上 下
435 / 598
15歳

409 譲ってあげる

しおりを挟む
 ティアンに手伝ってもらって、綿毛ちゃんにリードをつける。嫌がる綿毛ちゃんは、我儘だと思う。ペットなんだから、それくらい我慢しろ。

 そのままずるずると綿毛ちゃんを引っ張って、廊下に出る。「可哀想ですよ」と、ティアンが何度も手を伸ばしてくる。

「綿毛ちゃんは散歩が好きだから大丈夫」
『オレ、別に散歩好きじゃない』

 部屋でのんびりしている方が好きと、ふざけたことを言う綿毛ちゃん。ジタバタする毛玉を、なんとか庭に出そうと奮闘する。

「ティアンも手伝って」
「はぁ」

 やる気のない返事をするティアンは、渋々といった様子で屈んで、綿毛ちゃんを抱き上げる。

 そうして奮闘していれば、ブルース兄様が通りかかった。不思議そうな目を向けてくる兄様は「室内で暴れるな」とつまらないことを言ってくる。

「だって綿毛ちゃんが我儘言うから」
『我儘は坊ちゃんだよ』

 どう見ても綿毛ちゃんの方が我儘だ。

 どうでもよさそうに「そうか」で話を終わらせてしまうブルース兄様は、今度はティアンに視線を移すと上から下まで眺め始める。

「それにしても。大きくなったな」
「そうですか?」

 ブルース兄様は、ティアンに会うたびに「大きくなったな」と感心している。これで何度目だろうか。ティアンは毎度律儀に返事をしてあげている。

「俺は? 大きくなった?」
「え? あー、そうだな」

 ルイスも大きくなったな、と適当に流すブルース兄様。仕事があるのだろう。はやくもこの場を立ち去ろうとする兄様に、俺は慌てて口を開く。

「アリアと仲悪いの?」
「なんだ突然」

 固まる兄様に、俺は再度「アリアと仲悪いの?」と訊いてみる。ティアンも、興味があるのだろう。綿毛ちゃんを抱っこしたままブルース兄様を見つめている。

「普通だが」
「じゃあ孫はいつ?」
「待て」

 鋭く制止してくる兄様は、盛大に頭を抱えてしまう。

「母上か?」
「うん。孫はいつできるのか訊いてきてって」
「なんでルイスに頼むんだ」

 苦い声を出すブルース兄様は、やはりこの手の話題には触れてほしくないらしい。だが、俺もお母様に頼まれているので。簡単に引くわけにはいかない。

「アリアと仲良くしないとダメだよ」
「余計なお世話だ。子供が首を突っ込むことじゃない」
「俺は大人」
「どこが」

 短く吐き捨てる兄様は、俺を振り切って二階に行こうとする。そうはさせるか。急いでブルース兄様の前にまわり込んで、進路を塞ぐ。

「アリアのこと好きじゃないの!?」
「あぁ」
「ひどい!」
「うるさい」

 まったく悩むこともなく、アリアの事はどうでもいいと断言するブルース兄様はひどいと思う。

「アリアが聞いたら悲しむよ」
「あいつはそんな繊細さ持ち合わせていないだろ」

 確かに。
 ブルース兄様から面と向かって形だけの結婚にすると告げられた際にも、アリアはへらへら笑って了承していた。その後も、彼女が現状に対して文句を言うことはない。

 本人同士がいいのであれば、それでいいのか。

 ちょっと考える俺に、ブルース兄様は片眉を器用に持ち上げる。

「俺のことはどうでもいいんだ。おまえこそ、ティアンと仲良くしろよ」

 偉そうなブルース兄様は、どうやら俺とティアンが喧嘩しているとでも思ったらしい。ティアンが帰ってきて早々に、俺はティアンと気まずい感じだった。そのせいで、ブルース兄様にも心配させてしまったようだ。

「ティアンとは仲良くやってる」
「本当に?」
「うん」

 今も綿毛ちゃんの散歩に行こうとしていたと説明すれば、兄様は「そうか」と安心したように小さく頷いた。ティアンも「ルイス様のことは、僕に任せてくださいよ」と胸を叩いている。

「ブルース兄様も散歩する?」

 なんだかお疲れの兄様に、綿毛ちゃんのリードを譲ってあげる。「いや、俺はいい」と遠慮する兄様の手に、無理矢理リードを持たせてあげれば、綿毛ちゃんが『オレもう飽きたぁ』と、とんでもない我儘を言い始める。まだ庭にも出ていないのに。なんでもう飽きるのだ。適当言うな。

「はやく行こう!」
「お、おい」

 兄様の背中をぐいぐい押して、庭に連れ出す。困惑しながらも、リードを手放さない兄様は、本心では綿毛ちゃんの散歩をしてみたかったに違いない。俺は気の利く弟なので。今日はブルース兄様に譲ってあげようと思う。

 庭に出た兄様は、疲れた顔で歩き始める。

「これ。いつまでやればいいんだ」
『もう終わりにしようよ。オレ疲れましたぁ』

 こそこそと会話するブルース兄様と綿毛ちゃん。それを少し離れたところから見守る俺とティアン。

 ティアンは、なんだかブルース兄様にあわれむような目線を注いでいる。

「ティアンも、綿毛ちゃんの散歩したいのか?」
「え。いえ、僕は大丈夫です」
「遠慮せずに」
「遠慮じゃなくて。普通に犬の散歩とか面倒だから嫌です」
「なんだと」

 綿毛ちゃんの散歩は楽しいでしょうが。
 思えば、ティアンは昔から走りまわるような遊びが苦手だった。庭で遊びたいと主張する俺に対して、ティアンは部屋で遊びたがった。騎士になった今でも、そういうところは変わっていないらしい。ちょっと残念な気持ちにもなるが、それよりも、ティアンが変わっていないことを実感して安堵する気持ちの方が大きかった。
しおりを挟む
感想 431

あなたにおすすめの小説

君のことなんてもう知らない

ぽぽ
BL
早乙女琥珀は幼馴染の佐伯慶也に毎日のように告白しては振られてしまう。 告白をOKする素振りも見せず、軽く琥珀をあしらう慶也に憤りを覚えていた。 だがある日、琥珀は記憶喪失になってしまい、慶也の記憶のみ失ってしまう。 今まで自分のことをあしらってきた慶也のことを忘れて、他の人と恋を始めようとするが… 「お前なんて知らないから」

不幸体質っすけど役に立って、大好きなボス達とずっと一緒にいられるよう頑張るっす!

タッター
BL
 ボスは悲しく一人閉じ込められていた俺を助け、たくさんの仲間達に出会わせてくれた俺の大切な人だ。 自分だけでなく、他者にまでその不幸を撒き散らすような体質を持つ厄病神な俺を、みんな側に置いてくれて仲間だと笑顔を向けてくれる。とても毎日が楽しい。ずっとずっとみんなと一緒にいたい。 ――だから俺はそれ以上を求めない。不幸は幸せが好きだから。この幸せが崩れてしまわないためにも。  そうやって俺は今日も仲間達――家族達の、そして大好きなボスの役に立てるように―― 「頑張るっす!! ……から置いてかないで下さいっす!! 寂しいっすよ!!」 「無理。邪魔」 「ガーン!」  とした日常の中で俺達は美少年君を助けた。 「……その子、生きてるっすか?」 「……ああ」 ◆◆◆ 溺愛攻め  × 明るいが不幸体質を持つが故に想いを受け入れることが怖く、役に立てなければ捨てられるかもと内心怯えている受け

悪役令息、皇子殿下(7歳)に転生する

めろ
BL
皇子殿下(7歳)に転生したっぽいけど、何も分からない。 侍従(8歳)と仲良くするように言われたけど、無表情すぎて何を考えてるのか分からない。 分からないことばかりの中、どうにか日々を過ごしていくうちに 主人公・イリヤはとある事件に巻き込まれて……? 思い出せない前世の死と 戸惑いながらも歩み始めた今世の生の狭間で、 ほんのりシリアスな主従ファンタジーBL開幕! .。.:*・゚ ✽.。.:*・゚ ✽.。.:*・゚ ✽.。.:*・゚ ✽.。.:*・゚✽.。.:*・゚ ✽.。.:*・゚ HOTランキング入りしました😭🙌 ♡もエールもありがとうございます…!! ※第1話からプチ改稿中 (内容ほとんど変わりませんが、 サブタイトルがついている話は改稿済みになります) 大変お待たせしました!連載再開いたします…!

転生したけど赤ちゃんの頃から運命に囲われてて鬱陶しい

翡翠飾
BL
普通に高校生として学校に通っていたはずだが、気が付いたら雨の中道端で動けなくなっていた。寒くて死にかけていたら、通りかかった馬車から降りてきた12歳くらいの美少年に拾われ、何やら大きい屋敷に連れていかれる。 それから温かいご飯食べさせてもらったり、お風呂に入れてもらったり、柔らかいベッドで寝かせてもらったり、撫でてもらったり、ボールとかもらったり、それを投げてもらったり───ん? 「え、俺何か、犬になってない?」 豹獣人の番大好き大公子(12)×ポメラニアン獣人転生者(1)の話。 ※どんどん年齢は上がっていきます。 ※設定が多く感じたのでオメガバースを無くしました。

金の野獣と薔薇の番

むー
BL
結季には記憶と共に失った大切な約束があった。 ❇︎❇︎❇︎❇︎❇︎ 止むを得ない事情で全寮制の学園の高等部に編入した結季。 彼は事故により7歳より以前の記憶がない。 高校進学時の検査でオメガ因子が見つかるまでベータとして養父母に育てられた。 オメガと判明したがフェロモンが出ることも発情期が来ることはなかった。 ある日、編入先の学園で金髪金眼の皇貴と出逢う。 彼の纒う薔薇の香りに発情し、結季の中のオメガが開花する。 その薔薇の香りのフェロモンを纏う皇貴は、全ての性を魅了し学園の頂点に立つアルファだ。 来るもの拒まずで性に奔放だが、番は持つつもりはないと公言していた。 皇貴との出会いが、少しずつ結季のオメガとしての運命が動き出す……? 4/20 本編開始。 『至高のオメガとガラスの靴』と同じ世界の話です。 (『至高の〜』完結から4ヶ月後の設定です。) ※シリーズものになっていますが、どの物語から読んでも大丈夫です。 【至高のオメガとガラスの靴】  ↓ 【金の野獣と薔薇の番】←今ココ  ↓ 【魔法使いと眠れるオメガ】

どうやら手懐けてしまったようだ...さて、どうしよう。

彩ノ華
BL
ある日BLゲームの中に転生した俺は義弟と主人公(ヒロイン)をくっつけようと決意する。 だが、義弟からも主人公からも…ましてや攻略対象者たちからも気に入れられる始末…。 どうやら手懐けてしまったようだ…さて、どうしよう。

社畜だけど異世界では推し騎士の伴侶になってます⁈

めがねあざらし
BL
気がつくと、そこはゲーム『クレセント・ナイツ』の世界だった。 しかも俺は、推しキャラ・レイ=エヴァンスの“伴侶”になっていて……⁈ 記憶喪失の俺に課されたのは、彼と共に“世界を救う鍵”として戦う使命。 しかし、レイとの誓いに隠された真実や、迫りくる敵の陰謀が俺たちを追い詰める――。 異世界で見つけた愛〜推し騎士との奇跡の絆! 推しとの距離が近すぎる、命懸けの異世界ラブファンタジー、ここに開幕!

もう人気者とは付き合っていられません

花果唯
BL
僕の恋人は頭も良くて、顔も良くておまけに優しい。 モテるのは当然だ。でも――。 『たまには二人だけで過ごしたい』 そう願うのは、贅沢なのだろうか。 いや、そんな人を好きになった僕の方が間違っていたのだ。 「好きなのは君だ」なんて言葉に縋って耐えてきたけど、それが間違いだったってことに、ようやく気がついた。さようなら。 ちょうど生徒会の補佐をしないかと誘われたし、そっちの方に専念します。 生徒会長が格好いいから見ていて癒やされるし、一石二鳥です。 ※ライトBL学園モノ ※2024再公開・改稿中

処理中です...