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ファニングスと交易

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 慣れた手つきで治療を進めるも、どうしてこうなったなどの余計なことは聞かない。耳にしても口外しないだけでなく、気を使うようなことをさせない配慮をした。何かにぶつけても平気なように軽い固定を行うと「今日一日はこのままお過ごしください、明日朝には解いても構いません」目安を伝える。

「ありがとうございますドクター。サブリナにもご迷惑をお掛けします」

「そのようなことは御座いません。不便があると思いますので、私がつきっきりでご奉仕させて頂きます」

 いくら不慮の事故とは言え、怪我をさせてしまったのは申し訳なかった。最初からゆっくりと走るように指示することだって出来たというのに、このところ失策が目立ってきて自身を叱責したくなるサブリナ。

「お部屋でゆっくり出来ると思いましょう。そうだわ、司書おススメの書籍を持ってきてもらえるかしら」

「畏まりました。まずはお嬢様のお部屋へ参りましょう」

 メイドを一人向かわせると、従僕を二人呼び出して階段を車いすに座らせたまま登らせる。一段一段が広いので転落の恐れは殆ど無い、ゆったりとした造りになっていた。この従僕、資金に余裕がある屋敷でしか雇われることが無い。何せ従僕一人とメイド八人が似通った給金だから。

「こちらがお嬢様の新しいお部屋です」

「わぁ、凄い!」

 半日の準備期間でどこまで出来たのか、そんな心配は一切必要なかった。別邸の主の間よりも遥かに上質で気品がある部屋に仕上がっていた。本館には余分な調度品が沢山備えられているので、貴賓を迎える際に適切な装飾にすることが出来る。

 一般的な貴族の屋敷ならば、必ず女主人の部屋が置かれている。未だ独身でこれといった人物もないので、ブルボナ伯爵家ではその限りではない。代わりにサブリナによって、様々な好みの女性がやって来ても対応可能なように調度品は豊富に用意されていた背景がある。

「お気に召していただけましたようで幸いでございます。それでは書籍を手配して参りますのでお休みください」

 一人の方が寛げるだろうとサブリナが部屋を出る。そして扉の横に置いてある椅子に腰かけるとメイドを呼び出し、司書のところへいって書籍を持ってくるように言いつけた。たとえ本館であっても気を抜いてまた迷惑をかけるわけにはいかない、あれこれと思案を巡らせて人員の配置を決めていく作業をここで行う。

 紅茶の準備が出来たところでメイドが本を持ってやってきた、それを受け取りサブリナが部屋に入る。するとラファが窓から外を眺めていた。

「お嬢様、本館の過ごし具合はいかがでしょうか」

「とてもステキです。眺めも良いし陽当たりも最高ですね。ここの前庭は?」

 窓から見えているガーデンは左右が対象になる造りで、グランダルジャン王国だけでなくかなり広範囲の国々でスタンダードな芸術という文化が行き渡っていた。

「かの名匠、ニケランジェロの作品です。順番としては彼の作品がある場所に屋敷を構えた、ということになります」

 それも仕方がないことで、彼はこの世を去ってしまっている。弟子は幾人か活躍しているが、師匠の域に達することが出来るかは不明、至ったとしても十年二十年は後になるだろう。ならば既にある作品を活用しよう、という発想になったのがブルボナ伯爵の柔軟な発想と言えようか。

「そうだったんですね!」

「紅茶の準備が整いました。こちらへどうぞ」

 足を痛めているラファに手を貸してティーテーブルの椅子に座らせると、サブリナが紅茶を淹れる。部屋に爽やかな香りが漂う。

「華やかでフルーティーな香りだわ」

「フラワリー・オレンジペコーでございます」

 ラファの好みを探る意味で前回とは別の品を用意した、こちらもかなりのお値段がついている品だが、こういう人物に飲んでもらう為に置いているので何一つ気にせずに提供している。決してメイドの口に入るようなものではないが、飲み残しや冷えてしまったものならば下げたものを飲むのは許されていた。

「これも交易品の一つでしょうか?」

「はい、その通りでございます。出荷品はこれよりも細かく砕いて味が出やすくなっていますが、こちらは香りを楽しむ為に茶葉をそのままのこしております」

 当然細かくしたものを元には出来ないので、流通前の品を持っているという意味で遠回しに情報を与えてのこと。

「こちらで加工して出荷されるのですか?」

「はい。なにかお気になる点でもございましたでしょうか」

「帝国とも交易をされていたのですね。そいうえば子爵家に来られたのもその関係でしたっけ」

 紅茶を傾けてにこやかにそんな話をする。確かにそうではあるが、サブリナは少し期待しつつラファを見詰める。ブルボナ伯爵と釣り合う人物かどうか、そこに興味が湧いて。

「なぜ帝国とも交易していると考えられたのでしょう」

「それはこのオレンジペコーですわ」

 テーブルに残っているティーポットはガラス製、中身が綺麗に透き通っている。隣に置いてある茶葉のビン詰めもそうで、色合いも楽しめるようになっていた。サブリナがじっと次の言葉を待っているので続けた。







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