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15歳

400 だれ

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 暑さもやわらぎ、だいぶ涼しくなってきた頃。

 今日も今日とて勉強に励む俺は偉いと思う。先生になりたいという夢は、まだカル先生にしか教えていない。カル先生は、馬鹿にすることなく俺の夢に付き合ってくれている。ユリスに教えると、なんだか小馬鹿にされそうな気がするのだ。だからしばらくはまだ内緒にしておこうと思う。

「綿毛ちゃん! 散歩に行くぞ」
『はいはい。いや、待って。それはいらないよ?』

 リードを片手に綿毛ちゃんに声をかければ、毛玉がふるふると首を左右に振る。我儘め。

 無言で毛玉に近寄って、捕まえる。

『やめてぇ? それにはいい思い出がないんですけどぉ?』
「我儘言うな! お散歩したい!」
『我儘は坊ちゃんの方じゃん』

 ぐちぐちうるさい毛玉を抱えたまま、奮闘する。そうしてリードをつけることに成功した俺は、早速外へと綿毛ちゃんを引っ張っていく。

 そこら辺の散歩だからひとりで大丈夫と言いおけば、ジャンもレナルドもついてこない。

 無駄にくねくねする綿毛ちゃんを庭に出して、散歩を開始する。

「楽しいね?」
『いや、オレはあんまり』

 リードをぐいぐい引っ張って、庭を走る。『やめて、引っ張らないでぇ』と綿毛ちゃんも短い足でついてくる。

 どんどん庭を突き進んでいけば、『そろそろ帰ろうよぉ』と足元から我儘が聞こえてくる。今きたばかりだろうが。

『ほら、お花見よう。きれいだよぉ』
「興味ない」
『じゃあ、とりあえず走るのやめようよ。もう疲れたよぉ』
「おじいちゃんだから? 体力ないの?」
『おじいちゃんはやめて! オレまだ若いから!』

 綿毛ちゃんは、すごく長生きの生き物だ。
 人間に化けたら若いお兄さんだけど、実はもう結構なお年なのだ。

 仕方がないので足を止める。

『あー、疲れたぁ』

 下を向く綿毛ちゃんに合わせて、のろのろと歩く。ゆったりしていて、あまり楽しくない。

 唇を尖らせる俺に気がついて、綿毛ちゃんが『そんなに拗ねなくても』と困った顔をしている。

「じゃあ靴投げるから。綿毛ちゃん取ってきてよ」
『また木に引っかかるよ?』

 いそいそと靴を脱ごうとするが、綿毛ちゃんが邪魔をしてくる。なんだこの毛玉。なんで邪魔するんだ。

「綿毛ちゃん、あっち行って」
『もっと平和に遊ぼうよぉ』

 足に纏わりついてくる毛玉を追い払おうと奮闘していれば、なにやら足音が聞こえてきた。

 庭師でもやって来たのだろうか。俺が居たら仕事の邪魔かもしれない。移動した方がいいかなと顔を上げようとしたその時。

「ルイス様!」

 勢いよく名前を呼ばれて、目を瞬く。
 耳慣れない低い声に、綿毛ちゃんもピシッと固まり警戒している。

 見れば、白いシャツに身を包んだ青年がこちらへと早足に寄ってくるところであった。

 誰だろう。

 見たことのない顔だ。背が高く、そこそこ体格も良い。騎士服は着ていないが、使用人というよりは騎士といわれた方が納得のいく感じだ。

 誰だろうね? と綿毛ちゃんを抱っこして耳打ちすれば、『さぁ? 知らなぁい』との答え。小声で応じてくる綿毛ちゃんは、どうやらこの見知らぬ人の前でお喋りしていいのか迷っているらしい。犬が喋ると外部の人に知られたら、大騒ぎになるからな。

 にこやかな笑顔で俺の前までやってきた青年は「お久しぶりです。ルイス様も大きくなりましたね」と、なんだか妙に馴々しく声をかけてくる。

 いや、おまえはどこの誰なんだよ。

 記憶を探るが、こんな好青年に心当たりはない。薄青の髪を耳にかき上げた彼は、なおも「お元気でしたか?」と微笑んでくる。

「……」

 マジで誰?

 俺たちは、間違いなく初対面だと思う。知らない人に馴々しく接するとかやばい人だ。距離感がおかしい。綿毛ちゃんをぎゅっと抱きしめたまま、そろそろと後ろに下がる。そうして距離を取ろうとしたのだが、なぜか青年は一歩詰めてくる。やめろ、こっちに来るんじゃない。

「あの、ルイス様?」

 俺の警戒に気が付いたのか。動きを止めて、怪訝な目を向けてくる青年は、なんとも頼りなさそうな声を絞り出した。その問いかけるような呼びかけに、俺は眉尻を下げる。困惑しているのは、俺の方だ。

 我慢ができなくなった俺は、綿毛ちゃんを盾にしつつ「誰?」と尋ねてみる。固まる毛玉は、口を閉じて大人しくしている。

「え」

 みるみる見開かれていく薄青の目。なにその大袈裟な驚き方。

 しかし、その髪と瞳の色には、なんだか覚えがあるような?

 改めて青年を上から下まで観察してみて、あっと思う。クレイグ団長にそっくりだ。今はもう団長辞めちゃったけど。

 なんというか、クレイグ団長をもっと若くして細くした感じである。青という色も相まって、涼し気な雰囲気の青年だ。

 もしかしたら、クレイグ団長のご親戚かもしれない。

「え。僕ですよ、僕」

 己の顔を指さしてみせる青年に、俺は首を傾げる。

 やがて立ち尽くす俺に痺れを切らしたのか。青年が愕然とした表情で俺の顔を凝視してくる。

「本気ですか? 僕ですよ。ティアンですよ!」

 飛び出してきた名前に、俺の頭は停止する。

「……ティアン?」

 掠れた声で呟けば、目の前の青年が「はい」としっかり頷いてみせた。
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