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16歳
478 変わらない兄
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「オーガス兄様! ちゃんと仕事して!」
「してるよ! まさに仕事中だよ!」
見てわかるだろ、と悲痛な声を出すオーガス兄様は、「あぁ!」と頭を抱えてしまう。
ティアンは、うちで叙任式をやることになった。王立騎士団(というよりエリック)が最後までごねていたのだが、ブルース兄様が「そこまで人手不足なんですか? でしたらアロンを差し上げますよ。まったくの新人よりも使い物になると思いますが」と言い出したことで、あっさり引き下がった。
アロンを押し付けられても面倒だと思ったらしい。当のアロンは「王立騎士団なんて行くわけないでしょ」と吐き捨てていた。
そこまで王宮に拒否されるアロンって一体。過去にやらかしたらしい愚行の数々が非常に気になるところである。兄様たちに訊いても、「世の中、知らないほうがいいことってあるんだよ」と濁されてしまう。マジでなにをやらかしてきたんだよ、アロンは。
そんなこんなで叙任式の準備が始まったわけであるが、直前になって今度はお父様が「私はいいや」と意味のわからないことを言い始めた。
私は不参加でいいよ、とまったく意味不明な発言を繰り返すお父様に、ブルース兄様が「は? いえ、父上が参加されないと式が進みませんが」と困惑していた。
ブルース兄様は、いつもこうやって苦労している。ヴィアン家は基本的にみんな自由だ。そのせいで、ブルース兄様に皺寄せがいっている。
叙任式は、要するに騎士の称号を与えるための式だ。うちでは、主君であるお父様が新人の肩を剣で軽く叩き、誓いの言葉を交わすという形式をとっているらしい。
つまり、主君であるお父様不在の式なんて成り立たないのだ。それをわかっているのか。「私はいいよ。もう歳だからね」とにこにことするお父様は、意味深な視線をオーガス兄様に送っていた。
それで、ブルース兄様はすべてを察したらしい。
お父様は、オーガス兄様に主君の席を譲ろうとしているのだ。なのに、今度はオーガス兄様が悲鳴をあげた。「僕には無理!」と、頑なに拒否を始めたのだ。
「陛下が現役の間は自分も頑張ると言っていたじゃないですか! 僕はしっかり聞きましたよ!」
「そんなこと言ったかな?」
「言いました!」
ご自分の発言には責任を持っていただきませんと、と珍しく強気にお父様へと挑んでいくオーガス兄様。よほど世代交代が嫌だったらしい。そんなみっともないオーガス兄様を、ブルース兄様が冷めた目で眺めていた。
口には出さないが、ブルース兄様は確実に怒っていた。長男らしく堂々としてほしいと常に思っているブルース兄様である。今回の騒動にも、そっとため息を吐いていた。
心労を重ねるブルース兄様とは対照的に、ユリスは実に楽しそうにしていた。連日のように言い争いをするオーガス兄様とお父様。そんなふたりの見学に行っては、終始ニヤニヤしている。タイラーが「やめなさい」と注意しても、ユリスが素直に応じるはずはない。タイラーも苦労している。
予想以上にゴタゴタした屋敷内。
それにティアンが恐縮してしまった。「すみません、僕のせいで」とオーガス兄様へ律儀に謝罪に行ったティアン。対するオーガス兄様は「そうだよ! 君のせいだよ!」と清々しく八つ当たりをしていた。みっともない長男である。
本日も、オーガス兄様は一人で忙しいアピールをしている。仕事がたくさんあって手が回らないので、叙任式は当初の予定通りお父様がやってほしいという意思表示をしているのだ。
まあ肝心のお父様はにこやかに「任せたよ」と言っているのだが。
ティアンが主役といってもいい式である。俺も手伝うと手を上げたのだが、兄様たちは相手にしてくれない。
仕方なく、俺は毎日のようにオーガス兄様の部屋にお邪魔しては、兄様を鼓舞するという重要な仕事を引き受けた。
綿毛ちゃんも一緒に『がんばれぇ!』と応援している。
「気が散るんですけど」
「なんだと」
そんな俺と綿毛ちゃんの努力を無下にするニックは、「部屋に戻ってください」と冷たいことを言う。
「俺もオーガス兄様の手伝いする」
「現状、邪魔にしかなっていませんけどね」
「なんだと!」
口の悪いニックは、俺のことを部屋から追い出してしまう。相変わらず嫌な奴。
肩を怒らせる俺は、綿毛ちゃんと共にブルース兄様の部屋に向かう。俺の姿を確認するなり半眼になった兄様は、「忙しいんだが」と素っ気ない。
「手伝いに来た」
『きた』
ふんふんと気合たっぷりに尻尾を振る綿毛ちゃん。額を押さえたブルース兄様は「だったら兄上を説得してくれ」と無茶なことを指示してくる。
「オーガス兄様は当主になりたくないんだって」
「なんであんなに消極的なんだか」
まったくだ。
普通、はやく家を継ぎたいと思うものじゃないのか?
オーガス兄様は、権力にはあまり興味がない。表舞台で目立つことにも興味がない。目立たないところでひっそり生きていたいと呻いていた。
そんな頼りないオーガス兄様のことを、けれどもお父様は信じているらしい。「オーガスなら大丈夫だよ」というのが、最近のお父様の口癖だ。
その言葉は、単なる励ましではなく、お父様の本心だと思う。お父様はいつもにこやかだけど、オブラートに包むような物言いはあまりしない。だからお父様が大丈夫と言うのなら大丈夫なのだ。
「オーガス兄様。パパになってちょっとはしっかりすると思ってたのに」
「まったく変わらないな。兄上は」
なぜなのか、と天を仰ぐブルース兄様は、やはり疲れた顔をしていた。
「してるよ! まさに仕事中だよ!」
見てわかるだろ、と悲痛な声を出すオーガス兄様は、「あぁ!」と頭を抱えてしまう。
ティアンは、うちで叙任式をやることになった。王立騎士団(というよりエリック)が最後までごねていたのだが、ブルース兄様が「そこまで人手不足なんですか? でしたらアロンを差し上げますよ。まったくの新人よりも使い物になると思いますが」と言い出したことで、あっさり引き下がった。
アロンを押し付けられても面倒だと思ったらしい。当のアロンは「王立騎士団なんて行くわけないでしょ」と吐き捨てていた。
そこまで王宮に拒否されるアロンって一体。過去にやらかしたらしい愚行の数々が非常に気になるところである。兄様たちに訊いても、「世の中、知らないほうがいいことってあるんだよ」と濁されてしまう。マジでなにをやらかしてきたんだよ、アロンは。
そんなこんなで叙任式の準備が始まったわけであるが、直前になって今度はお父様が「私はいいや」と意味のわからないことを言い始めた。
私は不参加でいいよ、とまったく意味不明な発言を繰り返すお父様に、ブルース兄様が「は? いえ、父上が参加されないと式が進みませんが」と困惑していた。
ブルース兄様は、いつもこうやって苦労している。ヴィアン家は基本的にみんな自由だ。そのせいで、ブルース兄様に皺寄せがいっている。
叙任式は、要するに騎士の称号を与えるための式だ。うちでは、主君であるお父様が新人の肩を剣で軽く叩き、誓いの言葉を交わすという形式をとっているらしい。
つまり、主君であるお父様不在の式なんて成り立たないのだ。それをわかっているのか。「私はいいよ。もう歳だからね」とにこにことするお父様は、意味深な視線をオーガス兄様に送っていた。
それで、ブルース兄様はすべてを察したらしい。
お父様は、オーガス兄様に主君の席を譲ろうとしているのだ。なのに、今度はオーガス兄様が悲鳴をあげた。「僕には無理!」と、頑なに拒否を始めたのだ。
「陛下が現役の間は自分も頑張ると言っていたじゃないですか! 僕はしっかり聞きましたよ!」
「そんなこと言ったかな?」
「言いました!」
ご自分の発言には責任を持っていただきませんと、と珍しく強気にお父様へと挑んでいくオーガス兄様。よほど世代交代が嫌だったらしい。そんなみっともないオーガス兄様を、ブルース兄様が冷めた目で眺めていた。
口には出さないが、ブルース兄様は確実に怒っていた。長男らしく堂々としてほしいと常に思っているブルース兄様である。今回の騒動にも、そっとため息を吐いていた。
心労を重ねるブルース兄様とは対照的に、ユリスは実に楽しそうにしていた。連日のように言い争いをするオーガス兄様とお父様。そんなふたりの見学に行っては、終始ニヤニヤしている。タイラーが「やめなさい」と注意しても、ユリスが素直に応じるはずはない。タイラーも苦労している。
予想以上にゴタゴタした屋敷内。
それにティアンが恐縮してしまった。「すみません、僕のせいで」とオーガス兄様へ律儀に謝罪に行ったティアン。対するオーガス兄様は「そうだよ! 君のせいだよ!」と清々しく八つ当たりをしていた。みっともない長男である。
本日も、オーガス兄様は一人で忙しいアピールをしている。仕事がたくさんあって手が回らないので、叙任式は当初の予定通りお父様がやってほしいという意思表示をしているのだ。
まあ肝心のお父様はにこやかに「任せたよ」と言っているのだが。
ティアンが主役といってもいい式である。俺も手伝うと手を上げたのだが、兄様たちは相手にしてくれない。
仕方なく、俺は毎日のようにオーガス兄様の部屋にお邪魔しては、兄様を鼓舞するという重要な仕事を引き受けた。
綿毛ちゃんも一緒に『がんばれぇ!』と応援している。
「気が散るんですけど」
「なんだと」
そんな俺と綿毛ちゃんの努力を無下にするニックは、「部屋に戻ってください」と冷たいことを言う。
「俺もオーガス兄様の手伝いする」
「現状、邪魔にしかなっていませんけどね」
「なんだと!」
口の悪いニックは、俺のことを部屋から追い出してしまう。相変わらず嫌な奴。
肩を怒らせる俺は、綿毛ちゃんと共にブルース兄様の部屋に向かう。俺の姿を確認するなり半眼になった兄様は、「忙しいんだが」と素っ気ない。
「手伝いに来た」
『きた』
ふんふんと気合たっぷりに尻尾を振る綿毛ちゃん。額を押さえたブルース兄様は「だったら兄上を説得してくれ」と無茶なことを指示してくる。
「オーガス兄様は当主になりたくないんだって」
「なんであんなに消極的なんだか」
まったくだ。
普通、はやく家を継ぎたいと思うものじゃないのか?
オーガス兄様は、権力にはあまり興味がない。表舞台で目立つことにも興味がない。目立たないところでひっそり生きていたいと呻いていた。
そんな頼りないオーガス兄様のことを、けれどもお父様は信じているらしい。「オーガスなら大丈夫だよ」というのが、最近のお父様の口癖だ。
その言葉は、単なる励ましではなく、お父様の本心だと思う。お父様はいつもにこやかだけど、オブラートに包むような物言いはあまりしない。だからお父様が大丈夫と言うのなら大丈夫なのだ。
「オーガス兄様。パパになってちょっとはしっかりすると思ってたのに」
「まったく変わらないな。兄上は」
なぜなのか、と天を仰ぐブルース兄様は、やはり疲れた顔をしていた。
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