【完結】お世話になりました

こな

文字の大きさ
上 下
29 / 34

29.決定打(アロイスside)

しおりを挟む
 愛しい後姿を前に、何度も彼女の名を呼び、手を伸ばす──しかし距離は遠のくばかりで、

「って、デジャブ!!!」

 最悪の目覚め二回目に、思わず飛び起きた。
 自分が身を沈めているソファの感触にも覚えがあるということは、俺はまたあの忌々しい場所に戻ってきているらしい。出て行ったはずなのに、どうやって戻ってきたのか記憶がない。
 ついでにガンガンと内側から金槌で殴られているかのような頭痛に襲われていて思考がままならない。

「目が覚めたんですね」

 反射的に声の元を向けば、部屋の奥からひょいと顔を出したリリが穏やかな笑みを浮かべた。俺はまだ夢の中にいるのだろうか。
 少ししてからハーブティーを淹れたティーカップを持って現れ、俺の側のテーブルへと置いた。今の気分にぴったりな心が安らぐ香りがする。

「すみません、シオンさんはナーチさんと一緒に研究へと出てしまって、残れるのはわたししかいなくて」

 リリがこんな風に自分から口をきいてくるのは珍しく、それだけでドギマギしそうになるが必死に抑える。

「お、怒らないでくださいよ…今はじっくり体を休めた方がアロイス様のためにもなるんですから」

「……別に怒ってない」

「……」

 やばい。緊張で顔が強張る上に、ついぶっきらぼうな返しを…
 この半年間で何度も彼女に優しくするためのイメージトレーニングをしたはずだったのに。

 そもそも再会初っ端から知らない男と手をつないでいるのを目にして大暴走、しまいには泣いて逃避。
 そんなトレーニングも反省も水の泡な態度を取ってしまったのだ、今こうしてまた話をしてくれているだけでも有難いことだというのに、そんなチャンスを潰す気が俺!!

 とはいえ何故だが、リリは怯えるどころか瞳を細めて生暖かいような視線を向けてくる。どういう感情だそれ、初めて見る顔なんだけど。
 しかしすぐハッとした後、

「失礼しました」

 そう言って俯いてしまった。

「……アロイス様はわたしの醜い顔がお嫌いでしたよね」

 醜くなんてないし、むしろ好きだし、君は誰よりも何よりも綺麗だ──なんて本音を言えたらどれだけ良かったか。
 とにかく先ずは「違うんだ」と、彼女の認識を改めて、そして謝罪を……

「ち、」

「………」

「ち………」

「アロイス様」

 俺が吃っている間にリリが視線を落としたままに穏やかに俺を呼んだ。
 しかしその声にはどこか「はい」と返事をしそうになるような雰囲気があった。もちろん飲み込んだが。

「もうわたしとアロイス様には何の関係もないんですし、そもそもわたしはここでも取るに足らない研究助手Aなんです。なのでわたしのことなんて気に留めていただく必要はないんです。わたしのことは早くお忘れになってくださいね」

「…………は?」

「ではわたしはこれで」

 耳を塞ぎたくなるような言葉を残してさっさと立ち去ろうとするリリを、俺は慌てて呼び止めた。
 気に留めなくていい? 忘れろ? どういうことだ。
 もしかして、俺は記憶の無い間に彼女に何かとんでもないことを言ってしまったんじゃないだろうか。

 問えば、「ええ、まあ……」と若干頬を染めながら視線を泳がせた。
 なにその顔可愛い、じゃなくて、

「かなり熱烈な思いを、聞いてしまいました」

 終わった。

 何を言ったのかはさっぱり思い出せないが、日ごろ抑えている俺の感情が垂れ流しになったのだとしたら相当なものだっただろうと、彼女の言葉と反応からわかる。

 あと先程の言葉から、俺がフラれたらしいこともわかる。

「まさかアロイス様があのような思いを抱えていたなんて…」

 完全に引かれた。

「む、難しいですよね、恋愛って……!」

 気まずそうなフォロー、余計にツラい。

「とにかく今は休みましょう」

 俺のことフったくせに優しいリリが憎い。
 でもリリの優しさが滲みるし、改めて好きだと思う。ダメだ。全然諦められそうにない。

「…………あのさ、俺、どうすればいいかな」

 もうヤケだ。
 散々情けないところを見られたのだ。この際彼女本人にアドバイスをもらおう。
 ここまでボコボコにされてやっと、頑張って直すから縁切りだけは許してくれと、本音を言えそうな気がするんだ。

「うーん……差し出がましいようですがアロイス様は……もう少し、素直になられた方がいいかと思います。今のままでは少々………えっと……」

「…いいよ、はっきり言ってよ」

 そう促せば、リリは気まずそうに口元をまごつかせた後、意を決した様子で口を開き、

「その…少し…めんどくさい…かも…?」

 そんな思いの外はっきり過ぎる言葉に俺は思わず両手で顔を覆った。

 
しおりを挟む
感想 119

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

記憶を失くした彼女の手紙 消えてしまった完璧な令嬢と、王子の遅すぎた後悔の話

甘糖むい
恋愛
婚約者であるシェルニア公爵令嬢が記憶喪失となった。 王子はひっそりと喜んだ。これで愛するクロエ男爵令嬢と堂々と結婚できると。 その時、王子の元に一通の手紙が届いた。 そこに書かれていたのは3つの願いと1つの真実。 王子は絶望感に苛まれ後悔をする。

私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?

新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。 ※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!

あなたの愛はいりません

oro
恋愛
「私がそなたを愛することは無いだろう。」 初夜当日。 陛下にそう告げられた王妃、セリーヌには他に想い人がいた。

【完結】家族にサヨナラ。皆様ゴキゲンヨウ。

くま
恋愛
「すまない、アデライトを愛してしまった」 「ソフィア、私の事許してくれるわよね?」 いきなり婚約破棄をする婚約者と、それが当たり前だと言い張る姉。そしてその事を家族は姉達を責めない。 「病弱なアデライトに譲ってあげなさい」と…… 私は昔から家族からは二番目扱いをされていた。いや、二番目どころでもなかった。私だって、兄や姉、妹達のように愛されたかった……だけど、いつも優先されるのは他のキョウダイばかり……我慢ばかりの毎日。 「マカロン家の長男であり次期当主のジェイコブをきちんと、敬い立てなさい」 「はい、お父様、お母様」 「長女のアデライトは体が弱いのですよ。ソフィア、貴女がきちんと長女の代わりに動くのですよ」 「……はい」 「妹のアメリーはまだ幼い。お前は我慢しなさい。下の子を面倒見るのは当然なのだから」 「はい、わかりました」 パーティー、私の誕生日、どれも私だけのなんてなかった。親はいつも私以外のキョウダイばかり、 兄も姉や妹ばかり構ってばかり。姉は病弱だからと言い私に八つ当たりするばかり。妹は我儘放題。 誰も私の言葉を聞いてくれない。 誰も私を見てくれない。 そして婚約者だったオスカー様もその一人だ。病弱な姉を守ってあげたいと婚約破棄してすぐに姉と婚約をした。家族は姉を祝福していた。私に一言も…慰めもせず。 ある日、熱にうなされ誰もお見舞いにきてくれなかった時、前世を思い出す。前世の私は家族と仲良くもしており、色々と明るい性格の持ち主さん。 「……なんか、馬鹿みたいだわ!」 もう、我慢もやめよう!家族の前で良い子になるのはもうやめる! ふるゆわ設定です。 ※家族という呪縛から解き放たれ自分自身を見つめ、好きな事を見つけだすソフィアを応援して下さい! ※ざまあ話とか読むのは好きだけど書くとなると難しいので…読者様が望むような結末に納得いかないかもしれません。🙇‍♀️でも頑張るます。それでもよければ、どうぞ! 追加文 番外編も現在進行中です。こちらはまた別な主人公です。

愛してほしかった

こな
恋愛
「側室でもいいか」最愛の人にそう問われ、頷くしかなかった。  心はすり減り、期待を持つことを止めた。  ──なのに、今更どういうおつもりですか? ※設定ふんわり ※何でも大丈夫な方向け ※合わない方は即ブラウザバックしてください ※指示、暴言を含むコメント、読後の苦情などはお控えください

愛してしまって、ごめんなさい

oro
恋愛
「貴様とは白い結婚を貫く。必要が無い限り、私の前に姿を現すな。」 初夜に言われたその言葉を、私は忠実に守っていました。 けれど私は赦されない人間です。 最期に貴方の視界に写ってしまうなんて。 ※全9話。 毎朝7時に更新致します。

出て行けと言って、本当に私が出ていくなんて思ってもいなかった??

新野乃花(大舟)
恋愛
ガランとセシリアは婚約関係にあったものの、ガランはセシリアに対して最初から冷遇的な態度をとり続けていた。ある日の事、ガランは自身の機嫌を損ねたからか、セシリアに対していなくなっても困らないといった言葉を発する。…それをきっかけにしてセシリアはガランの前から失踪してしまうこととなるのだが、ガランはその事をあまり気にしてはいなかった。しかし後に貴族会はセシリアの味方をすると表明、じわじわとガランの立場は苦しいものとなっていくこととなり…。

処理中です...