【完結】お世話になりました

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24.愚かすぎる男(アロイスside)

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 愛しい後姿を前に、俺は何度も彼女の名を呼ぶ。
 しかし彼女は振り返ることもせず先へ先へと遠のいていく。
 足が泥のように重く、距離は広がるばかり。
 ふいにどこからともなく現れたド田舎貴族が、彼女の隣に並び立ち、手を引く。
 伸ばした手は情けなく空を切るばかりで、ただ遠ざかる二人を眺めることしかできなくて──

「あほイスー大丈夫ナー?」

「……………」

「いだだだだだっ! 無言で耳を引っ張るナ!!」

 重たい瞼を持ち上げれば視界いっぱいにもふもふした顔があったので取り敢えず引っ張れば、折角心配してやってるのにと、ナーチは俺から逃げるように慌てて飛び上がった。
 そのままふよふよと漂って黒い頭の上にちょんと座り込む。

 黒い頭……そう黒い頭だ。忌々しい男の頭の上で、俺の使い魔は落ち着くとでも言いたげな表情で寛いでいる。

「酷く魘されていたが、それだけ睨む元気があるなら大丈夫そうだな」

 匂いだけでも甘ったるいとわかる飲み物が注がれたマグカップが目の前に差し出される。
 受け取らないまま視線を逸らし、室内を見回す。
 ゴチャゴチャした部屋だ。嫌に収まりのいいソファで、俺は眠っていたらしい。どうしてこうなった。
 経緯が不明瞭だ。たしかやっとリリの居場所を突き止めて──、

「飲まないのか」

「ならボクが飲むナ!」

「熱いから気をつけるんだぞ」

「おう!」

「……ナーチ? なに馴染んでるの?」

 じとりと見つめれば、ナーチは一口飲み物を煽ってから、

「この人間はいい奴ナ! 悪魔の味の好みをよくわかってる! 横暴契約者の愚痴もイヤな顔せず聞いてくれたしナ~」

 そういい笑顔で答えた。
 オイ、それ本人の前で言うことなのか。
 このフリーダムな使い魔を解約する日は近いかもしれない。

「君がショックで寝込んでいる間に、君とリリとの関係をある程度聞かせてもらった」

 ぱきんと軽い音を立てて、机に並んでいた試験管が数本砕けた。
 意識的にやったわけではない、が、苛立ちによって漏れる魔力を抑える気にはならない。

「彼女のこと、気安く呼ばないでもらえるかな」

「猫被りはもういいのか?」

「アンタみたいな引き篭もりに何を気遣う必要もない」

「きみ、自分の性格の温度差で風邪でも引きそうだな」

 ひくりと口元が引き攣った。
 よし、殺そう。それがいい。
 親しげに彼女の名前を呼ぶ舌を抜いて、誰の目にも止まらないところに埋めてしまおうそうしよう。

「言っておくが」

 ふらりと立ち上がった俺に、男は制止を掛けるように言い放った。

「悪いが僕らは親しい間柄だ。僕に何かしようものなら今度こそリリの心は離れるぞ」

 すまし顔で言いながらカップを傾ける。

「『関わるな』なんて言葉では済まないだろうな」

 その一言で思い出した。
 リリの泣き出しそうな歪んだ顔と、投げかけられた言葉を。
 またぐらりと眩暈がする。
 彼女からの直接的な拒絶がここまでキツイとは思わなかった。

 そして何より、一度は出て行った彼女も自分が出向いて言葉を掛ければすぐに考え直して戻ってきてくれるものだと思っていた。
 しかしそれは幻想だったらしい。

 リリがあんな風に俺に口答えをしたのは初めてではないだろうか。

「体調が整ったらさっさと帰ることを勧める。君はどうやら彼女に並々ならぬ感情を抱いているようだが、どうあれ関係が好転することはないだろう」

 好いた女に優しくもできない腑抜けなのだから、と男は知ったような口で言う。
 あの勝手な使い魔はどこまで他人に情報を漏洩させたのか。
 いや、この際そんなことはどうでもいい。

「リリはパッと見は明るいが、傷を負ったまま成っている。君が付けた分、余すことなくな」

 わけのわからないことをツラツラと述べる、この男はリリの何なんだ。さっきから『親しい間柄』だなんだとほざいているがまさか、いや、そんなまさか── 

「……………駄目だ、やっぱり死んでもらおう」

 考えるのも嫌になって、俺は腕を持ち上げた。
 部屋の中には研究用の器材なのだろう、都合の良い刃物がいくつもあった。それらを宙に浮き上がらせ、切っ先を男へと向ける。
 ナーチが何か騒いでいるがどうでもいい。
 今はただその澄ました顔を打ちのめしてやらなければ気が済まない。
 ──そんな時、

「アロイス様?」

 背後で扉の開いた音と、愛しい声が聞こえた。
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