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14歳

376 頑張ろうね

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「ブルース兄様」
「なんだ。今忙しいから後にしてくれないか」

 ブルース兄様の部屋にお邪魔すれば、兄様は忙しそうに書類を捲っていた。探し物でもしているのか。忙しなく室内をうろうろする兄様は落ち着きがない。

 アロンは不在。きっと騎士棟に居るのだろう。アロンはブルース兄様の護衛なのに、ほとんど兄様のそばに居ない。護衛って一体なんだろう。

 俺に背中を向けたまま、今度は書類棚をあさり始めるブルース兄様は「で? なんの用だ」と素っ気ない。

「あのさぁ」
「うん?」
「古い本あるじゃん。昔の言葉で書いてあるやつ。ユリスがよく読んでる」
「あぁ」
「あれ。あの言葉。勉強するのに一番簡単な本どれ?」
「あー、そうだな」

 ガサゴソと棚をあさる兄様は、しばらく考えるように黙り込む。だが、突然ピタリと動きを止めると、勢いよく振り返ってきた。

「今なんだって!?」

 その声量の大きさにびっくりした俺は、思わず首をすくめる。だが、ブルース兄様も驚いたように目を丸くしていた。

「え、勉強って言ったか?」
「言ったけど。なに?」

 そのまま口を開ける兄様は、「おまえ、勉強とかするのか?」とめっちゃ失礼なことを口走ってくる。ユリスといい、兄様といい。みんな俺のことを馬鹿にしすぎでは?

 ムスッと半眼になれば、兄様は慌てたように「あ、いや。すまない」と謝罪してくる。別にいいけど。

「え? 古い本が読みたいのか? カルに教えてもらっただろ」
「やったけど。でももう一回やる」

 カル先生にも教えてもらったので、一応俺も読み方の基礎くらいはわかると思う。でもあやふやな知識ではまずいので、なんか拠り所となる教科書が欲しい。カル先生と使っていたものはちょっと難しい。初心者向けの一番簡単なやつが欲しいと伝えれば、兄様は「あぁ」と気の抜けた返事をする。

 なんだその顔は。
 疑いのような困惑のような。とにかく失礼な目線を向けてくるブルース兄様は、切り替えるかのように咳払いをした。

「それなら、おまえの部屋に俺が置いておいたあれとかいいんじゃないか?」

 俺の部屋には、ブルース兄様が勝手に用意した本棚がある。その中に詰め込まれている本に俺が手を伸ばすことはないのでわからないが、そこに良さそうな本があるらしい。

 早速見繕ってくれるという兄様は、探し物を放り出して俺の部屋に向かう。

「なにか探してたんじゃないの?」
「後でいい」

 心なしか嬉しそうなブルース兄様は、「勉強してどうするんだ?」と投げかけてくる。

「ジェフリーがね、古い本読みたいって。だから俺が読み方教えてあげようと思って」
「へぇ? ジェフリーに」

 適当なことは教えられないので、俺ももう一回復習しておこうと思う。あとジェフリーに説明する用に簡単な教科書がどうしても必要なのだ。

「随分と仲良くしているんだな」
「うん」

 ジェフリーは、俺が色々教えてあげるとわかりやすく目を輝かせる。そして「すごい」「かっこいい」と手放しで褒めてくれるので、俺はとても楽しい。

 俺の方が年上なので、お兄さんっぽい振る舞いをするように気をつけている。俺に毎回同行しているレナルドが「お兄さんっぽいですよ」と褒めてくれるので、俺はますます得意になる。

 まさかジェフリーの前で、勉強嫌いとか言うわけにはいかない。ジェフリーは俺のことをなんでもできるお兄さんだと思っているようなので、期待を裏切るわけにもいかないのだ。

「ほら、これ」
「ありがとう」

 そうして教科書を見繕ってくれたブルース兄様は、ついでと言わんばかりに他の科目の教科書も渡してくる。どれも初心者向けの易しいやつだ。

「あとね、乗馬も教えてあげてるの」
「まさかルイスが教える側にまわるとは」

 成長したな、としみじみと呟くブルース兄様は、俺の背中を叩いてくる。

「頑張れよ」
「うん。ブルース兄様も婚約者探し頑張ってね」
「うるせぇよ」

 先程までの笑顔が嘘のように引っ込んでしまったブルース兄様は「え、なんで突然そんなことを言い出すんだ」と顔色を悪くする。

 なんでって。

 ちらりと部屋の隅で気配を消していたジャンに視線を投げる。ビクッと肩を揺らしたジャンは、そろそろと俺たちから視線を逸らしてしまう。その顔色はとても悪い。「おまえ、居たのか!」と、なにやらブルース兄様がびっくりしている。ジャンはさっきから部屋にずっと居た。ブルース兄様が目もくれずに本棚へと直行したのだ。気が付いてもらえなかったジャンが可哀想。

 ちなみに床では猫と犬がごろごろしている。レナルドは、用事があるとかで部屋に居ない。レナルドは、なにかと理由をつけては俺から目を離してしまう。まぁ、俺ももう大人なので問題はない。

「お母様がね」
「あー、嫌な予感」
「ブルース兄様はいつ結婚するのかって言ってたよ。顔が怖いから女の子に逃げられているんじゃないかって心配してたよ」
「それは心配ではなく、俺を揶揄っているだけだろ」
「孫の顔が見たいって言ってた」
「それは兄上に言ってほしいな」
「オーガス兄様にも言ってるみたいだよ」

 その度に、オーガス兄様は「また今度」と言って逃げてしまうそうだ。ちなみにお母様、初孫は女の子がいいと言っていた。お母様はずっと娘がほしかったらしいが、生憎と生まれたのは全部息子だったので。

「お母様が、それとなくブルース兄様がいつ結婚するのか探ってこいって」
「おまえ、それとなくの意味わかってないだろ」
「わかってるけど?」

 で? いつ誰と結婚するの、と詰め寄れば、ブルース兄様は露骨に不機嫌になった。先程まであんなに嬉しそうだったのに。

「まだ考えていない」

 ブルース兄様は、今年二十五歳だ。そろそろ結婚して孫の顔を見せてほしいと、お母様が嘆いていた。せめて婚約者くらいは見つけてこいと。

「オーガスでさえ結婚できたんだから。ブルースも頑張れって、お母様が言ってたよ」
「その微妙な励まし方は一体なんなんだ」
「さぁ?」

 お母様の愉快な言動はいつものことだ。
 最近では、綿毛ちゃんにこっそりとお菓子を食べさせているらしい。基本的に可愛いものが好きなんだと思う。そのお母様の可愛い基準から、ブルース兄様は微妙にズレているのだろう。事あるごとに文句を言っている。

「頑張ってね」

 俺は勉強を頑張るので、ブルース兄様は婚活を頑張ればいいと思う。心を込めて応援したのに、ブルース兄様の口からは「うるさい」という暴言が返ってきた。物騒な兄だな。そんなんだからお母様に可愛くないと言われてしまうのだ。
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