【完結】お世話になりました

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30.彼の気持ち

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「い、いえ、そのですね、怒りに任せて強く当たったり、誤魔化すために冷たくしたり、そういう面倒な立ち回りよりも、もっとド直球に伝えた方が、好きかなぁ、と…」

 余計な手順などの面倒ごとをシオンさんは嫌うので、好意もストレートに伝えるくらいじゃないと響かないと思う。
 そもそもそうでないと気付きもしないかもしれない。アロイス様の気持ちはわかりづらいにもほどがあるから。

 アロイス様はとても珍しいことにわたしの話を真剣な表情で聞いてくれている。
 本当にシオンさんのことが好きなんだなぁと、自然と穏やかな視線で彼を見つめていた。

「……そうすれば、そばにいてもいいの?」

 そんな風に縋るような瞳と言葉を向けられるとたじろいでしまう。

「わ、わからないですが、関係が好転はする、かと……たぶん、たぶんですけど」

「わからないとかたぶんとか…曖昧に言って誤魔化そうとしてるの…? まともに答えてくれるつもりはないんだね…」

 アロイス様は険しく眉を顰めていて、相変わらずわたしのことはとことん嫌いらしい。
 彼の恋心を知って少しだけ親近感が湧いたような気になっていたけれど思い上がりだったようだ。

 やはりシオンさんの研究所で働いているというのも気に食わないのだろう。
 だからといってわたしはここを離れるつもりはないので、アロイス様には悪いけれどそこは受け入れてもらうしかない。

「ごめんなさい……」

 目障りかとは思いますが、決して邪魔をするつもりはないのです。

「ぅ……」

 そ、そんなに…!? 唸りを上げるくらいに嫌だなんて……。

 これは早く退散するべきだと思い立ち上がった──のに、腕を引かれてつんのめった。
 振り返れば、ソファに座るアロイス様を自然と見下ろす形になる。彼は真っ直ぐにこちらを見上げている。
 握る力が強く、怖くておずおずと後ずされば、それを追うように立ち上がって距離を詰められた。

「アイツのところに行くの……?」

 わたしを間近で見下ろす彼の目元には影が掛かり金の瞳がより際立っている。
 それはそれはもう、本当に、怖い。

 わたしは首をぶんぶんと横に振りつつ、手を放してほしいという意味を込めてじりじりと後退を続けたけれど、結局放されることなく壁際まで追いつめられてしまった。

「他の奴に取られるくらいなら、攫って、閉じ込めるしかないのかな」

 とても物騒なことを呟いていらっしゃる。

「あ、アロイス様落ち着いてください…! そんなことをしたら気持ちが通じ合うどころの話じゃなくな「だって」

 どうせ無理なんでしょ、とアロイス様はヤケを起こしたように言う。
 声音はとても苦しそうで、何だか胸の奥が切ないような心地になる。
 言っていることはめちゃくちゃで、間違っていて、この人は稀に見る不器用さんのようだけれど、ナーチさんが言ったように好きの気持ちだけは本物のようだ。

 だからこそ、折角のその気持ちを彼自身の勝手な欲で台無しにしてしまうのは勿体ない。
 例え彼の言う通り上手くいかなかったとしても、愚かな行いで気持ちを汚すようなことはしないでほしい。

「そんなことをして、相手がどう思うかは考えないのですか? アロイス様のしようとしてることは、貴方自身をも追い詰めることになるんですよ?」

「………それでもそばにいられるなら…」

「アロイス様、駄目です。そういうところ。そういうところですよ」

 駄々を捏ねる子どもに言い聞かせるように言えば、「リリまでナーチみたいなことを…」と呟いて、彼はまさにそう(拗ねた子ども)であるかのような顔をした。

 わたしの記憶が正しければこの人は、国一番と評判の美人相手でもいつも自然で、言葉巧みに難なく落とし込んでしまう、そんな人柄のはずだったのに。
 どちらかというとこっちのアロイス様の方が接しやすいような気がするけれど、何せ恋愛を拗らせてしまっているので地雷を踏むと殺されかねない。

「心が無理ならもう……」

 体だけでもってことですか!?

「もう!! 駄目ですってば!!」

 どうしようもないなこの人は! そんな思いから自然と語調が強くなる。
 それにつられたのか、アロイス様はムと口を曲げて、

「しょうがないだろ、もうなりふり構ってられないんだから…!」

「なりふりは構ってください! 独りよがりの愛情なんて、自分の欲求を満たすためだけの自己愛と同じです!」

「なっ……! 俺は、そんな……! ッ……! リリにはわかんないよ!!」

「ええわかりませんよ、だって聞いたこともありませんから! 貴方は大切なことに限って言葉にしないようですからね! ていうかその発言がもう自分勝手です!!」

「じゃあどうしろって言うんだよ!!」

「だから、さっき言ったみたいに素直に正攻法で攻めてくださいよ!!」

「あぁぁもぉぉぉ!! 好きだよッ!!!」

 彼が勢いのままそう叫ぶので、わたしの勢い付いていた口は止まった。

「好きすぎて好きすぎて気が可笑しくなるくらい、愛してるんだよ!!!!」

 室内がシンと静まってアロイス様の乱れた呼吸の音だけがやけに耳に残る。
 見上げれば、これでもかというほど真っ赤に染まった彼がいた。
 肌が白いから余計に目立つ。こんなアロイス様を見るのは始めてで、その直球過ぎる思いは自分に向けられたものでなくても、こっちまで赤くなりそうなくらいに熱烈だった。

「──だから、君が居ない世界なんて考えられないんだ……」

 さっきまで腕を握っていた力が嘘のように、壊れ物を扱うみたいに優しく抱き締められた。
 驚きで震えた肩ごと、ぎゅっと抱き込まれる。

「これからは、悲しませないように頑張るから…そんな当たり前のことを頑張るなんて言われても困るだろうし説得力ないのもわかってるけど…でも、自己愛だなんて思わせないくらいには、ちゃんと君への気持ちを伝えるから」

 ──償うチャンスをくれないだろうか。

 アロイス様はわたしの肩口に顔を埋めて、弱弱しく囁いた。
 そのまま黙り込んでしまったアロイス様の背を、わたしはそっと撫でる。自然と、そうしてあげたいような気持ちになった。

「───はい」

 声を掛ければアロイス様の体が大袈裟に揺れた。
 体を離して見上げれば不安げな表情の彼がいて、わたしは出来る限りの笑みを浮かべた。

「リ──「はい。とてもいいと思います。素晴らしい告白でした」

 激励を込めて続ける。

「是非本番も頑張ってください」
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