愛してほしかった

こな

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15.モーニングコール

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 あんな後にすぐ寝付けるはずもなく、悶々としたまま明け方近くに寝入ったため、目を覚ました頃には日はもう高い位置にあった。

 結局たっぷり寝てしまった。
 なのに思考は停止しているみたいにぼんやりしていて、ぼーっと窓の外を眺めたままでいる。

 いつまでそうしていたのか、部屋にノックの音が響いたところでようやく焦りが込み上げた。
 時間を見る限り、私は朝食の声掛けを確実に一度無視してしまっている。

「す、すみません、本日は昼食も不要で──」

 身支度は整っていないけれど、声だけで伝えるのは気が引けて、慌てて扉に近づき少しだけ開いて顔だけ覗かせた──のが、間違いだった。

 扉の向こうに立っていたのは侍女ではなく、

「君はいつもこんな時間まで寝ているのか」

 心の中で絶叫した。

「おい、閉めるな」

 「ひっ!」

 反射的に扉を閉めようとしたが、ガッと足が差し込まれる。
 ヨシュア様、意外と足癖が悪い。いや、そんな場合ではなくて。

 塞げなかった扉の隙間から彼を見上げれば、ゾッとするほど真っ直ぐにこちらを見下ろしていた。

 怯んだ隙に扉が開かれてしまい、私は何とも情けない感じでヨロヨロと後退した。

 寝起きからハードすぎて眩暈が…
 寝癖も気になって、頭を撫で付ける。多分間抜けな姿になっている。

(ど、どういう、状況なのでしょうか、これは…)

 沈黙している彼を恐る恐る見上げれば、そこにはいつも以上に無表情という言葉を体現するような顔があって、バッと視線を逸らした。

 怖い、怖すぎる。
 そもそも寝起き顔で御尊顔を見上げていられるほど、私の精神は強くない。

 謎の沈黙が続き、胃が痛くなってきた。
 扉を閉めたい。でも先程の二の舞になるのは嫌だ。
 私が引っ込むのではなく、彼に帰って貰わないと。

(でも……)

 ちら、と見ても、ヨシュア様は動く気配がない。
 もしかして彼は、先ほどの質問の答えを待っているのではないだろうか。

「えっと…いつもこんな風では、ないのですが……何だか先日はいつも以上にぐっすり眠ってしまったようで…そう、それはもう、熟睡でして。本当によく眠っていて、こんな時間ですが一度も目を覚ますことなく………はい…」

 色んな意味で居た堪れない。
 元はと言えば私のこの動揺も寝坊も、全て昨夜の事件のせいだ。つまりはヨシュア様のせいなのに、

「どこか悪いのか」

 ……いえ、やっぱりあれは夢だったようです。

 体を気遣うような言葉は、クリスティナ様の件があってのことだろう。
 相も変わらず、見た目も中身も放つ言葉さえも、人ではない無機質な何かのような。冷静に考えて、そんな彼があの様な妙な行動をとるわけがない。

 知らなかったけれど、私は想像力が豊かな人間だったらしい。
 この場合は妄想力というべきかもしれないけれど……これ以上はあまり考えたくはない。切り替えないと。

「単によく眠れただけなので、ご心配には及びません。お見苦しい姿をお見せしてしまい申し訳ありません…──ヨシュア様は何故こちらに?」

 話題を変えたいのもあって、先ほどから抱いていた疑問を投げかけた。

「君がいつまでも食事の席に現れないから、様子を見に」

「…? 何故、ヨシュア様がわざわざ…?」

「これからは可能な限りこちらで寝食を行い、君と過ごす時間を設けるつもりでいる」

 ……なるほど、流石というかなんというか。
 彼は私相手といえど抜かりなく、夫婦としてそれなりの見栄えを形作るつもりらしい。

「ですが多忙なヨシュア様にご足労いただかなくとも、私がそちらに出向いた方がいいのでは?」

「……」

「(に、睨まれるような発言だったでしょうか…?)」

「無用な気遣いだ。君はここから出なくていい」

 どうやらまた彼の意に沿わない行動を取るのではないかと疑われているらしい。

 随分と不埒な印象を与えてしまったものだ。
 わざわざ否定や反論を口にする気にもなれないで、ほんの小さく息を吐いてしまう。

「もう行く。君はただでさえ少食なんだから、食事を抜くのは控えろ」

「…はい」

 何だか短時間で酷く疲弊してしまった。
 早く立ち去ってくれるに越したことはないので、素直に返事をした。

 あまり食べられないという事は幼少期からの印象だろうけれど、よく覚えているものだと頭の隅で思う。
 きっと頭の出来が良いから、どうでもいいことでさえも記憶してしまうんだろうな。

「………」

「………?」

 ──何故だか、彼が一向に動こうとしない。
 もう行くと自分で言っておきながら、じっと私を見下ろしたまま動かない。
 戸惑いの視線で見上げれば、彼はゆっくりと瞬きをして、

「こういった場面で一般的に口にする言葉があるはずだ、夫婦間では尚更」

「……はい?」

「俺はこれから仕事に出掛ける」

「は、はい…」

「もう行かなければならない」

「えっと…お、…お疲れ様です…?」

「違う」

 ぴしゃりと言い放つ彼に内心パニックを起こしながらも、ぐるぐると頭を回して正解を探す。

「……い、いってらっしゃいませ…?」

 こんな言葉が求められているとも到底思えないけれど、これくらいしか浮かばない。
 恐る恐る口にして、ヨシュア様を見上げればそこにはやはり無表情がある。

「ああ、行ってくる」

 しかしどうやら正解だったようで。
 彼はそう返事をして、今度こそ私の前から去って行った。
 長い脚でスタスタと歩く彼の背はあっという間に見えなくなる。私は彼の通った後の道をぽけっと眺めたままでいた。

 ヨシュア様の主な活動拠点は間違っても離宮ではない。それが『行ってくる』などと言うには、些か違和感を覚えるのだけれど。最後のやり取りは、一体何だったのだろうか。



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