君だけに恋を囁く

煙々茸

文字の大きさ
上 下
67 / 74
君恋7

7-6

しおりを挟む
 静かに紡がれた言葉に、ゆっくり視線を上げる。
「分かっているとは思いますが、自分はあなたの事が好きです」
「! ……それは……」
「分かってます、もう届かないことくらいは。ずっと見てきましたから」
 頭が真っ白になる。
 上手い言葉なんて、当然出てきやしない。
 それを承知してか、片山さんは気にせず話し続ける。
「だから分かってしまうんですよ、あなたが他の人を気にしていることが――」
 突然腕を掴まれたかと思えば、そのまま物陰に引き込まれた。
 不意を突かれたことで俺の身体が前のめりになる。
(――っ!?)
 厚くて、熱い胸板に押しつけられ、体の自由を奪われてしまった。
「か、片山……さん?」
「しっ。静かに。少しだけ、このままで……」
 片山さんが喋る度、髪に吐息がかかる。
 背中に回された腕が、更にキツク俺を抱きしめた。
 どのくらい経っただろうか。
 漸く俺を解放した片山さんの表情は、寂しそうであり、それでいてどこかスッキリしたような……そんな顔だった。
「口にしたくはないですが、あなたがあの人のことを想っているのなら諦めます」
「な……っ」
「これも言いたくはないですが、お二人は上手くいくと思います」
 片山さんが何を言っているのか、頭がついていけない。
 いや、本当は理解できているのかもしれないが、それを認めたくない自分がいる。
 そんな自分に戸惑い、――息苦しい……。
「でも、もしあなたが傷つくようなことがあれば、黙っているつもりはありません。それだけ、伝えておきます」
 戸惑いに揺れる瞳を、真っ直ぐ見つめてくる片山さんがフッと息を吐いた。
「この話はこれで終わりです。そろそろお昼ですし、集合場所に行きましょうか」
 何事もなかったかのように歩き出す片山さんの背中を、ゆっくりと追いかけた。
 今は何も考えたくはない。
 流されて歩くだけが、精一杯だった。


 *****


 夜になると少し肌寒く感じる。
 俺は宿を出て暗い夜道を一人で歩いていた。
 他のメンバーは今頃風呂や部屋で寛いでいるだろう。
(あの人の傍にいると、息が詰まるんだよな。正直片山さんとも顔合わせ辛いし……。てか、どんな顔したらいいのかわっかんね)
「いや、いつも通りでいいんだろうけど……でも……」
 そう簡単にはできそうにない。
「はぁ……」
 溜息をついたとき、背後で靴音と砂利の擦れるような音が聞こえた。
(! ……なんか、前にも同じような事あったな……)
 嫌な記憶が脳裏を掠めた時、聞き覚えのある笑い声が届いた。
「一人で溜息なんかついて、どうしたんですか?」
「――なんだ、お前か。驚かせるなよ」
「へえ? 驚いたんですか。普通に声をかけたつもりなんですが。失礼しました」
 ストーカー被害に遭った記憶が新しい俺にとっては、十分過ぎる恐怖だ。
「津田こそ、こんな時間にどうしたんだ?」
 暗がりから現れた津田が俺の隣に並ぶ。
「ちょっと外の空気を吸いに。昨日はこの辺りあまり歩かなかったもので、一人散歩ですよ」
 一人散歩とは、らしいといえばらしいが……。
「それで」
「ん?」
「溜息の原因はなんです? 俺で良ければ話、聞きますよ」
 忘れてくれて良かったのに。と俺は顔を顰めた。
「……大したことじゃない」
「そうですか? 俺には深刻そうに聞こえましたけど。――もしかして、」
「……?」
「気になる人のことで悩みでも? 同じ立場の……」
 隣を優雅に歩く津田に目を剥く。
「何で俺があんな人の……――っ」
 口にしてシマッタと眉間に皺を寄せた。
「ハハっ。直ぐ誰だか思い当たるなんて、相当気にされてるんですね。榊店長のこと」
 そうだ。
 津田という男はこういう奴だった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】

彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』 高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。 その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。 そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?

【完結】遍く、歪んだ花たちに。

古都まとい
BL
職場の部下 和泉周(いずみしゅう)は、はっきり言って根暗でオタクっぽい。目にかかる長い前髪に、覇気のない視線を隠す黒縁眼鏡。仕事ぶりは可もなく不可もなく。そう、凡人の中の凡人である。 和泉の直属の上司である村谷(むらや)はある日、ひょんなことから繁華街のホストクラブへと連れて行かれてしまう。そこで出会ったNo.1ホスト天音(あまね)には、どこか和泉の面影があって――。 「先輩、僕のこと何も知っちゃいないくせに」 No.1ホスト部下×堅物上司の現代BL。

侯爵令息セドリックの憂鬱な日

めちゅう
BL
 第二王子の婚約者候補侯爵令息セドリック・グランツはある日王子の婚約者が決定した事を聞いてしまう。しかし先に王子からお呼びがかかったのはもう一人の候補だった。候補落ちを確信し泣き腫らした次の日は憂鬱な気分で幕を開ける——— ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 初投稿で拙い文章ですが楽しんでいただけますと幸いです。

愛などもう求めない

白兪
BL
とある国の皇子、ヴェリテは長い長い夢を見た。夢ではヴェリテは偽物の皇子だと罪にかけられてしまう。情を交わした婚約者は真の皇子であるファクティスの側につき、兄は睨みつけてくる。そして、とうとう父親である皇帝は処刑を命じた。 「僕のことを1度でも愛してくれたことはありましたか?」 「お前のことを一度も息子だと思ったことはない。」 目が覚め、現実に戻ったヴェリテは安心するが、本当にただの夢だったのだろうか?もし予知夢だとしたら、今すぐここから逃げなくては。 本当に自分を愛してくれる人と生きたい。 ヴェリテの切実な願いが周りを変えていく。  ハッピーエンド大好きなので、絶対に主人公は幸せに終わらせたいです。 最後まで読んでいただけると嬉しいです。

キンモクセイは夏の記憶とともに

広崎之斗
BL
弟みたいで好きだった年下αに、外堀を埋められてしまい意を決して番になるまでの物語。 小山悠人は大学入学を機に上京し、それから実家には帰っていなかった。 田舎故にΩであることに対する風当たりに我慢できなかったからだ。 そして10年の月日が流れたある日、年下で幼なじみの六條純一が突然悠人の前に現われる。 純一はずっと好きだったと告白し、10年越しの想いを伝える。 しかし純一はαであり、立派に仕事もしていて、なにより見た目だって良い。 「俺になんてもったいない!」 素直になれない年下Ωと、執着系年下αを取り巻く人達との、ハッピーエンドまでの物語。 性描写のある話は【※】をつけていきます。

目が覚めたら囲まれてました

るんぱっぱ
BL
燈和(トウワ)は、いつも独りぼっちだった。 燈和の母は愛人で、すでに亡くなっている。愛人の子として虐げられてきた燈和は、ある日家から飛び出し街へ。でも、そこで不良とぶつかりボコボコにされてしまう。 そして、目が覚めると、3人の男が燈和を囲んでいて…話を聞くと、チカという男が燈和を拾ってくれたらしい。 チカに気に入られた燈和は3人と共に行動するようになる。 不思議な3人は、闇医者、若頭、ハッカー、と異色な人達で! 独りぼっちだった燈和が非日常な幸せを勝ち取る話。

将軍の宝玉

なか
BL
国内外に怖れられる将軍が、いよいよ結婚するらしい。 強面の不器用将軍と箱入り息子の結婚生活のはじまり。 一部修正再アップになります

ハイスペックストーカーに追われています

たかつきよしき
BL
祐樹は美少女顔負けの美貌で、朝の通勤ラッシュアワーを、女性専用車両に乗ることで回避していた。しかし、そんなことをしたバチなのか、ハイスペック男子の昌磨に一目惚れされて求愛をうける。男に告白されるなんて、冗談じゃねぇ!!と思ったが、この昌磨という男なかなかのハイスペック。利用できる!と、判断して、近づいたのが失敗の始まり。とある切っ掛けで、男だとバラしても昌磨の愛は諦めることを知らず、ハイスペックぶりをフルに活用して迫ってくる!! と言うタイトル通りの内容。前半は笑ってもらえたらなぁと言う気持ちで、後半はシリアスにBLらしく萌えると感じて頂けるように書きました。 完結しました。

処理中です...