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23.あの頃とは違う
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震える手でシオンさんの白衣を掴んでいれば、後ろ手にそっと優しく重ねてくれた。ほんの少しの安堵を得るが、
「その薄情者を連れ戻しに来たんですよ」
冷え冷えとしたアロイス様の声にまた萎れそうになる。
しかし連れ戻されるという恐怖が思考力を取り戻させた。
──そんなのは、絶対にごめんだ。
「っ…! わ、わたしはもう貴方の家の使用人ではありません!」
勢い任せに前へ出れば、声と同じく絶対零度の瞳がこちらを見下ろしてくる。また声にならない声が上がりそうになったが、堪える。
わたしはいつまでこの人に怯えたままでいるつもりなんだ。
どうせわたしは今も昔も根なし草なのだから、もう自由にやってやる。
「恩を忘れたわけではありません……でも、自分なりにお返しできる分は頑張ったつもりです。ちゃんと退職願いだってメイド長の受理をいただきましたし、薄情呼ばわりされる道理はないはずです!」
「………俺は許した覚えはないけど」
どうやらアロイス様はわたしに『いてもいなくても同じ』だと言ったことを忘れているらしい。
まあ取るに足らない使用人への感情なんてすぐ忘れても仕方がない。それは理解できる。
でも、
「……い、一介の使用人に態々罰を与えるためにこんなところにまで追って来るなんて、アロイス様は、ひ、ひひひ、暇人、ですかっ!!!」
──よし、言ってやった……言ってやったぞ!
どうでもいいと扱っておきながら勝手をされると腹が立つなんて、自分勝手もいいところだ。
これまでは我慢出来ていたけれど、この森に来て開放的になってしまったわたしはもう自由で、そして強気だ!
とんでもない無礼を口走ったというのに、アロイス様からの返答は無い。
あの意地の悪いアロイス様が反撃してこないのは不思議だけれど、またとないチャンスである。
「本当に、うんざりなんです」
意地悪なアロイス様を嫌いになりきれない自分にいつも呆れて、うんざりしていた。
「もうわたしに関わらないでください!!」
きっとそれはお互いの為にもなる。
アロイス様はもっと優秀で、生まれもちゃんとした使用人を側に置いた方がいい。
元々わたしは、普通じゃいるだけで煙たがれるような存在だ。いくら物珍しかったとしても、気まぐれに拾ったりするものじゃない。
アロイス様もきっと成長してそう思うようになったのだろう。
悲しいけれど、それは仕方のないことだと思う。
そういう扱いには、慣れているといえば慣れている。生まれた時からそうだったから。
再び静寂が訪れ、わたしは視線を上げられないままでいた。
どんな恐ろしい罵詈雑言が飛んでくるかと思ったが、アロイス様はやはり何も言わない。しかし逆にそれが怖い。
早く立ち去ってはくれないだろうか、そんな願いが届いたかのように、アロイス様の足が一歩後ろに下がったのが見えた。そして、
──ぱたり。
そんな間の抜けたような音がした気がした。
反射的に視線を上げれば、
「ア、アロイス様!?」
アロイス様が真っ青な顔で倒れていた。
慌てて駆け寄る。彼はぎゅっと目を閉じて苦し気だった。
呼び掛けても返事はなく、完全に気を失っている。
「た、大変です! お医者様をお呼びしなくては!」
「いや、必要ない。ただのショックによる失神だろう」
「え?」
狼狽えているわたしと違い、シオンさんは極めて冷静に言った。
「彼は一先ずこちらで引き取ろう。君は気にせず休んだらいい」
「でも、」
「でもも何も、君だって顔色が悪い。彼の言葉は僕からしても聞くに堪えないものだった。君の精神衛生のためにも、無理に彼の側に付いてやる必要はない。僕に任せて、君は大人しく眠ることだ」
シオンさんはそう言って立ち上がり、研究所への道を戻っていった。
アロイス様をとんでもなく雑に引き摺って行く姿には眩暈がしそうになったが、呆気に取られていれば止める間もなく遠ざかっていく。
確かに彼の言う通り追う元気も湧いてこなかったため、わたしは言われた通り大人しく休むことにした。
「その薄情者を連れ戻しに来たんですよ」
冷え冷えとしたアロイス様の声にまた萎れそうになる。
しかし連れ戻されるという恐怖が思考力を取り戻させた。
──そんなのは、絶対にごめんだ。
「っ…! わ、わたしはもう貴方の家の使用人ではありません!」
勢い任せに前へ出れば、声と同じく絶対零度の瞳がこちらを見下ろしてくる。また声にならない声が上がりそうになったが、堪える。
わたしはいつまでこの人に怯えたままでいるつもりなんだ。
どうせわたしは今も昔も根なし草なのだから、もう自由にやってやる。
「恩を忘れたわけではありません……でも、自分なりにお返しできる分は頑張ったつもりです。ちゃんと退職願いだってメイド長の受理をいただきましたし、薄情呼ばわりされる道理はないはずです!」
「………俺は許した覚えはないけど」
どうやらアロイス様はわたしに『いてもいなくても同じ』だと言ったことを忘れているらしい。
まあ取るに足らない使用人への感情なんてすぐ忘れても仕方がない。それは理解できる。
でも、
「……い、一介の使用人に態々罰を与えるためにこんなところにまで追って来るなんて、アロイス様は、ひ、ひひひ、暇人、ですかっ!!!」
──よし、言ってやった……言ってやったぞ!
どうでもいいと扱っておきながら勝手をされると腹が立つなんて、自分勝手もいいところだ。
これまでは我慢出来ていたけれど、この森に来て開放的になってしまったわたしはもう自由で、そして強気だ!
とんでもない無礼を口走ったというのに、アロイス様からの返答は無い。
あの意地の悪いアロイス様が反撃してこないのは不思議だけれど、またとないチャンスである。
「本当に、うんざりなんです」
意地悪なアロイス様を嫌いになりきれない自分にいつも呆れて、うんざりしていた。
「もうわたしに関わらないでください!!」
きっとそれはお互いの為にもなる。
アロイス様はもっと優秀で、生まれもちゃんとした使用人を側に置いた方がいい。
元々わたしは、普通じゃいるだけで煙たがれるような存在だ。いくら物珍しかったとしても、気まぐれに拾ったりするものじゃない。
アロイス様もきっと成長してそう思うようになったのだろう。
悲しいけれど、それは仕方のないことだと思う。
そういう扱いには、慣れているといえば慣れている。生まれた時からそうだったから。
再び静寂が訪れ、わたしは視線を上げられないままでいた。
どんな恐ろしい罵詈雑言が飛んでくるかと思ったが、アロイス様はやはり何も言わない。しかし逆にそれが怖い。
早く立ち去ってはくれないだろうか、そんな願いが届いたかのように、アロイス様の足が一歩後ろに下がったのが見えた。そして、
──ぱたり。
そんな間の抜けたような音がした気がした。
反射的に視線を上げれば、
「ア、アロイス様!?」
アロイス様が真っ青な顔で倒れていた。
慌てて駆け寄る。彼はぎゅっと目を閉じて苦し気だった。
呼び掛けても返事はなく、完全に気を失っている。
「た、大変です! お医者様をお呼びしなくては!」
「いや、必要ない。ただのショックによる失神だろう」
「え?」
狼狽えているわたしと違い、シオンさんは極めて冷静に言った。
「彼は一先ずこちらで引き取ろう。君は気にせず休んだらいい」
「でも、」
「でもも何も、君だって顔色が悪い。彼の言葉は僕からしても聞くに堪えないものだった。君の精神衛生のためにも、無理に彼の側に付いてやる必要はない。僕に任せて、君は大人しく眠ることだ」
シオンさんはそう言って立ち上がり、研究所への道を戻っていった。
アロイス様をとんでもなく雑に引き摺って行く姿には眩暈がしそうになったが、呆気に取られていれば止める間もなく遠ざかっていく。
確かに彼の言う通り追う元気も湧いてこなかったため、わたしは言われた通り大人しく休むことにした。
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