冷酷な少年に成り代わってしまった俺の話

岩永みやび

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16歳

460 顔が広い

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 天気は晴れ。散歩するにはちょうどいい。

 綿毛ちゃんにリードをつけて、ぐいぐい引っ張る。『やめてぇ』と無駄な抵抗をする綿毛ちゃんの相手はすごく大変だ。

「アロンが、最近綿毛ちゃん太ったって言うから。痩せたほうがいいと思う」
『太ってないもん! アロンさんが適当言ってるだけだよぉ』
「うるさい! 静かにしろ!」
『横暴だぁ』

 ティアンは騎士棟に行っていて留守。毎日訓練を頑張っている。なんか知らないがロニーに負けるわけにはいかないと言っていた。ティアンが不在の間に、ロニーが副団長になっていたことがちょっぴり悔しいみたいだ。

 玄関に座り込んでなかなか動かない綿毛ちゃんを抱えあげて、庭におろしたのがつい先程。それでもなお抵抗する綿毛ちゃんを励ましながら、どんどん進む。

 ジャンも部屋に置いてきた。白猫エリスちゃんをお風呂に入れているらしく、なんだか奮闘していた。俺も手伝おうとしたのだが、ジャンは小さく苦笑するだけで手伝わせてくれない。綿毛ちゃんも『坊ちゃんには無理だよぉ』と言うので任せることにした。

 なので今の俺は綿毛ちゃんとふたりきり。

「あー、綿毛ちゃんが猫ならよかったのに」
『ごめんなさいねぇ。犬っぽい見た目で』

 拗ねたように応じる綿毛ちゃんを従えて、噴水近くまで足を伸ばす。勢いよくあがる水をぼけっと眺めて、「綿毛ちゃん。泳ぐ?」と提案してみる。

『泳ぎません』
「えー?」

 綿毛ちゃんは、かつて湖近くに住んでいたのだが、泳げないとかふざけたことを言う。一時期は噴水でばちゃばちゃ遊んでいたのだが、近頃は遊びたくないらしい。

 そうしてひたすら歩いていれば、屋敷へと向かう人影を発見した。遠目からでも目立つ白い騎士服は、王立騎士団のものだ。

「綿毛ちゃん。ラッセルがいる」
『本当だぁ。オーガスくんに会いに来たのかなぁ?』

 のんびり応じる綿毛ちゃんを見下ろして、俺はラッセルに手を振る。

「ラッセル!」

 王立騎士団第一部隊の隊長を任されているラッセルは、オーガス兄様の友達だ。綿毛ちゃんそっくりのシルバーの髪。残念ながら長髪ではないが、一見すると少女漫画に出てきそうな正統派王子様である。

 だが、その中身はあまり王子様っぽくはない。

 お偉いさんへの忖度が大好きで、何よりも出世を目標にしている変なお兄さんなのだ。俺はこっそり忖度お兄さんと呼んでいる。

 そんな忖度お兄さんは、俺に気がつくとにこりと笑った。すごく完璧な微笑みである。

「お久しぶりです。ユリス様」
「俺、ルイス」
「っ!」

 大袈裟に頭を抱えるラッセルは、「これは大変な失礼を……!」と勝手に絶望している。

「腹を切ってお詫びします」
「結構です」

 愉快なラッセルに、綿毛ちゃんがにやにやしている。

 ラッセルは、毎度俺のことをユリスと呼んでくる。そろそろ俺とユリスの区別ができるようになってほしい。確かに顔は同じだけど、雰囲気が似ていないといろんな人に言われる。

 というか、あの他人に無関心なユリスがラッセルに話しかけるわけがないだろう。ラッセルに声をかける時点で、ユリスである可能性はほとんどゼロだ。なんで毎回ユリスである可能性に賭けるのだろうか。賭け事下手くそか?

 襟を整えるラッセルは、こほんと咳払いをして仕切り直しを図る。

「オーガス兄様なら部屋にいるよ」

 この場に長居したくないであろうラッセルのために、屋敷を指差してやる。はやくオーガス兄様の部屋に行くといい。

 だが、ラッセルは「いえ」と困ったように首を傾げた。

「オーガス様にもあとでご挨拶に伺いますが。今日はティアンに用がありまして」
「ティアン?」

 それは珍しい。
 というか、ラッセルとティアンの接点が不明。このふたり、特に仲よくしているイメージはないのだが。

 不思議に思っていると、ラッセルは「一応、私の教え子ですから」と緩く笑う。

「教え子?」
「そうですよ。ティアンが通っていた学園で、たまに剣術の指導をしていましたので」
「あぁ、なるほど」

 思い返せば、俺がラッセルと初めて出会ったのはティアンの通っていた学園である。誰かに頼まれて、生徒に指導をしていると言っていたな。

「じゃあ、ティアンの先生なんだ」
「そこまで大層なものでも」

 ラッセルはたまに顔を出す外部講師だったらしい。ラッセルの本業は騎士団の隊長である。そう毎日授業はできないだろう。

 教え子であるティアンに会いに来たと聞いて、俺は俄然興味を持つ。

「ティアンはね、騎士棟で訓練中。案内してあげる」

 なんだか楽しそうなので、俺も同行したい。
 ラッセルを手招きすれば、彼は「ありがとうございます」と爽やかに笑う。

「ルイス様はお散歩中ですか?」
「そう。最近犬が太ったから」

 ラッセルの手前、お喋りできない綿毛ちゃんは不満そうに低く唸っている。その声に驚いたらしいラッセルが、さりげなく綿毛ちゃんから距離をとっている。

「ユリス様はお元気ですか? あまりお会いする機会がありませんので」
「元気だよ。いつもデニスと遊んでる」
「あぁ。アーキア公爵家の。最近弟君ができたとか」

 さすがラッセル。顔が広い。
 多方面に忖度しているだけはあるな。
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