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君恋2
2-4
しおりを挟む正午過ぎ。
「それじゃあ順番に休憩に入ってもらいます。まずは片山さんと榊店長。三十分後に日野。小笠原は片山さんたちが戻ったら俺と入ってもらう」
昼休憩はいつも通り一時間。
三十分ごとにずらして取るようにと指示を出した。
すかさず小笠原が俺に駆け寄る。
「え、なになに? てんちょーは俺と一緒がいいってことっスね⁉ ちょー感動~♪」
「そうだな。お前を監視するためにはコレが手っ取り早いからな」
「監視って何⁉ オレ信用されてないってこと⁉」
コイツのテンポにまともについていったら疲れる。
こうして切り返してしまうのが一番イイ方法だ。
昼休憩の組み合わせや順番など、特に深い意味は無い。
ただ、店長である俺と榊さんは、どちらかは店に残っていた方がいいだろうと思ったくらいだ。
まあその裏には、榊さんに捕まりたくないという個人的な希望も含まれてはいるのだが……。
喚き散らす小笠原は、宥めようとする日野に任せて、俺は榊さんに歩み寄る。
「榊店長もココで取るようでしたらスタッフルームを使って下さい。場所は以前と変わっていないので」
「いや、俺は外で済ませる。一度店の方に戻らないとならないからな。――それじゃあまた後で」
「? 分かりました。いってらっしゃい」
俺が頷くと、榊さんは荷物を持って出て行ってしまった。
そんな彼に小さく首を傾げる。
(なんだろう。何か覇気がなかったような……。気のせいか?)
もっと何かちょっかいを掛けてくるだろうと密かに身構えていたのに、不発に終わってしまい拍子抜けだ。
(ま、何もない事に越した事はないんだけど……)
それから片山さんが戻ってきて、少し遅れて榊さんも棚卸に再度加わった。
俺と小笠原が休憩に入ったのは一時半頃だった。
「優ちゃんの弁当美味そうっスね!」
「あ? あー……殆ど冷凍物だけどな」
「へー。今の冷凍食品ってレベル高いっスからねー。普通に作ったように見えるもん」
場所はスタッフルーム。
小笠原に弁当を覗き込まれながらの食事。
食事中くらいはその呼び方でも許してやろう。
俺も相手の手元に視線を向けた。
「お前は今日もコンビニか? よく飽きないな」
手にはおにぎり、目の前にはサンドイッチと透明なパックに入ったサラダが置かれていた。
「オレは優ちゃんほどココで食ってるわけじゃないからねー」
「ああ。そいやぁお前、外食する時もあるな」
「うん。下のカフェで食べたりね♪ 木村さんの料理すっげー美味いし。サービスもしてくれちゃうから好き❤」
「は? サービス?」
「うん。デザートにケーキとか奢ってくれるんスよ」
ほお? と俺は目を眇めた。
それにピクリと反応した小笠原。
「木村さんには、しっかり甘やかさないように言っておく」
「や、ちょ、待って待って! そんな毎回じゃないっスよ⁉ 甘い物食べたいな~って、ついポロっと言った時だけで……はぃ、ごめんなさい」
ひと睨みで小笠原は肩を小さくした。
「まったく。お前はガキか」
「まだ二十歳っスから。優ちゃんよりはガキっスねー」
「開き直ってんじゃねーよ」
呆れながら卵焼きを頬張る。
なにも全部が冷凍食品ってわけじゃない。
少しだが、ちゃんと手作りした物も紛れている。
いつもより早い出勤だったが、その分早く起きれば簡単に作れる代物だ。
「あ! それ優ちゃんが作ったの? 一個ちょーだい♪」
「はあ?」
キラキラした目がこっちを見つめてくる。
「優ちゃんの手作りの卵焼き、凄く興味ある~」
「ただの卵焼きだぞ? ちょっと砂糖入ってるし」
「砂糖⁉ ……いや、意外でもないかも……」
「何なんだよそれは」
また意味不明なことでも考えているんじゃないかと目を細めて訝しむ。
小笠原の顔がいつも以上に緩んでいた。
(いや絶対考えてるなコイツ)
「嫌ならやらねー」
「いやいやいやっ。あ、そのイヤじゃなくて! お願い! 一個でいいからっ!」
顔の前で手を合わせて必死にお願いしてくる様子に、つい肩の力が抜けてしまう。
(本当にガキだな、コイツ。まあ、そこが憎めないのかもしれねーけど)
仕方なく、卵焼きの入った弁当箱を差し出す。
「一個だぞ?」
「え、いいんスか? ヤッタね♪」
心底嬉しそうな顔にこっちの表情も緩む。
しかし、なかなか食べようとしない小笠原。
痺れを切らして催促する。
「早く取れよ」
「優ちゃん」
「? ……なんだよ」
何を思ったのか、小笠原がいきなり口を開けた。
「食べさせて❤」
「……は?」
一瞬目が点になった。
(何言ってんだコイツは!)
「だからー。あーん、って食べたいの!」
「バカかお前」
と、一刀両断。
「棚卸頑張ってるからご褒美にして欲しいっス」
「それじゃあみんなにもやってやらねーとだろ」
「それじゃあ特別感がないから駄目っス。あ、俺にだけ口移しでもいいっスけど♪」
呆れを通り越して心配になってくる。
「お前、他の奴に同じ事言ったらセクハラで訴えられるぞ」
「え。さすがにそれは無いっスよ~。優ちゃんだからじゃん」
そう言ってウインクする小笠原に口元がヒクヒクと引き攣った。
「――ったく、何で俺が……」
唸るように呟いて、卵焼きを一つ箸に挟む。
小笠原の口元に卵焼きを持って行く。
「今回だけだからな!」
「やっぱり優ちゃんって優しいっスよね~。名前通り!」
「はいはい。早くしろよ」
「じゃ、いただきまーす♪」
躊躇い無く、パクッと俺の箸から卵焼きを奪って行った。
丁度その時、この部屋の扉が静かに音を立てた。
間を置かずに視線を向けたが、扉は閉まったままで誰も入った様子はない。
(……気のせいか?)
でも確かに開いたと思ったのだが、俺の思考は小笠原の言葉に持って行かれてしまった。
「んまーい! やっぱ優ちゃんに食べさせてもらうとしょっぱいはずの卵焼きも甘くなるんスね!」
「アホか。砂糖が入ってるって言ったろ」
「これは優ちゃんの愛情ってやつっスね。超感動!」
(また出たよ。超感動)
どうもコイツは一人の世界に入ると戻ってくるのに時間がかかるらしい。
しかも予告なく入るもんだから回避するのは困難だ。
「感動はもういいから、早く食べないとそろそろ休憩時間終わるぞ」
小笠原を急かしながら、俺も残りの弁当を掻き込んだ。
「あ、間接チューだ」
最後のこの言葉には、箸を折って捨ててやろうかと半分本気で思った。
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