上 下
559 / 580
16歳

綿毛ちゃんの日常18

しおりを挟む
『お出かけですかぁ? オレも一緒に行っていい?』

 スタスタと足元まで駆け寄って顔を見上げる。門の方角へと向かっていたロニーさんが驚いたように「え?」と目を見開いた。

「出かけるってよくわかったね」
『お出かけの時の格好だもん。オレも行く』

 私服姿のロニーさんが庭を歩くのが見えたから。急いで追いかけてきたというわけである。

「ルイス様は?」

 辺りを見渡すロニーさんは、ルイス坊ちゃんを探しているらしい。

『坊ちゃんはブルースくんの部屋に行っちゃった。今度は羊を飼いたいって騒いでるんだよ』
「羊」
『そう。羊』

 ユリス坊ちゃんの部屋にあった本をいつものように勝手に読んでいたルイス坊ちゃんである。その中に書いてあった羊の絵を見るなり、「羊。もこもこ。綿毛ちゃんよりもふもふ」と呟いて勢いよく立ち上がった。

 そのまま羊欲しいとブルースくん相手に駄々をこね始めたというわけである。突然の意味不明な要求に、当然ながらブルースくんは素っ気ない態度をとった。それにルイス坊ちゃんが反発して、絶賛喧嘩の真っ最中である。

 ルイス坊ちゃんはここ最近で成長した。だが、家族相手には相変わらず無茶なことを言っている。あれは甘えているだけだと思うんだけど、絡まれる方は大変なんてものじゃない。怒りに任せて怒鳴りつけているブルースくんの顔が思い浮かぶねぇ。

『坊ちゃんが気が付かないうちにはやく行こう』
「え、本当についてくるの?」
『人間になったほうがいい?』
「あー、うん」

 渋々頷いたロニーさん。なんだか押し切るような形になってしまった。でもお出かけは行きたいのでさっさと人間姿になっておく。

「歩いて行くの?」

 ぼんやりしているロニーさんに問い掛ければ「あ、うん」というぼんやりとした頷きが返ってくる。

「ほらほら。はやく行くよぉ」

 ロニーさんの背中を押して正門へと向かう。だが、外に出るその前に「待って!」というすごい大声が聞こえてきた。

 この声は、うん。一番危惧していた展開だ。

 律儀に足を止めるロニーさんは「ルイス様」とにこやかに応じる。素早く駆け寄ってきた坊ちゃんは、オレとロニーさんを交互に確認すると「ずるい!」と声を張り上げた。どうやら窓からオレたちの姿を確認して慌てて出てきたらしい。

「勝手にロニーと遊ばないで! なんで人間になってるの! 綿毛ちゃんだけずるい」
「そんなこと言われてもぉ」

 オレの腕を掴んで出鱈目に引っ張ってくるルイス坊ちゃんは「髪の毛結んで!」といつもの注文をつけてくる。それに「はいはい」と応じれば、坊ちゃんは空いているほうの手でロニーさんとも手を繋ぐ。

「ふたりでどこ行くの?」

 強気に問いかけてくる坊ちゃんは、オレとロニーさんの手を離す気配がない。

 にこやかなロニーさんは「街に行こうかと」と律儀に答えている。それを聞いて、坊ちゃんが「俺も行く!」と声を荒げた。

「行きたい! ロニーとお出かけしたい。綿毛ちゃんだけずるい!」
「痛いってば」

 オレの足を遠慮なく蹴ってくる坊ちゃん。ロニーさんは困ったように小首を傾げている。

「申し訳ありません。私が勝手にルイス様を連れ出すわけには」

 眉尻を下げて悲しそうな表情になるロニーさん。その態度に、坊ちゃんもしゅんと肩を落とす。

「ロニーに迷惑はかけられないしな」

 突然物分かりのよくなる坊ちゃんは、けれどもまだ諦めきれないといった様子でロニーさんの腕を引いている。

「綿毛ちゃんだけお出かけはずるい」
「いいじゃん。たまには」

 笑って乗り切ろうとするが、坊ちゃんはジトッとオレを見上げてくる。そんな坊ちゃんは、ロニーさんに見つからないよう無言でオレの足を踏んでくる。だがロニーさんは気が付いたようだ。やんわりと坊ちゃんを退かそうとしてくれている。

「綿毛ちゃんは俺とお留守番ね」
「えー」

 オレだってたまにはお出かけしたい。最近の坊ちゃんはカル先生と共によく外出している。でもオレは絶対に連れて行ってもらえないのだ。

 しかし、坊ちゃんのしつこさはオレだって知っている。引かないだろうなぁ。ロニーさんが困っているだろうなぁ。

 小さく微笑んでいるロニーさんは、言葉にこそしないが困っている様子である。

 仕方がない。ここはオレが諦めるしかない。

「わかったわかった。じゃあ坊ちゃんはオレと留守番してようねぇ」
「綿毛ちゃんもブルース兄様のとこ行こう。羊飼いたいってお願いして」
「オレ、羊は欲しくない」
「欲しいの! 綿毛ちゃんは羊と友達になるの!」
「ならないよ?」

 ロニーさんに背を向けて、「いってらっしゃい」と肩越しに手を振っておく。「お土産買ってきますね」との言葉に、坊ちゃんが「わーい」と喜んでいる。

 そうして部屋に戻ろうとしたのだが、ひとりで佇むロニーさんを見て坊ちゃんがちょっと悩むような素振りを見せた。

「ロニー。ひとりで行くの?」
「はい。もとからそのつもりでしたから」

 それは事実だ。出かけようとしていたロニーさんに、オレが一方的に声をかけたのだ。

 しかし、坊ちゃんはオレとロニーさんを見比べて考え込む。とても難しい判断を迫られているかのような思い詰めた表情だ。

 ロニーさんとオレは、何事だろうと不思議に思う。やがて、坊ちゃんがオレの手を離した。

「坊ちゃん?」
「ロニーに綿毛ちゃん貸してあげる」

 え? と驚くロニーさん。オレもびっくり。

「ロニーひとりだと寂しいでしょ? 綿毛ちゃん連れて行ってもいいよ」

 予想外の申し出に、思わず「いいの?」と確認してしまう。坊ちゃんは我儘なので、絶対に譲らないと思っていたのに。

「いいんですか?」
「うん。いいよ」

 目を瞬くロニーさんは、ちょっと悲しそうな顔をする坊ちゃんを見て微笑んだ。

「では綿毛ちゃんのこと少しお借りしますね」
「うん」

 ロニーに迷惑かけちゃダメだよという坊ちゃんに「わかってるよ」と返して手を振った。

 これはきちんとお土産買ってこないとね。ついでにユリス坊ちゃんの分も。美味しいお菓子でいいかな。きっとふたりで仲良く食べてくれるはずだ。

 とはいえオレはお金持ってないので。買うのはロニーさんなんだけど。
しおりを挟む
感想 418

あなたにおすすめの小説

すべてを奪われた英雄は、

さいはて旅行社
BL
アスア王国の英雄ザット・ノーレンは仲間たちにすべてを奪われた。 隣国の神聖国グルシアの魔物大量発生でダンジョンに潜りラスボスの魔物も討伐できたが、そこで仲間に裏切られ黒い短剣で刺されてしまう。 それでも生き延びてダンジョンから生還したザット・ノーレンは神聖国グルシアで、王子と呼ばれる少年とその世話役のヴィンセントに出会う。 すべてを奪われた英雄が、自分や仲間だった者、これから出会う人々に向き合っていく物語。

主人公のライバルポジにいるようなので、主人公のカッコ可愛さを特等席で愛でたいと思います。

小鷹けい
BL
以前、なろうサイトさまに途中まであげて、結局書きかけのまま放置していたものになります(アカウントごと削除済み)タイトルさえもうろ覚え。 そのうち続きを書くぞ、の意気込みついでに数話分投稿させていただきます。 先輩×後輩 攻略キャラ×当て馬キャラ 総受けではありません。 嫌われ→からの溺愛。こちらも面倒くさい拗らせ攻めです。 ある日、目が覚めたら大好きだったBLゲームの当て馬キャラになっていた。死んだ覚えはないが、そのキャラクターとして生きてきた期間の記憶もある。 だけど、ここでひとつ問題が……。『おれ』の推し、『僕』が今まで嫌がらせし続けてきた、このゲームの主人公キャラなんだよね……。 え、イジめなきゃダメなの??死ぬほど嫌なんだけど。絶対嫌でしょ……。 でも、主人公が攻略キャラとBLしてるところはなんとしても見たい!!ひっそりと。なんなら近くで見たい!! ……って、なったライバルポジとして生きることになった『おれ(僕)』が、主人公と仲良くしつつ、攻略キャラを巻き込んでひっそり推し活する……みたいな話です。 本来なら当て馬キャラとして冷たくあしらわれ、手酷くフラれるはずの『ハルカ先輩』から、バグなのかなんなのか徐々に距離を詰めてこられて戸惑いまくる当て馬の話。 こちらは、ゆるゆる不定期更新になります。

そばにいてほしい。

15
BL
僕の恋人には、幼馴染がいる。 そんな幼馴染が彼はよっぽど大切らしい。 ──だけど、今日だけは僕のそばにいて欲しかった。 幼馴染を優先する攻め×口に出せない受け 安心してください、ハピエンです。

学園の俺様と、辺境地の僕

そらうみ
BL
この国の三大貴族の一つであるルーン・ホワイトが、何故か僕に構ってくる。学園生活を平穏に過ごしたいだけなのに、ルーンのせいで僕は皆の注目の的となってしまった。卒業すれば関わることもなくなるのに、ルーンは一体…何を考えているんだ? 【全12話になります。よろしくお願いします。】

氷の華を溶かしたら

こむぎダック
BL
ラリス王国。 男女問わず、子供を産む事ができる世界。 前世の記憶を残したまま、転生を繰り返して来たキャニス。何度生まれ変わっても、誰からも愛されず、裏切られることに疲れ切ってしまったキャニスは、今世では、誰も愛さず何も期待しないと心に決め、笑わない氷華の貴公子と言われる様になった。 ラリス王国の第一王子ナリウスの婚約者として、王子妃教育を受けて居たが、手癖の悪い第一王子から、冷たい態度を取られ続け、とうとう婚約破棄に。 そして、密かにキャニスに、想いを寄せて居た第二王子カリストが、キャニスへの贖罪と初恋を実らせる為に奔走し始める。 その頃、母国の騒ぎから逃れ、隣国に滞在していたキャニスは、隣国の王子シェルビーからの熱烈な求愛を受けることに。 初恋を拗らせたカリストとシェルビー。 キャニスの氷った心を溶かす事ができるのは、どちらか?

出戻り聖女はもう泣かない

たかせまこと
BL
西の森のとば口に住むジュタは、元聖女。 男だけど元聖女。 一人で静かに暮らしているジュタに、王宮からの使いが告げた。 「王が正室を迎えるので、言祝ぎをお願いしたい」 出戻りアンソロジー参加作品に加筆修正したものです。 ムーンライト・エブリスタにも掲載しています。 表紙絵:CK2さま

噂の冷血公爵様は感情が全て顔に出るタイプでした。

春色悠
BL
多くの実力者を輩出したと云われる名門校【カナド学園】。  新入生としてその門を潜ったダンツ辺境伯家次男、ユーリスは転生者だった。  ___まあ、残っている記憶など塵にも等しい程だったが。  ユーリスは兄と姉がいる為後継者として期待されていなかったが、二度目の人生の本人は冒険者にでもなろうかと気軽に考えていた。  しかし、ユーリスの運命は『冷血公爵』と名高いデンベル・フランネルとの出会いで全く思ってもいなかった方へと進みだす。  常に冷静沈着、実の父すら自身が公爵になる為に追い出したという冷酷非道、常に無表情で何を考えているのやらわからないデンベル___ 「いやいやいやいや、全部顔に出てるんですけど…!!?」  ユーリスは思い出す。この世界は表情から全く感情を読み取ってくれないことを。いくら苦々しい表情をしていても誰も気づかなかったことを。  寡黙なだけで表情に全て感情の出ているデンベルは怖がられる度にこちらが悲しくなるほど落ち込み、ユーリスはついつい話しかけに行くことになる。  髪の毛の美しさで美醜が決まるというちょっと不思議な美醜観が加わる感情表現の複雑な世界で少し勘違いされながらの二人の行く末は!?    

伯爵家のいらない息子は、黒竜様の花嫁になる

ハルアキ
BL
伯爵家で虐げられていた青年と、洞窟で暮らす守護竜の異類婚姻譚。

処理中です...