7 / 31
7.変わらない
しおりを挟む私は夜伽を必要とされていない側室だ。
当然、ヨシュア様が私の住まう離宮に足を運ぶことなどない。
だからだろうか、忘れがちになってしまう。私たちは偶然が簡単に引き起こる距離にいるということを。
「ぁ…」
「……」
王宮の広い書庫は私にとってのお気に入りの場所で、それは彼も同じくなのだと、すっかり忘れていた。
私は書庫内でも奥まった場所のテーブルの端に掛けていて、彼もそのテーブルに掛けるつもりで来たのだろう、分厚い本を手に、私を視界に入れるなりピタリと動きを止めた。
私も本を読んでいた手を止め、恐らく数秒間お互いに丸めた目で見つめ合っていた。
ふいにヨシュア様が顎に手を当て何かを考えるような素振りをしたため、正気になって逃げるように視線を落とす。
退くべきだろう。
それが彼のためにも、何より自分のためになる最善だ。
立ち去る準備を整えなければ──そう思った矢先、ヨシュア様は私の隣の席に腰掛けた。
これだけ席が空いている中わざわざ隣になんて、早く退けという合図に他ならない。
「す、すぐ退きますか……ら」
慌てて本を閉じようとすれば、大きな手のひらがそれを遮った。
驚きながら彼を見上げれば、銀灰色の瞳が震えあがりそうな圧を持ってこちらを見つめていた。
「何故だ? まだ途中なら立ち去る必要はない」
相変わらずのきっぱりとした物言いに、体が体が小さく震えた。
未だ彼に対する捨て切れない気持ちを抱えたままだけれど、もう純粋な、花咲くような恋心ではないのだ。
そんなものは側室として嫁ぐことに決まったあの瞬間に枯れ果ててしまった。
「思えばこうして話すのも久しいな。息災だっただろうか」
震える手を合わせて固く握った。
元気かなどと、貴方が私に問うのか。
「おかげさまで」
おかげさまで、すっかり疲れ切ってしまいました。
なんて言えるはずもない。
それにヨシュア様が悪いわけでもない。
私が恋に破れて悲しんでいるだけで、彼からしたら、取るに足らない女の一人が、勝手に一喜一憂しているだけなのだから。
それを示すかのように、ヨシュア様の声音や調子は以前と何も変わらない。
こういう『大抵のことは些事』みたいな雰囲気を尊敬していたけれど、今となっては少々腹立たしくさえ覚えてしまう。
こんな人がどういう風にクリスティナ様を愛しているのか、もはや怖いもの見たさで興味さえ湧いてくる。
「その本、俺も読んだがとても興味深いものだった」
「側室でいいか?」「はい」のやり取り以来とは思えない気やすさに目眩がしそうだ。
気まずいとかないのでしょうか、私はあります。
「因みにこちらは観点は同じでも全くの別物といえる内容で、是非併せて読むことを勧める」
逃げ出したい気持ちを顔に出さないよう必死になっている時に、彼が気になることを言うから、思わず顔を上げて彼と、彼の手元の本に熱い視線を注いでしまう。
だって、ヨシュア様が勧める本に外れはない。
すると彼は少しばかり目元を緩め、
「俺はあと少しで読み終わるから、その後君の元へ届けさせよう」
私の大好きだった表情で、そんな風に優しげに話さないで。
私は不必要な二番手で、貴方には愛する人がいるのに。
まるでこれまでと何一つ変わらないような振る舞いで───…もしかして、彼にとっては本当に"何も変わっていない"のだろうか。
彼にとって私は、今も昔もただの読書の趣味が合う友人程度で、元々恋愛対象から度外視されているから、こんな風に何も変わらず接されるのかもしれない。
どうして私は、この人と気持ちを同じくできると、馬鹿げた期待を持っていたんだろう。
耐えきれなくなって、結局立ち上がった。
急用を思い出したと見え透いた嘘を吐いて、彼の言葉を待つまでもなくその場を離れた。
決して罵倒されたわけでも、直接的な言葉を言われたわけでもないけれど、不毛なのだと改めて知らしめられた気がした。
79
お気に入りに追加
3,752
あなたにおすすめの小説
大好きなあなたが「嫌い」と言うから「私もです」と微笑みました。
桗梛葉 (たなは)
恋愛
私はずっと、貴方のことが好きなのです。
でも貴方は私を嫌っています。
だから、私は命を懸けて今日も嘘を吐くのです。
貴方が心置きなく私を嫌っていられるように。
貴方を「嫌い」なのだと告げるのです。
愛されていたのだと知りました。それは、あなたの愛をなくした時の事でした。
桗梛葉 (たなは)
恋愛
リリナシスと王太子ヴィルトスが婚約をしたのは、2人がまだ幼い頃だった。
それから、ずっと2人は一緒に過ごしていた。
一緒に駆け回って、悪戯をして、叱られる事もあったのに。
いつの間にか、そんな2人の関係は、ひどく冷たくなっていた。
変わってしまったのは、いつだろう。
分からないままリリナシスは、想いを反転させる禁忌薬に手を出してしまう。
******************************************
こちらは、全19話(修正したら予定より6話伸びました🙏)
7/22~7/25の4日間は、1日2話の投稿予定です。以降は、1日1話になります。
【完結】忘れてください
仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
愛していた。
貴方はそうでないと知りながら、私は貴方だけを愛していた。
夫の恋人に子供ができたと教えられても、私は貴方との未来を信じていたのに。
貴方から離婚届を渡されて、私の心は粉々に砕け散った。
もういいの。
私は貴方を解放する覚悟を決めた。
貴方が気づいていない小さな鼓動を守りながら、ここを離れます。
私の事は忘れてください。
※6月26日初回完結
7月12日2回目完結しました。
お読みいただきありがとうございます。
夫は私を愛してくれない
はくまいキャベツ
恋愛
「今までお世話になりました」
「…ああ。ご苦労様」
彼はまるで長年勤めて退職する部下を労うかのように、妻である私にそう言った。いや、妻で“あった”私に。
二十数年間すれ違い続けた夫婦が別れを決めて、もう一度向き合う話。
【完結】お姉様の婚約者
七瀬菜々
恋愛
姉が失踪した。それは結婚式当日の朝のことだった。
残された私は家族のため、ひいては祖国のため、姉の婚約者と結婚した。
サイズの合わない純白のドレスを身に纏い、すまないと啜り泣く父に手を引かれ、困惑と同情と侮蔑の視線が交差するバージンロードを歩き、彼の手を取る。
誰が見ても哀れで、惨めで、不幸な結婚。
けれど私の心は晴れやかだった。
だって、ずっと片思いを続けていた人の隣に立てるのだから。
ーーーーーそう、だから私は、誰がなんと言おうと、シアワセだ。
夫の不貞現場を目撃してしまいました
秋月乃衣
恋愛
伯爵夫人ミレーユは、夫との間に子供が授からないまま、閨を共にしなくなって一年。
何故か夫から閨を拒否されてしまっているが、理由が分からない。
そんな時に夜会中の庭園で、夫と未亡人のマデリーンが、情事に耽っている場面を目撃してしまう。
なろう様でも掲載しております。
その眼差しは凍てつく刃*冷たい婚約者にウンザリしてます*
音爽(ネソウ)
恋愛
義妹に優しく、婚約者の令嬢には極寒対応。
塩対応より下があるなんて……。
この婚約は間違っている?
*2021年7月完結
王妃の手習い
桃井すもも
恋愛
オフィーリアは王太子の婚約者候補である。しかしそれは、国内貴族の勢力バランスを鑑みて、解消が前提の予定調和のものであった。
真の婚約者は既に内定している。
近い将来、オフィーリアは候補から外される。
❇妄想の産物につき史実と100%異なります。
❇知らない事は書けないをモットーに完結まで頑張ります。
❇妄想スイマーと共に遠泳下さる方にお楽しみ頂けますと泳ぎ甲斐があります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる