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16歳

438 家族だから

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「で? なんの用。ジェフリーと遊ぶんじゃなかったの?」

 にこっとわざとらしい笑顔を浮かべたデニスは、俺たちを部屋に入れてはくれたのだが、態度が刺々しい。

「ジェフリーさぁ。子供の面倒くらいちゃんと見ておいてくれないと困るよ」

 なぜかジェフリーにも文句を言うデニスの目は、まったく笑っていなかった。対面したジェフリーが「あ、はい」と困ったように首をすくめている。デニスを相手にすると、途端に口数が少なくなるらしい。気持ちはわかる。デニスはちょっと我儘だから。一方的に言われると、ジェフリーも咄嗟に反応ができないのだろう。

 というか、子供って俺のことか? 俺の方がジェフリーよりも年上ですが?

 デニスの物言いにイラっとしたので、反射的に拳を握る。けれどもティアンが小声で「落ち着いてくださいよ」と耳打ちしてくるので、なんとか怒りをおさめる。俺は大人なので、無駄な喧嘩はしないのだ。

 拳を開いて、平静を装う。だが、デニスは止まらない。俺の葛藤を馬鹿にするかのように、薄ら笑いを浮かべる彼は「ふーん?」と値踏みするような視線を向けてくる。

 そのまま上から下まで俺を観察したデニスは、「言い返さないなんて珍しい。ちょっと大人しくなった?」と意外そうな顔をした。

「俺もう十六だから。大人なの」
「あー、はいはい。よかったねぇ」

 雑にあしらってくるデニスは、素早くユリスの隣へと戻ると、ユリスにもたれかかるようにして腕を絡めている。鬱陶しい奴だな。だが不思議なのは、ユリスがそれを振り払わないことだ。普段のユリスであれば、舌打ちして振り払うはずなのに。デニスが相手だと、急に大人しくなる。

 理由はなんとなくわかる。デニスの顔が可愛いからだ。

 そもそも、ユリスのほうが先にデニスに声をかけたのだ。幼い頃の話らしいが、その時のユリスはデニスの可愛らしい顔を気に入ったのだ。俺も、デニスの顔だけだったら割と好き。女の子と見間違うような顔と華奢な体。これで性格良ければ完璧なのに。

 勝手にため息ついていると、ユリスが怪訝な顔を向けてくる。

「どうした。ルイス」
「なんでもないよ」

 説明が面倒なので、緩く笑って誤魔化しておく。

「食べるか?」

 テーブル上のクッキーを示すユリスに、俺は思わず頬が緩む。デニスが嫌そうな顔をしているが、無視してやった。ジェフリーの手を引いて、空いていたソファーに腰掛ける。一瞬だけ躊躇するジェフリーであったが、結局は座ってくれる。デニスの視線が痛い。

 場の空気を変えようと、咳払いをする。なにか無難な話題はないかと考えて、先程からやけにベタベタしているデニスへと視線が向く。

「デニスは、まだユリスのこと好きなの?」
「はぁ? なに当たり前のこと訊いてんの。僕はずっとユリス一筋だから!」
「へぇ」

 前向きな発言に面食らっていると、横のユリスが眉間に皺を寄せていた。手放しで喜ばない様子を見ると、ユリスの方はそこまでデニスのことが好きという訳でもないらしい。デニス、かわいそう。

「そういうことだから! 責任とって僕と結婚してよね!」

 強めにユリスのことを揺さぶるデニス。ユリスの顔が引き攣っている。

「責任って、なんの責任だ」
「僕に結婚してって言ったよね!?」
「いつの話だよ」
「いつでもいいの! 一回言ったら責任取って! 自分の発言に責任持って!」

 声の大きいデニスに、ユリスの目が死んでいる。耳を塞ぐ俺の裾をジェフリーがしきりに引っ張ってくる。「なに?」と耳から手を離せば、「これ、なんの話ですか?」と首を傾げていた。

 そうか。ジェフリーはユリスとデニスとの間にあったいざこざを知らないのか。ちらっとふたりを見比べて、俺はこそこそとジェフリーに耳打ちする。

「あのね。ユリスが小さい頃にね、デニスに結婚してやるって言っちゃったの。それからデニスはずっとユリスを追いかけまわしてんだよ。でもユリスってば。デニスのこと女の子だと思ってたらしいよ」
「そんなことが。それでユリス様がいらっしゃる度に結婚しろと迫っていたわけですね」
「うん。そういうこと」

 デニスも諦め悪いな。
 苦笑する俺に、ジェフリーも苦笑を返してくる。兄の行動に疑問を抱きつつも、ずっと訊けないでいたのだろう。まぁ、たとえ訊いたとしてもデニスが教えてあげるとは思えない。

 俺の服の裾を握ったままのジェフリーは、デニスの様子を確認しては小さく笑っている。ユリスに軽くあしらわれているデニスが面白いのだろう。

「兄も、あんな風に笑うんですね」

 ぼそっと呟かれた言葉に、俺はどう返事をするべきか考える。デニスはジェフリーのお兄ちゃんなのだが、一緒に暮らすようになったのは、ここ数年の話だ。俺も初めの頃は兄様たちとの接し方がわからなくて手探り状態だった。昔の自分を見ているようで、ジェフリーのことはどうしても気に掛かってしまう。俺の余計なお世話かもしれないけど、ふたりには仲良くやってほしい。

「デニスは、俺に対してもすごく冷たいよ」

 くすくす笑って教えてあげれば、ジェフリーもつられたように口角を上げる。

「ですよね」
「うん。むしろユリスに対する態度が特殊だと思う」

 ゆっくりで大丈夫。
 だって家族なんだから。これから何度も会話をする機会があるだろう。だからゆっくりで大丈夫。

 ジェフリーの肩を叩けば、「はい」と小さな頷きが返ってきた。
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