、十六歳。前世も現世も恋愛経験ゼロ。
乙女ゲームに関しても、感情移入の一切がなく、絶対なる神の視点からの傍観スタイル。
恋愛話を聞くのは好きで、他人の恋模様には人並みに興味を抱くわりに、こと自分の恋愛においては関心がない。
その上、現在のエマは自身の在り方が原因となり拗らせまくっているため、その手の好意が自分に向く可能性など皆無というのが当たり前で、そもそも考えもしない。
エマはただ自分を好ましく思ってくれるだけで貴重だと思っている。その証拠に、手を合わせて「リュカは優しいなぁ」なんて言っている。いよいよリュカは『不毛』の文字が目の前に浮かんでくるようだった。
「しかしちょっと照れますな」
もうツッコミを入れる気すら失せてきた。
「でも私、返せるものがないから、できることといったらみんなから離れるくらい。──だからリュカは大切な人達がいる場所に帰って。私はまぁ、それなりにやるからさ」
諦めたように笑う顔には、心底腹が立つ。
「アンタが帰らないなら俺も帰りません」
「えぇ!?」
「てか、そう簡単に行くとも思ってませんでしたし。アンタの父親からは『変なところ頑固だから、気が済むまでやらせた方がいいかもしれないね』なんて助言ももらってきました」
「え、え、お父さんと話したの?」
「勿論。アンタがとんでもなく酷な言葉残してったせいで、誰も彼も心境複雑、って感じなんですよ。まぁ、俺は、アンタのあの言い分は知ったこっちゃないって感じですけど」
「えぇ~………」
「だからまぁ、壮大な家出に付き合いますよ」
気長に気が変わるのを待ちます、とリュカはため息交じりに言う。
「そ、そこまでしてもらうわけには……」
「だって一人は寂しいんでしょ?」
「あ゛ぁぁ~~~それは~~~そうだけどぉ~~~」
今度はエマが頭をグシャグシャと掻き回して蹲った。
昨日のあれこれが思い出されて恥ずかしいのだろう、しばらく唸りながら身を丸めた後、音もなく顔を上げ、ジト目でリュカを見た。
「私なんかに付き合ってる間に、アリスちゃんを取られちゃうよ」
「アンタは何の話をしてんですか」
噛み合わなさに、流石に苛立ち覚えたリュカは「つーか俺ももうまともに戻れる身でもないし」と何でもない独り言のように口走った。
「え?」
「あ」
エマにとっては聞き捨てならず、起き上がって、今度はエマの方が前のめりに「どういうこと」とリュカに詰め寄る。
やってしまった、なんて顔をするものだから、益々雲行きが怪しい。
途端に鼓動が騒ぎ立て、嫌な想像が脳内を埋め尽くしていく。
「アンタのこと探しに出て、手ぶらでは帰れないってことですよ」
「誤魔化さないで」
怒気を含んだ言葉に、リュカは気まずそうに「あー…」と溢しながら首裏を掻いた。
少し視線を彷徨わせた後、鼻を鳴らすエマに気圧されて口を開く。
「俺今、国外追放者なんですよね」
そう言って似合わない誤魔化し笑いを浮かべた男に向かって、エマは思いのままに飛び込み、渾身の頭突きを食らわせた。
37
お気に入りに追加
1,616
あなたにおすすめの小説
出戻り皇妃と壊れた皇帝
黒崎
恋愛
ある国の皇妃だった私は、夫たる皇帝に愛されていたものの、毒殺され死んでしまった。
そんな異世界で皇妃だった記憶を持つ社会人の私。
ある日事故にあい、呆気なく死んでしまう。
しかし、それを神様が見ていたようで、なんと転生前の世界に転移させてくれるという。
あの人にもう一度会いたいと転移した先。
かつて愛した人は――壊れた皇帝――狂皇として恐れられていた。
かつてと同じ美貌を受け継いだ私は、当然の如く執着され、壊れた彼に愛されるのだが……。
今さら、私に構わないでください
ましゅぺちーの
恋愛
愛する夫が恋をした。
彼を愛していたから、彼女を側妃に迎えるように進言した。
愛し合う二人の前では私は悪役。
幸せそうに微笑み合う二人を見て、私は彼への愛を捨てた。
しかし、夫からの愛を完全に諦めるようになると、彼の態度が少しずつ変化していって……?
タイトル変更しました。
【完結済み】追放された貴族は、村で運命の愛を見つける
ゆうな
恋愛
リリアナ・フォン・シュタインは、銀色の髪と紫の瞳を持つ美しい貴族令嬢。知的で正義感の強い彼女は、名門貴族の娘としての立場を全うしていたが、突然の陰謀により家族や友人に裏切られ、濡れ衣を着せられて追放される。すべてを失った彼女は、寂れた村で新しい生活を余儀なくされる。
異国の地で、リリアナは幼い頃から学んできた薬草学や医療の知識を活かし、村人たちを助けていく。最初は冷たい視線を向けられていた彼女だが、次第にその実力と真摯な姿勢が村人の信頼を得るようになる。村の陽気な娘・エマとの友情も生まれ、リリアナは自らの手で新しい居場所を築いていく。
しかし、そんな平穏な生活に影を落とす出来事が起きる。村の外れに現れたのは、獣のような姿をした「守護者たち」。彼らはかつてこの土地を守っていた存在だが、今は自らの故郷を取り戻すために村に脅威をもたらしていた。村人たちは恐怖に怯えるが、リリアナは冷静に対処し、守護者たちと直接対話を試みる。
守護者たちは、村人たちがこの土地を汚したと感じ、力で取り戻そうとしていた。しかし、リリアナは彼らと話し合い、争いではなく共存の道を模索することを提案する。守護者たちもまた、彼女の誠意に応じ、彼らの要求を聞き入れる形で共存を目指すことになる。
そんな中、リリアナは守護者たちのリーダーである謎めいた人物と深い交流を重ねていく。彼は過去に大きな傷を抱え、故郷を失ったことで心を閉ざしているが、リリアナとの交流を通じて次第に心を開き始める。リリアナもまた、追放された孤独を抱えており、二人はお互いに惹かれ合う。
しかし、村に平穏が訪れたのも束の間、リリアナを追放した貴族社会から新たな陰謀の影が迫ってくる。過去の罪が再び彼女を追い詰め、村に危機をもたらす中、リリアナは自らの力で守るべきものを守ろうと決意する。
「もう私は逃げない。愛するこの村を、守護者たちと共に守り抜く」
新たな仲間との絆と、深まる愛に支えられながら、リリアナは自らの運命を切り開き、運命の戦いに立ち向かう。
「すまない」で済まされた令嬢の数奇な運命
玉響なつめ
恋愛
アナ・ベイア子爵令嬢はごくごく普通の貴族令嬢だ。
彼女は短期間で二度の婚約解消を経験した結果、世間から「傷物令嬢」と呼ばれる悲劇の女性であった。
「すまない」
そう言って彼らはアナを前に悲痛な顔をして別れを切り出す。
アナの方が辛いのに。
婚約解消を告げられて自己肯定感が落ちていた令嬢が、周りから大事にされて気がついたら愛されていたよくあるお話。
私は私で勝手に生きていきますから、どうぞご自由にお捨てになってください。
木山楽斗
恋愛
伯爵令嬢であるアルティリアは、婚約者からある日突然婚約破棄を告げられた。
彼はアルティリアが上から目線だと批判して、自らの妻として相応しくないと判断したのだ。
それに対して不満を述べたアルティリアだったが、婚約者の意思は固かった。こうして彼女は、理不尽に婚約を破棄されてしまったのである。
そのことに関して、アルティリアは実の父親から責められることになった。
公にはなっていないが、彼女は妾の子であり、家での扱いも悪かったのだ。
そのような環境で父親から責められたアルティリアの我慢は限界であった。伯爵家に必要ない。そう言われたアルティリアは父親に告げた。
「私は私で勝手に生きていきますから、どうぞご自由にお捨てになってください。私はそれで構いません」
こうしてアルティリアは、新たなる人生を送ることになった。
彼女は伯爵家のしがらみから解放されて、自由な人生を送ることになったのである。
同時に彼女を虐げていた者達は、その報いを受けることになった。彼らはアルティリアだけではなく様々な人から恨みを買っており、その立場というものは盤石なものではなかったのだ。
婚約者を奪った王女様は噂と違って優しい人でした。
四折 柊
恋愛
ヴァレリア・サルトーリ公爵令嬢は半年後に婚約者であるアンブラ王国の王太子と結婚式を上げる予定だった。だが昨年から続く干ばつの影響による食料不足の解決のために他国に取引量の引き上げを求めたところ、その国の王女と王太子の婚姻が条件となりヴァレリアとの婚約は解消されることになってしまった。悲しみから抜け出せない中、王女と交流することになったヴァレリアは……。※ご都合主義です。寛大な心で読んで頂けるとありがたいです。
【完結】そんなに側妃を愛しているなら邪魔者のわたしは消えることにします。
たろ
恋愛
わたしの愛する人の隣には、わたしではない人がいる。………彼の横で彼を見て微笑んでいた。
わたしはそれを遠くからそっと見て、視線を逸らした。
ううん、もう見るのも嫌だった。
結婚して1年を過ぎた。
政略結婚でも、結婚してしまえばお互い寄り添い大事にして暮らしていけるだろうと思っていた。
なのに彼は婚約してからも結婚してからもわたしを見ない。
見ようとしない。
わたしたち夫婦には子どもが出来なかった。
義両親からの期待というプレッシャーにわたしは心が折れそうになった。
わたしは彼の姿を見るのも嫌で彼との時間を拒否するようになってしまった。
そして彼は側室を迎えた。
拗れた殿下が妻のオリエを愛する話です。
ただそれがオリエに伝わることは……
とても設定はゆるいお話です。
短編から長編へ変更しました。
すみません
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる