上 下
562 / 580
16歳

523 しっかりしてほしい

しおりを挟む
 俺に魔石を押し付けたユリスは、早々に部屋へと戻っていった。自由すぎるユリスにタイラーがすごく振り回されている。

 なんとなくオーガス兄様の部屋に残った俺とティアンは、ユリスが散らかした戸棚の中身をもとに戻す。「あ、いいのに。ニックがあとで片付けるよ」と、オーガス兄様はここにいないニックにすべてを押し付けようとしている。

 ニックはおそらくセドリックのところだろう。いつものようにセドリックを追いかけ回しているに違いない。あいつも飽きないものだな。セドリックを追いかけて一体何が楽しいのか。セドリックもいい加減文句を言えばいいのに。

 片付けはティアンに任せて、オーガス兄様の座る執務机へとなんとなく寄っていく。頭を抱えて難しい顔の兄様は、「もう何もかもやめたい」と情けない発言をしている。

 ブルース兄様に聞かれたら絶対に怒られる発言だ。

「俺も手伝おうか?」

 昔はきっぱり断られていたが、今の俺は十六歳。すごく成長したので兄様も安心して仕事を任せてくれると思う。

 だが、そんな期待に反してオーガス兄様は「大丈夫だよ。僕がやるから」と素っ気ない。

「なんで? 俺もできるよ」
「無理だよ」
「無理じゃない!」
「いやいや。無理だって」

 無理と決めつける兄様は、「僕忙しいから」と突然仕事に没頭し始める。露骨にこの話題を終わらせようとしている。

「大丈夫! できるよ!」
「声が大きいよ」
「オーガス兄様!」
「いやだから。声が大きいって」

 へにゃっと眉尻を下げる兄様は、ティアンに助けを求めるかのような視線を送っている。

 ティアンに邪魔される前にと、兄様の机にのっていた書類のひとつを適当に掴んだ。「あ、ちょっと」という声が飛んだが、無視して書類に目を落とす。

「……なにこれ?」

 ざっと読んでみたのだが、仕事というよりパーティーの招待状だった。差出人はエリック。

「行くの?」

 雑に放られていたので、まさかと思い尋ねてみると兄様は「いやぁ」と誤魔化すように頬を掻いた。

「行った方がいいんじゃない? 絶対に来いって書いてあるよ」
「あいつからの手紙にはいつもそういう文言が入ってるんだよ。絶対に急ぎじゃないのに急いで返事を寄越せとか」
「ふうん?」

 エリックはちょっと強引なところがあるからな。そういう強気な性格がオーガス兄様とはつくづく合わないのだ。

 エリックのことが嫌いなオーガス兄様は、この招待状を無視するつもりだったらしい。でもなんだか正式なパーティーっぽい。それを無視するのは大人としてどうだろうか。

「行った方がいいよ。個人的にエリックのことが嫌いだから行かないってのはちょっとダメだと思うよ。ブルース兄様に怒られるよ」
「ブルースには内緒にしておくから大丈夫」

 なにも大丈夫ではない。
 頼りない長男に、眉を寄せる。

「なんで行きたくないの?」

 何か切実な事情でもあるのだろうか。しかし、兄様は「だって」と唇を尖らせる。

「僕そういうパーティーとか苦手なんだって。どうせひとりで壁際に突っ立っておくだけだろ。だから行かなくてもいいと思う」

 なんて情けない兄だろうか。
 招待状を読む限りだと大規模なパーティーだ。身内だけの集まりならともかく。国中から貴族が招待されている場において、大公家のオーガス兄様がみんなから無視されるなんてあり得ない。一体どんなネガティブな妄想をしているのだろうか。

 権力を振りかざさないオーガス兄様のこういう性格は好きだけど。ちょっと情けないと思うところもある。これは思慮深いとかではなく単に臆病なだけだ。ちょっと前にあったティアンの叙任式でも「僕には無理」と言い張ってお父様やティアンに迷惑をかけていた。

「しっかりしてよ、兄様!」
「してるよ。今まさにしっかり仕事してます」

 背筋を伸ばす兄様に、そうじゃないと拳を握る。だが、感情に任せて詰め寄ったところでオーガス兄様は動かないに違いない。臆病なくせして、変に頑固なところもあるのだ。面倒ごとを回避するためには変な粘り強さを発揮する。

「わかった」

 ここは方法を変えよう。ブルース兄様に告げ口してもいいけど、それだとユリスが面白がって無駄に引っかき回すと思う。

「俺も一緒に行ってあげるから」
「え?」

 ふんと胸を張れば、兄様が椅子からちょっと立ち上がった。

「え? ルイスも行くの?」
「うん。要するにオーガス兄様はパーティーの場でひとりになるのが嫌なんでしょ? だったら俺が隣に居てあげる」
「え!?」

 驚いたように目を見張る兄様は、「いやでも」と口ごもる。

「なに!? 何かダメなの? ひとりになりたくないって話でしょ? じゃあこれで解決だよね。他にも何かあるの!?」
「い、いや。そういうわけではないんだけど」

 もごもごと口を動かす兄様を強気に睨んでおく。
 流石にこれ以上の我儘は無理だと察したのだろう。背中を丸めて「えー」と苦い声を発している。

「僕はそれでもいいけど。ルイスはいいの? こういうパーティー嫌いなんじゃ」
「え? 嫌いじゃないけど」
「そうなの? でもいつも行かないよね」

 行かないというか。
 驚いたように目を丸くする兄様に、今度はこちらが困ってしまう。別に賑やかな場が嫌いなわけではない。でもなんとなくユリスとセット扱いされている俺である。普段はユリスが早々に「僕は行かない」と断るものだから、なんとなく俺も行かないという風に話が流れてしまうだけである。

 それに、俺は世間的には突然その存在が公表された。好奇の目を向けられることを恐れて、ちょっと尻込みしていたというのもある。

 しかしあれからもう六年近い。流石に俺の存在は知れ渡っているし、そこまで好奇の目も向けられないだろう。

「大丈夫。俺も行くよ」

 はっきりと告げれば、オーガス兄様とティアンがちょっと面食らったように視線を交わしていた。
しおりを挟む
感想 418

あなたにおすすめの小説

すべてを奪われた英雄は、

さいはて旅行社
BL
アスア王国の英雄ザット・ノーレンは仲間たちにすべてを奪われた。 隣国の神聖国グルシアの魔物大量発生でダンジョンに潜りラスボスの魔物も討伐できたが、そこで仲間に裏切られ黒い短剣で刺されてしまう。 それでも生き延びてダンジョンから生還したザット・ノーレンは神聖国グルシアで、王子と呼ばれる少年とその世話役のヴィンセントに出会う。 すべてを奪われた英雄が、自分や仲間だった者、これから出会う人々に向き合っていく物語。

主人公のライバルポジにいるようなので、主人公のカッコ可愛さを特等席で愛でたいと思います。

小鷹けい
BL
以前、なろうサイトさまに途中まであげて、結局書きかけのまま放置していたものになります(アカウントごと削除済み)タイトルさえもうろ覚え。 そのうち続きを書くぞ、の意気込みついでに数話分投稿させていただきます。 先輩×後輩 攻略キャラ×当て馬キャラ 総受けではありません。 嫌われ→からの溺愛。こちらも面倒くさい拗らせ攻めです。 ある日、目が覚めたら大好きだったBLゲームの当て馬キャラになっていた。死んだ覚えはないが、そのキャラクターとして生きてきた期間の記憶もある。 だけど、ここでひとつ問題が……。『おれ』の推し、『僕』が今まで嫌がらせし続けてきた、このゲームの主人公キャラなんだよね……。 え、イジめなきゃダメなの??死ぬほど嫌なんだけど。絶対嫌でしょ……。 でも、主人公が攻略キャラとBLしてるところはなんとしても見たい!!ひっそりと。なんなら近くで見たい!! ……って、なったライバルポジとして生きることになった『おれ(僕)』が、主人公と仲良くしつつ、攻略キャラを巻き込んでひっそり推し活する……みたいな話です。 本来なら当て馬キャラとして冷たくあしらわれ、手酷くフラれるはずの『ハルカ先輩』から、バグなのかなんなのか徐々に距離を詰めてこられて戸惑いまくる当て馬の話。 こちらは、ゆるゆる不定期更新になります。

俺の妹は転生者〜勇者になりたくない俺が世界最強勇者になっていた。逆ハーレム(男×男)も出来ていた〜

七彩 陽
BL
 主人公オリヴァーの妹ノエルは五歳の時に前世の記憶を思い出す。  この世界はノエルの知り得る世界ではなかったが、ピンク髪で光魔法が使えるオリヴァーのことを、きっとこの世界の『主人公』だ。『勇者』になるべきだと主張した。  そして一番の問題はノエルがBL好きだということ。ノエルはオリヴァーと幼馴染(男)の関係を恋愛関係だと勘違い。勘違いは勘違いを生みノエルの頭の中はどんどんバラの世界に……。ノエルの餌食になった幼馴染や訳あり王子達をも巻き込みながらいざ、冒険の旅へと出発!     ノエルの絵は周囲に誤解を生むし、転生者ならではの知識……はあまり活かされないが、何故かノエルの言うことは全て現実に……。  友情から始まった恋。終始BLの危機が待ち受けているオリヴァー。はたしてその貞操は守られるのか!?  オリヴァーの冒険、そして逆ハーレムの行く末はいかに……異世界転生に巻き込まれた、コメディ&BL満載成り上がりファンタジーどうぞ宜しくお願いします。 ※初めの方は冒険メインなところが多いですが、第5章辺りからBL一気にきます。最後はBLてんこ盛りです※

そばにいてほしい。

15
BL
僕の恋人には、幼馴染がいる。 そんな幼馴染が彼はよっぽど大切らしい。 ──だけど、今日だけは僕のそばにいて欲しかった。 幼馴染を優先する攻め×口に出せない受け 安心してください、ハピエンです。

学園の俺様と、辺境地の僕

そらうみ
BL
この国の三大貴族の一つであるルーン・ホワイトが、何故か僕に構ってくる。学園生活を平穏に過ごしたいだけなのに、ルーンのせいで僕は皆の注目の的となってしまった。卒業すれば関わることもなくなるのに、ルーンは一体…何を考えているんだ? 【全12話になります。よろしくお願いします。】

出戻り聖女はもう泣かない

たかせまこと
BL
西の森のとば口に住むジュタは、元聖女。 男だけど元聖女。 一人で静かに暮らしているジュタに、王宮からの使いが告げた。 「王が正室を迎えるので、言祝ぎをお願いしたい」 出戻りアンソロジー参加作品に加筆修正したものです。 ムーンライト・エブリスタにも掲載しています。 表紙絵:CK2さま

氷の華を溶かしたら

こむぎダック
BL
ラリス王国。 男女問わず、子供を産む事ができる世界。 前世の記憶を残したまま、転生を繰り返して来たキャニス。何度生まれ変わっても、誰からも愛されず、裏切られることに疲れ切ってしまったキャニスは、今世では、誰も愛さず何も期待しないと心に決め、笑わない氷華の貴公子と言われる様になった。 ラリス王国の第一王子ナリウスの婚約者として、王子妃教育を受けて居たが、手癖の悪い第一王子から、冷たい態度を取られ続け、とうとう婚約破棄に。 そして、密かにキャニスに、想いを寄せて居た第二王子カリストが、キャニスへの贖罪と初恋を実らせる為に奔走し始める。 その頃、母国の騒ぎから逃れ、隣国に滞在していたキャニスは、隣国の王子シェルビーからの熱烈な求愛を受けることに。 初恋を拗らせたカリストとシェルビー。 キャニスの氷った心を溶かす事ができるのは、どちらか?

伯爵家のいらない息子は、黒竜様の花嫁になる

ハルアキ
BL
伯爵家で虐げられていた青年と、洞窟で暮らす守護竜の異類婚姻譚。

処理中です...