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16歳

498 夢中

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「ただいまぁ! ブルース兄様元気!?」
「おまえはいつ見ても元気だな」

 人の顔を見るなりため息を吐く失礼なブルース兄様。しかし、律儀に俺のお出迎えをしてくれたので大目に見てあげようと思う。

「お土産ないよ」
「そんなの期待していない」

 ふーん?
 まあ今日のお出かけ先はスピネット子爵家。お土産買うような場所ではないからな。

 疲れた顔をしているブルース兄様は、心配そうな前を向けてくる。「どうだった?」と、俺ではなくカル先生に尋ねている。

 ブルース兄様は、今回のお出かけを意外なほどにあっさりと認めてくれた。先にお父様の許可を取っていたのが幸いしたと思う。俺が将来先生になりたいと思っている件についても、特にコメントはなかった。なのでブルース兄様がどう思っているのか不明。

 けれどもブルース兄様はきっぱりした性格なので、ダメなことはダメと言うはず。そんな兄様が何も言わないということは、積極的に反対しているというわけでもなさそうだ。

「楽しかったのか?」

 カル先生と何を話したのか。
 唐突に兄様から投げかけられた問いに、こくこく頷いておく。

 カル先生の授業は普段通りに退屈だったけど、お出かけは楽しかった。よその家に入れることなんてあんまりないから。そう伝えれば、兄様は「おまえは何をしに行ったんだ」と苦い声を出した。なにって。授業見学だが?

「私の授業ってそんなに退屈ですか?」

 遠い目をするカル先生を、ティアンが「そんなことないですよ!」と励ましている。そういえば、ティアンは昔カル先生の授業を熱心に聞いていた。励ましではなく本心から面白いと思っていそうである。

「綿毛ちゃんは?」
「ユリスの部屋に居ると思うが」

 てっきりブルース兄様と一緒にお出迎えしてくれると考えていたのに、姿が見当たらない。不真面目毛玉め。飼い主が帰ってきたんだからお出迎えくらいするべきだと思う。何をユリスの部屋に居座っているのか。

 ユリスが俺の犬とった! と騒いでやるが、ブルース兄様は無反応。「そんなことより」と、話題を変えてくる。綿毛ちゃんの扱いが雑で可哀想。

「大人しくできたのか? 向こうに迷惑かけてないだろうな」
「迷惑かけてない。でも俺が美少年すぎてブランシェがびっくりしてた」
「おまえ。よくもまあそんな恥ずかしいこと堂々と言えるな」
「俺は美少年だもん! お母様がそう言ったんだもん!」

 母上の言葉を真に受けるなと酷いこと言う兄様に、俺は隣にいたティアンの腕を掴む。

「ティアンも! 俺は美少年だって言ったもん!」
「ちょっと、ルイス様」

 なぜか焦るティアンは、俺の手を振り解こうと躍起になる。なんだその態度は。おまえ、馬車の中で美少年は否定しなかっただろうが。「いや、その。色々ありまして」と、ブルース兄様に向かって言い訳を並べるティアン。

 半眼になる兄様は「ティアン」と静かに呟いた。その諦めたような吐息に、ティアンが「違いますって! アロン殿と一緒にしないでください!」と意味不明なことを口走っている。

 なぜ急にアロン。

 そういえばアロンがいない。
 きょろきょろしていると、兄様が「どうした」と怪訝な表情を作った。

「アロンがいない」
「仕事中なんだろ」
「アロンが仕事……?」

 そんなことあるのか?
 疑いを抱く俺であったが、「仕事くらいしますよ、普通」というティアンの冷めた声でそれもそうかと納得する。

「ブランシェとシャノンがまた来てもいいって言った」
「そうか」

 短く応える兄様は「本当にヴィアン家のルイスだとバレていないのか?」と首を捻っている。別にバレてはいない。俺も今日は大人の対応を目指したので完璧だったはず。

 だがブルース兄様は不思議そうにしている。兄様は、俺がスピネット子爵家で普段のような振る舞いをしていたと決めつけている。俺が失礼なことをしたにも関わらず追い返されなかったのは、俺がヴィアン家のルイスであることが判明したからに違いないと思っているのだ。

 残念だったな。俺は兄様が思っているよりも大人なので。何も疑われることなく完璧に単なる美少年を演じてみせた。

「ルイス様は黙っていると別人のようですね」

 深々と呟くカル先生に、ブルース兄様が目を見開いている。

「こいつが? ちゃんと大人しくしていたのか?」
「はい。それはもうブランシェ様が夢中になるくらいには」
「あ?」

 低い声を出すブルース兄様は物騒だった。
 眉間に皺を寄せて腕を組む兄様は、「どういうことだ」と怒ってしまう。兄様が怒るポイントがよくわからない。
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