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 祝勝会という耳慣れぬ言葉がエヴェリーナに届いたのはそれから数日後のことだった。この国では長く平和が続き、軍が動かされたとか大きな戦があったというのは聞いていない。

 誰にも会いたくないと願う気持ちとは裏腹に、王宮で行われるその宴には何があっても出ろというのが父の命だった。
 こちらに何一つ非はないのに、まるで謹慎するかのように引きこもっているなど我慢がならない、というのが父の心情らしかった。

 王太子妃候補の座を奪われ、その後釜がマルタになってから、エヴェリーナの父である侯爵の機嫌は日々悪化する一方になっている。
 婚約の違約金として王から多大なる財を賜ったが、それで気持ちがおさまるものでもない。
 引きこもっているエヴェリーナと違い、宮廷人たる父は種々のよくない噂を耳にしているのだろう。

 すべては、王太子の心を繋ぎ止められなかった自分に非があった。
 そう思っているエヴェリーナに、父の命に背けるはずもなかった。

 その日の夜に行われた祝勝会は、見た目にはほとんど夜会と変わらなかった。
 場所が王宮広間であることと、そこかしこに見られる面々が高位の貴族ばかりであることから、いつもより規模の大きいものであり、重要な催しであることはうかがえる。

 周囲を漫然と眺めながら、エヴェリーナは扇子の下でそっと溜息をつく。
 ちらちらと視線を感じるのが、いつにもましてわずらわしい。

(……着飾ったところで、見せるべき相手ももういないのに)

 今日のエヴェリーナの衣装は、瞳の色に合わせた鮮やかな青のドレスに、シャンデリアを思わせる豪奢な三連の首飾りと、同じ意匠の耳飾りだった。
 露出した首回りや豊かな胸元、なだらかな肩の白さが際立って見える。
 ほっそりした手を包む長手袋は最上級の絹が柔らかな光沢を放ち、手首のあたりに真珠がぬいつけられ、金糸で美しい模様が刺繍されている。

 化粧にしても相当な念の入りようだった。
 これらはすべて、主であるエヴェリーナのために、侍女たちが怒りと悲しみのすべてを鼓舞の力に変えるように仕上げてくれたものだ。
 主の美しさを余さず引き出すことが、せめてもの周囲に対する報復であるとでもいうように。

 しかしこれでは、まるで自分が王太子妃だと誇示するような装いだ。
 エヴェリーナ自身が一番気後れしていた。

 ふと、なにか抗いがたい力に惹き付けられたように視線が動く。
 王太子と、その新たな婚約者の姿が見えた。

 今日もジョナタの盛装は完璧だった。品のある濃紺色に金糸で豪華な縫い取りのされた衣装が、彼の高貴さをいっそう引き立てる。

 その隣、長くエヴェリーナの場所であったそこには、明るい赤のドレスに、柔らかい真珠の装飾品で装ったマルタがいた。
 マルタの衣装も化粧も相当な手の込みようだが、まだ王宮の空気に慣れていないぎこちなさが感じられた。――だがそれも、初々しく新鮮なものとして王太子の目には映るのかもしれない。

 エヴェリーナは自分の体を見下ろした。
 マルタが赤で、自分が青。まるで、正反対の二人であると示しているかのようだ。

 

 父の声が耳奥に蘇り、エヴェリーナは二人から目を背けた。
 そうすると、周りからひときわ視線を感じた。
 視線を浴びること自体は慣れていないわけではないが、いままでより露骨だった。

 ――これまでは、自分が磨き上げたものへの賛美、羨望のものとして受け止められた。
 だがいまはそれだけではないように思えた。
 好奇心――もっと言えば、王太子に捨てられた女への嘲笑がそこにあるような気がした。

(……やはり、来るのではなかった)

 このような場で、これほど惨めな気持ちになったことはない。
 扇子の下で強く息を止めて堪えていると、広間の奥、国王の傍らにいる侍従が静聴を促した。
 しん、と空間が静まる。
 鎮座していた国王が声をあげた。

「みな、今宵はよく集まってくれた。大いに飲み、食べ、歓談するように。そして一つ、みなに祝ってもらいたいことがある」

 エヴェリーナは胸に鈍い痛みを覚えた。――祝い事。いま王宮内を席巻している慶事といったら、王太子とその最愛マルタとの婚約しかないではないか。
 暗い気持ちになったとき、だが予想を裏切る言葉が続いた。

「――北の国境における騒ぎの鎮圧に赴いていた王子ジルベルトが、こたび完璧に鎮圧し、国境の平和をもたらした。その勝利を祝い、労をねぎらいたいと思う」
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