愛してほしかった

こな

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7.変わらない

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 私は夜伽を必要とされていない側室だ。
 当然、ヨシュア様が私の住まう離宮に足を運ぶことなどない。

 だからだろうか、忘れがちになってしまう。私たちは偶然が簡単に引き起こる距離にいるということを。

「ぁ…」

「……」

 王宮の広い書庫は私にとってのお気に入りの場所で、それは彼も同じくなのだと、すっかり忘れていた。

 私は書庫内でも奥まった場所のテーブルの端に掛けていて、彼もそのテーブルに掛けるつもりで来たのだろう、分厚い本を手に、私を視界に入れるなりピタリと動きを止めた。

 私も本を読んでいた手を止め、恐らく数秒間お互いに丸めた目で見つめ合っていた。

 ふいにヨシュア様が顎に手を当て何かを考えるような素振りをしたため、正気になって逃げるように視線を落とす。

 退くべきだろう。
 それが彼のためにも、何より自分のためになる最善だ。

 立ち去る準備を整えなければ──そう思った矢先、ヨシュア様は私の隣の席に腰掛けた。
 これだけ席が空いている中わざわざ隣になんて、早く退けという合図に他ならない。

「す、すぐ退きますか……ら」

 慌てて本を閉じようとすれば、大きな手のひらがそれを遮った。
 驚きながら彼を見上げれば、銀灰色の瞳が震えあがりそうな圧を持ってこちらを見つめていた。

「何故だ? まだ途中なら立ち去る必要はない」

 相変わらずのきっぱりとした物言いに、体が体が小さく震えた。

 未だ彼に対する捨て切れない気持ちを抱えたままだけれど、もう純粋な、花咲くような恋心ではないのだ。
 そんなものは側室として嫁ぐことに決まったあの瞬間に枯れ果ててしまった。

「思えばこうして話すのも久しいな。息災だっただろうか」

 震える手を合わせて固く握った。
 元気かなどと、貴方が私に問うのか。

「おかげさまで」

 おかげさまで、すっかり疲れ切ってしまいました。
 なんて言えるはずもない。

 それにヨシュア様が悪いわけでもない。
 私が恋に破れて悲しんでいるだけで、彼からしたら、取るに足らない女の一人が、勝手に一喜一憂しているだけなのだから。

 それを示すかのように、ヨシュア様の声音や調子は以前と何も変わらない。
 こういう『大抵のことは些事』みたいな雰囲気を尊敬していたけれど、今となっては少々腹立たしくさえ覚えてしまう。

 こんな人がどういう風にクリスティナ様を愛しているのか、もはや怖いもの見たさで興味さえ湧いてくる。

「その本、俺も読んだがとても興味深いものだった」

「側室でいいか?」「はい」のやり取り以来とは思えない気やすさに目眩がしそうだ。
 気まずいとかないのでしょうか、私はあります。

「因みにこちらは観点は同じでも全くの別物といえる内容で、是非併せて読むことを勧める」

 逃げ出したい気持ちを顔に出さないよう必死になっている時に、彼が気になることを言うから、思わず顔を上げて彼と、彼の手元の本に熱い視線を注いでしまう。
 だって、ヨシュア様が勧める本に外れはない。

 すると彼は少しばかり目元を緩め、

「俺はあと少しで読み終わるから、その後君の元へ届けさせよう」

 私の大好きだった表情で、そんな風に優しげに話さないで。

 私は不必要な二番手で、貴方には愛する人がいるのに。
 まるでこれまでと何一つ変わらないような振る舞いで───…もしかして、彼にとっては本当に"何も変わっていない"のだろうか。

 彼にとって私は、今も昔もただの読書の趣味が合う友人程度で、元々恋愛対象から度外視されているから、こんな風に何も変わらず接されるのかもしれない。

 どうして私は、この人と気持ちを同じくできると、馬鹿げた期待を持っていたんだろう。

 耐えきれなくなって、結局立ち上がった。
 急用を思い出したと見え透いた嘘を吐いて、彼の言葉を待つまでもなくその場を離れた。

 決して罵倒されたわけでも、直接的な言葉を言われたわけでもないけれど、不毛なのだと改めて知らしめられた気がした。




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