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婚約編

33 相談

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 レティシアが渡した書類を黙って読んでいたイサイアスはざっと目を通すとため息をひとつついて顔を上げた。呆れた様子のイサイアスにレティシアはぐっと涙を堪える。顔を上げると涙ぐむレティシアが目に入ったイサイアスは慌てる。呆れているのはレティシアの父にであって決してレティシアに対してではないからだ。

「シア、泣かないで。」

 イサイアスは座っていた向い側から同じソファーに移動するとそっとレティシアを抱きしめた。

「何があったか話してくれるでしょ?」

 そういってレティシアはイサイアスに抱きしめられた格好のまま領地へ戻ってから今日までのことを包み隠さず全てはなして聞かせた。


 イサイアスが特に反応したのは襲われた場面だった。

「指輪渡しておいて本当によかった。」

 そういって一層強く抱きしめられて、レティシアは恥ずかしいやさ嬉しいやら顔を赤く染めた。それでも、イサイアスが心配してくれているということが素直に嬉しくイサイアスの体に腕を回してレティシアからも抱きしめ返すのだった。

 全て話し終わったころには真上にあった太陽はすっかり沈み辺りが暗くなっていた。

「シア、話してくれてありがとう。今日まで一人で本当に頑張ったね。」

 イサイアスは話の内容について何を言うでもなく、まずそう労って頭を優しくなでた。レティシアはこれでできることはすべてやったのだと安心して、ふわっとほほ笑むと安堵からかそのまま意識を手放した。



ーーーーーーーーーー


「シアっ!」

 腕のなかで意識を飛ばしたレティシアをイサイアスは慌てて抱えなおす。おそらく心労から気を失っただけだろうを当たりをつけた。

 久々に会えて喜ぶのもつかの間、レティシアが語ったのは到底信じられないような事件だった。彼女がこうやって証拠をそろえていなければ信じられなかっただろう。レティシアが執務室に忍び込んだのには驚いたが、彼女がドレスを売って食料や薬の寄付にまわしたという話は彼女らしいと思った。もともと心優しい子だと思っていたが、本当にお人よしというかなんというか。

 それに、命を狙われたという話には肝が冷えた。たまたま自分が指輪を見つけて、防御魔術を仕込んでいたからよかったものの、もし指輪がなかったと思うと、その先は考えたくもない。

 レティシアが父の不祥事が公になれば彼女は厳しい立場に置かれるだろう。父の不正を告発されたとはいえ、彼女もレイエアズマンの名を背負う者。他の貴族連中がそう簡単に見逃してくれるはずもない。イサイアスとの婚約も見直せと声をあげる輩も出てくることだろう。

 もちろんイサイアスはレティシアを手放すつもりはない。

 何が何でも守り切ってみせる。

 決意を新たに、イサイアスはレティシアを寝かせるべく、用意させていた客室に自ら彼女を運ぶとアンネマリーのもとを訪れた。

 レティシアから聞いた話をそのまま伝え、レティシアが持ち出した書類を渡した。

「わかったわ。」

 アンネマリーは全てを聞き終わったあとでも冷静だった。

「一つ聞きたいのだけれど、イサイアスはレティシアちゃんをどうしたいの?」

「俺はシアを手放すつもりはありませんよ、母上。たとえ母上が反対しても婚約破棄はしません。」

「ふふ、いい顔をするようになったじゃない。それじゃあ、お母様も張り切っちゃいましょうか。」


 アンネマリーもレティシアとの婚約を破棄するつもりはなく、むしろ身を挺して領民を守ろうとした彼女を評価していた。むしろレティシアならイサイアスとともに歩んでいけるだろうという確信が生まれていた。

 我が息子ながら見る目があるじゃない。

 そう独り言ちながら、王都にいる夫に手紙を仕立てる。

 決着がつくのはもうすぐだろう。
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