君だけに恋を囁く

煙々茸

文字の大きさ
上 下
49 / 74
君恋5

5-8

しおりを挟む
(あれ? なんで喋らないの? この人)
 チラリと榊さんに視線を向けると、小さな溜息が聞こえて来た。
「――分かった。気を付けて帰るんだぞ」
「あ、はい」
 どこか諦めを含んだような声音。
 表情は、暗くて良く分からなかった。
 榊さんと別れて、駅までの残りの道を一人で歩く。
「ふぅ……。結構飲んだと思ったけど、思ったほど酔わなかったなー。っつか酔うの? 俺」
 呟く声は暗い夜空へ消えて行く。
 ――ジャリッ。
(!? ……へ?)
 俺は咄嗟に後ろを振り返った。
(……何もない、よな。気のせいか?)
 確かに今砂利を踏む音が聞こえたと思ったのだが……。
 止めた足をまた進める。
 ――コツッ。
(っ!?)
 まただ。
 それも今度は靴音。
 バッと振り返っても何も見えない。
 暗くて視界が悪く、誰か居るのか居ないのか判断さえつかない。
「そういえば……」
 ふとある記憶が蘇った。
(一回店出た時、物陰に何か居たような気がしたんだよな。まさか、ずっとつけられてたとか?)
 考えたくもないが、無いとは言い切れない。
(だとしたらいつからだ? 焼肉店より前だったとしたら、ウチの店からか……。それなら客の誰かか、それとも無差別か……)
 色々と考えられる想定を頭に浮かべて行く。
 少し足を速めると、後ろから地面を擦る靴音も速度を上げた気がした。
(やっぱり追われてる、よなっ!? 男をストーカーするって、目的は何だよ!金か!?)
 追い剥ぎとかマジ勘弁してもらいたい。
 とにかく、駅までもう少しだ。
 外灯の下を通り過ぎ、歩きながら後ろを振り返る。
 一瞬、その外灯に人影が照らされて、俺は自分の目を疑った。
「……まさか――」
(いや、でも……一瞬だったし、どうだろうな)
 自分の記憶が正しいかどうか、正直自信がない。
 駅まで数メートル。
 俺は明かりを目指して走った。
 すると、後ろの靴音も追ってくる。
 しかも、さっきより明確に速度を上げてきた。
 そして、背後まで迫って来た――。
「っ、何なんだ一体!!」
 俺は咄嗟に腕を振り上げ、手刀を食らわす勢いで身を翻した。
「待て!」
 暗がりにも拘らず、俺の振り下ろした手刀は呆気なく相手の腕によって防がれてしまった。
「は!? 誰が待つ――!?」
 それよりも、聞き覚えのある声に俺は言葉を飲み込んだ。
「俺だ。優一」
「さ、榊さん!? え、ストーカーってあんただったのか!?」
「誰がストーカーだ」
「あ、すみません。でも帰ったんじゃなかったんですか?」
 俺の質問に答える前に、榊さんは駅の方へ歩き出した。
「誰かが、お前の跡をつけていたような気がしてな」
「え……。見たんですか?」
 彼に続いて歩きながら眉を寄せる。
「影をな。顔までは見えなかった。俺の存在に勘付いて脇道に入って行った。だから本当につけていたのか断言できないが……。心当たりはあるか?」
(心当たり……)
 あるといえばあるが、こっちも断言はできない。
「何も言わないところをみると、何かあるってことでいいのか?」
「あ……えっと……」
「なんでもいい。気がかりなことは全部俺に話せ」
 駅に着いて改札を通り、ホームで電車を待つ。
「あのー……話すのはいいんですけど、どうして一緒に電車待ってるんです……?」
「ん? 何でって、家まで送って行くからに決まってるだろ」
(はぁあ!!? 何言ってんのこの人!)
 呆気に取られて開いた口元が引き攣った。
(え、決まっちゃってることなの? もう決定事項なの??)
「お前――」
「は、はいっ?」
 榊さんの目が鋭く細められた。
 その目で睨まれたらもう逃れられない。
「さっきまでストーカーされてたこと、もう忘れたんじゃないだろうなあ?」
「……や、……わ、忘れてはいません……けど……」
 もう蛇に睨まれた蛙のようだ。
 俺は男だから大丈夫です! なんて言葉が頭に浮かんだが、目の前の眼力が凄まじくて口から出す勇気をすっかり奪われてしまった。
「優一のことだからな、俺は男だから大丈夫だとか思っていたんだろ」
「うっ」
「けどな、あんなひ弱な手刀もどきなんかで太刀打ち出来るとでも思ってるのか? 現に俺に止められただろうに」
(ひ、ひ弱……もどき……)
 男として非常にショックだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

俺の彼氏は俺の親友の事が好きらしい

15
BL
「だから、もういいよ」 俺とお前の約束。

【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】

彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』 高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。 その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。 そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?

侯爵令息セドリックの憂鬱な日

めちゅう
BL
 第二王子の婚約者候補侯爵令息セドリック・グランツはある日王子の婚約者が決定した事を聞いてしまう。しかし先に王子からお呼びがかかったのはもう一人の候補だった。候補落ちを確信し泣き腫らした次の日は憂鬱な気分で幕を開ける——— ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 初投稿で拙い文章ですが楽しんでいただけますと幸いです。

【完結】遍く、歪んだ花たちに。

古都まとい
BL
職場の部下 和泉周(いずみしゅう)は、はっきり言って根暗でオタクっぽい。目にかかる長い前髪に、覇気のない視線を隠す黒縁眼鏡。仕事ぶりは可もなく不可もなく。そう、凡人の中の凡人である。 和泉の直属の上司である村谷(むらや)はある日、ひょんなことから繁華街のホストクラブへと連れて行かれてしまう。そこで出会ったNo.1ホスト天音(あまね)には、どこか和泉の面影があって――。 「先輩、僕のこと何も知っちゃいないくせに」 No.1ホスト部下×堅物上司の現代BL。

目が覚めたら囲まれてました

るんぱっぱ
BL
燈和(トウワ)は、いつも独りぼっちだった。 燈和の母は愛人で、すでに亡くなっている。愛人の子として虐げられてきた燈和は、ある日家から飛び出し街へ。でも、そこで不良とぶつかりボコボコにされてしまう。 そして、目が覚めると、3人の男が燈和を囲んでいて…話を聞くと、チカという男が燈和を拾ってくれたらしい。 チカに気に入られた燈和は3人と共に行動するようになる。 不思議な3人は、闇医者、若頭、ハッカー、と異色な人達で! 独りぼっちだった燈和が非日常な幸せを勝ち取る話。

愛などもう求めない

白兪
BL
とある国の皇子、ヴェリテは長い長い夢を見た。夢ではヴェリテは偽物の皇子だと罪にかけられてしまう。情を交わした婚約者は真の皇子であるファクティスの側につき、兄は睨みつけてくる。そして、とうとう父親である皇帝は処刑を命じた。 「僕のことを1度でも愛してくれたことはありましたか?」 「お前のことを一度も息子だと思ったことはない。」 目が覚め、現実に戻ったヴェリテは安心するが、本当にただの夢だったのだろうか?もし予知夢だとしたら、今すぐここから逃げなくては。 本当に自分を愛してくれる人と生きたい。 ヴェリテの切実な願いが周りを変えていく。  ハッピーエンド大好きなので、絶対に主人公は幸せに終わらせたいです。 最後まで読んでいただけると嬉しいです。

転生貧乏貴族は王子様のお気に入り!実はフリだったってわかったのでもう放してください!

音無野ウサギ
BL
ある日僕は前世を思い出した。下級貴族とはいえ王子様のお気に入りとして毎日楽しく過ごしてたのに。前世の記憶が僕のことを駄目だしする。わがまま駄目貴族だなんて気づきたくなかった。王子様が優しくしてくれてたのも実は裏があったなんて気づきたくなかった。品行方正になるぞって思ったのに! え?王子様なんでそんなに優しくしてくるんですか?ちょっとパーソナルスペース!! 調子に乗ってた貧乏貴族の主人公が慎ましくても確実な幸せを手に入れようとジタバタするお話です。

キンモクセイは夏の記憶とともに

広崎之斗
BL
弟みたいで好きだった年下αに、外堀を埋められてしまい意を決して番になるまでの物語。 小山悠人は大学入学を機に上京し、それから実家には帰っていなかった。 田舎故にΩであることに対する風当たりに我慢できなかったからだ。 そして10年の月日が流れたある日、年下で幼なじみの六條純一が突然悠人の前に現われる。 純一はずっと好きだったと告白し、10年越しの想いを伝える。 しかし純一はαであり、立派に仕事もしていて、なにより見た目だって良い。 「俺になんてもったいない!」 素直になれない年下Ωと、執着系年下αを取り巻く人達との、ハッピーエンドまでの物語。 性描写のある話は【※】をつけていきます。

処理中です...