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14歳
373 首を突っ込まない
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「なにしてるの」
「う、わ。びっくりした」
池を覗き込んでいる少年の背後から声をかければ、どうやら驚かせてしまったらしい。勢いよくこちらを振り返る少年は、これでもかと目を丸くしている。
光に透けてしまうような色素の薄い金髪を、顎のあたりで切り揃えている華奢な少年だ。くりっと大きな目が、俺のことを見上げてくる。
「なにしてるの?」
もう一度質問すれば、少年が「えっと」と口ごもる。
「特になにも」
「池見てたの?」
「はい」
落ち着いた受け答えをする少年に、目を瞬く。アロンとレナルドは、少し離れた位置に待機している。そんな騎士ふたりを見て、少年は「あの」と小首を傾げた。ちなみにジャンは、なんだかわからないがアーキア公爵家の使用人さんと話し込んでいたので置いてきた。どうやらご挨拶をしているらしい。
「兄のご友人の方ですよね」
「兄?」
「あの、デニスに用があってきたのでは?」
「そうだけど。兄? デニスの弟?」
びっくりして詰め寄れば、彼は「はい、一応」と弱々しく俯いてしまう。
デニス、弟いたのか。てっきり、ひとりっ子かと。思えばデニスは、俺と顔を合わせても「お子様はあっちに行って!」と叫ぶだけで、ろくに会話してくれない。俺は、デニスのことをあまり知らないことに今更気がつく。
「俺、ルイス」
「あ、ヴィアン家の」
「そうそう」
「えっと、僕はジェフリーといいます」
ジェフリーは、デニスの弟。
ちょっと警戒してみるが、気弱そうな少年である。そんなに警戒する必要はないかもしれない。
「でもデニスに弟がいるなんて初めて聞いた」
デニスは俺のことが嫌いだから。俺とは雑談すらしてくれないのだ、と笑いながら続けようとしたのだが、それよりも早く「でしょうね」という冷たい声が返ってきて驚いてしまう。
「兄は、僕の存在を認めたくないようですから」
淡々と冷えた声音に、思わず黙り込んでしまう。
「まぁ、仕方ないですよね。突然現れた弟なんて。受け入れろというのが無理な話ですから」
無理矢理に明るく振る舞うようなやや引き攣った声。その言葉の意味するところを理解しようとして、けれども思考が止まってしまう。
彼の発した「突然現れた弟」という言葉が、妙に耳に残った。
「すみません。こんな話」
「う、うん」
かろうじて頷いてから、「あのさ」と絞り出す。
「訊いていいのかわかんないけど。今のってどういう意味?」
あぁ、と短く唸ったジェフリーは「僕、妾の子供なので」と、あっさり告げてきた。
これは深入りしてはいけないやつかもしれない。妾の意味なら知っている。要するに、愛人の子供ってことだ。カル先生が言っていた。昔から、正妻の子供と側室の子供との間で跡継ぎ問題がよく起こると。同じ母親から生まれた子供同士の間でも、跡継ぎ問題は起こりうる。
ヴィアン家はそんなことで揉めないし、従兄弟のエリックたちも特に揉めていない。だから現実味はなかったのだが、こうやって目を伏せるジェフリーを前にすると、カル先生の語っていたバチバチのお家騒動とかが嘘じゃないのだと実感してしまう。
思えば、デニスはジェフリーのことを名前で呼んでいなかった。弟だと紹介してくれなかった。デニスの中では、ジェフリーは厄介な敵扱いで、家族ではないのだろうか。
俺は、たとえ家の中でも庭をうろついたりする時は必ず側に誰かがいる。大抵はジャンや護衛の騎士たちだ。さっと周囲を見渡してみるが、ジェフリーの周りにはお付きの人らしき人影が見えない。完全にひとりだ。先程のデニスは、使用人をたくさん引き連れていた。
「……」
なんて反応したらいいのか。考えた結果、「そ、そうなんだ」という無難なことしか言えない。
これはデリケートな話題だ。気軽に首を突っ込むのは違う気がした。
「まぁ、そんなことより遊ぼうよ」
とりあえず空気を変えよう。ほら、と手を差し出せば、ジェフリーは驚愕したように目を見開いている。
「俺とは遊びたくない?」
「い、いえ」
素早く首を左右に振って否定してくるジェフリーの手を、無理矢理とる。「あ」という短い声が聞こえたが、無視してやった。
「あ、あの。兄に用があったのでは?」
「違うよ。デニスは俺とは遊んでくれないからさ。あいつはユリスと遊びたいんだよ。あ、ユリスっていうのは俺の兄弟なんだけど。双子なの」
「それは知っています。ユリス様はよく遊びにきていますから。ルイス様も兄のところへ行った方がよいのでは?」
なんだか言い訳のように、まるで俺と遊びたくないとでも言うかのように早口になるジェフリー。再度「俺と遊びたくないの?」と尋ねれば、「そんなわけ」との言葉が出てくる。じゃあなんで、ぐちぐちと文句を言うのか。
ムスッとする俺に、ジェフリーが「すみません」と首をすくめる。なんだか俺が怖がらせたみたいな反応である。
「いえ、その。僕はあまり人前に出るなと言われているので。ルイス様も僕とは関わらない方が」
「それは大丈夫。で? なにして遊ぶ?」
当のデニスがジェフリーと遊んであげろと言ったのだ。だからジェフリーと遊んで文句を言われることはない。
俺はお兄さんなので。なにがしたいかジェフリーに任せてみれば、彼は困ったように俯いてしまう。
「僕は、えっと。友達と遊んだこととかないので。こういう時ってどうやって遊ぶんですか?」
「……どうやって?」
なにその難しい質問。あと、さらっと暗いこと言うのやめてほしい。反応に困るんだけど。
友達いない云々の話は聞かなかったことにして、うーんと考える。
考えてみるのだが、よくわからない。思えば俺も、歳の近い友達と遊んだ経験というものがあまりない。ユリスは積極的に遊んではくれないし、デニスも遊んでくれない。マーティーとも最近では会っていない。唯一、ティアンだけが無条件で遊んでくれていたのだが、あいつはもう居ないしな。
いつもであれば庭を駆けまわるのだが、目の前のジェフリーはなんだか細っこい。おまけに色白ですごく弱そう。走りまわるのは嫌いかもしれない。
「ジェフリーは? いつもなにしてるの?」
「部屋で本を読んだり、庭を散歩したりしています」
「へー」
あんまり俺と変わんないな。俺は読書はしないけど、代わりに犬と猫と一緒にごろごろしている。
「じゃあ散歩でもする?」
俺はこの屋敷に立ち入るのは初めてである。庭を見てまわりたい。そう言えば、ジェフリーは「では僕が案内します」と小さく頷いてくれた。
「う、わ。びっくりした」
池を覗き込んでいる少年の背後から声をかければ、どうやら驚かせてしまったらしい。勢いよくこちらを振り返る少年は、これでもかと目を丸くしている。
光に透けてしまうような色素の薄い金髪を、顎のあたりで切り揃えている華奢な少年だ。くりっと大きな目が、俺のことを見上げてくる。
「なにしてるの?」
もう一度質問すれば、少年が「えっと」と口ごもる。
「特になにも」
「池見てたの?」
「はい」
落ち着いた受け答えをする少年に、目を瞬く。アロンとレナルドは、少し離れた位置に待機している。そんな騎士ふたりを見て、少年は「あの」と小首を傾げた。ちなみにジャンは、なんだかわからないがアーキア公爵家の使用人さんと話し込んでいたので置いてきた。どうやらご挨拶をしているらしい。
「兄のご友人の方ですよね」
「兄?」
「あの、デニスに用があってきたのでは?」
「そうだけど。兄? デニスの弟?」
びっくりして詰め寄れば、彼は「はい、一応」と弱々しく俯いてしまう。
デニス、弟いたのか。てっきり、ひとりっ子かと。思えばデニスは、俺と顔を合わせても「お子様はあっちに行って!」と叫ぶだけで、ろくに会話してくれない。俺は、デニスのことをあまり知らないことに今更気がつく。
「俺、ルイス」
「あ、ヴィアン家の」
「そうそう」
「えっと、僕はジェフリーといいます」
ジェフリーは、デニスの弟。
ちょっと警戒してみるが、気弱そうな少年である。そんなに警戒する必要はないかもしれない。
「でもデニスに弟がいるなんて初めて聞いた」
デニスは俺のことが嫌いだから。俺とは雑談すらしてくれないのだ、と笑いながら続けようとしたのだが、それよりも早く「でしょうね」という冷たい声が返ってきて驚いてしまう。
「兄は、僕の存在を認めたくないようですから」
淡々と冷えた声音に、思わず黙り込んでしまう。
「まぁ、仕方ないですよね。突然現れた弟なんて。受け入れろというのが無理な話ですから」
無理矢理に明るく振る舞うようなやや引き攣った声。その言葉の意味するところを理解しようとして、けれども思考が止まってしまう。
彼の発した「突然現れた弟」という言葉が、妙に耳に残った。
「すみません。こんな話」
「う、うん」
かろうじて頷いてから、「あのさ」と絞り出す。
「訊いていいのかわかんないけど。今のってどういう意味?」
あぁ、と短く唸ったジェフリーは「僕、妾の子供なので」と、あっさり告げてきた。
これは深入りしてはいけないやつかもしれない。妾の意味なら知っている。要するに、愛人の子供ってことだ。カル先生が言っていた。昔から、正妻の子供と側室の子供との間で跡継ぎ問題がよく起こると。同じ母親から生まれた子供同士の間でも、跡継ぎ問題は起こりうる。
ヴィアン家はそんなことで揉めないし、従兄弟のエリックたちも特に揉めていない。だから現実味はなかったのだが、こうやって目を伏せるジェフリーを前にすると、カル先生の語っていたバチバチのお家騒動とかが嘘じゃないのだと実感してしまう。
思えば、デニスはジェフリーのことを名前で呼んでいなかった。弟だと紹介してくれなかった。デニスの中では、ジェフリーは厄介な敵扱いで、家族ではないのだろうか。
俺は、たとえ家の中でも庭をうろついたりする時は必ず側に誰かがいる。大抵はジャンや護衛の騎士たちだ。さっと周囲を見渡してみるが、ジェフリーの周りにはお付きの人らしき人影が見えない。完全にひとりだ。先程のデニスは、使用人をたくさん引き連れていた。
「……」
なんて反応したらいいのか。考えた結果、「そ、そうなんだ」という無難なことしか言えない。
これはデリケートな話題だ。気軽に首を突っ込むのは違う気がした。
「まぁ、そんなことより遊ぼうよ」
とりあえず空気を変えよう。ほら、と手を差し出せば、ジェフリーは驚愕したように目を見開いている。
「俺とは遊びたくない?」
「い、いえ」
素早く首を左右に振って否定してくるジェフリーの手を、無理矢理とる。「あ」という短い声が聞こえたが、無視してやった。
「あ、あの。兄に用があったのでは?」
「違うよ。デニスは俺とは遊んでくれないからさ。あいつはユリスと遊びたいんだよ。あ、ユリスっていうのは俺の兄弟なんだけど。双子なの」
「それは知っています。ユリス様はよく遊びにきていますから。ルイス様も兄のところへ行った方がよいのでは?」
なんだか言い訳のように、まるで俺と遊びたくないとでも言うかのように早口になるジェフリー。再度「俺と遊びたくないの?」と尋ねれば、「そんなわけ」との言葉が出てくる。じゃあなんで、ぐちぐちと文句を言うのか。
ムスッとする俺に、ジェフリーが「すみません」と首をすくめる。なんだか俺が怖がらせたみたいな反応である。
「いえ、その。僕はあまり人前に出るなと言われているので。ルイス様も僕とは関わらない方が」
「それは大丈夫。で? なにして遊ぶ?」
当のデニスがジェフリーと遊んであげろと言ったのだ。だからジェフリーと遊んで文句を言われることはない。
俺はお兄さんなので。なにがしたいかジェフリーに任せてみれば、彼は困ったように俯いてしまう。
「僕は、えっと。友達と遊んだこととかないので。こういう時ってどうやって遊ぶんですか?」
「……どうやって?」
なにその難しい質問。あと、さらっと暗いこと言うのやめてほしい。反応に困るんだけど。
友達いない云々の話は聞かなかったことにして、うーんと考える。
考えてみるのだが、よくわからない。思えば俺も、歳の近い友達と遊んだ経験というものがあまりない。ユリスは積極的に遊んではくれないし、デニスも遊んでくれない。マーティーとも最近では会っていない。唯一、ティアンだけが無条件で遊んでくれていたのだが、あいつはもう居ないしな。
いつもであれば庭を駆けまわるのだが、目の前のジェフリーはなんだか細っこい。おまけに色白ですごく弱そう。走りまわるのは嫌いかもしれない。
「ジェフリーは? いつもなにしてるの?」
「部屋で本を読んだり、庭を散歩したりしています」
「へー」
あんまり俺と変わんないな。俺は読書はしないけど、代わりに犬と猫と一緒にごろごろしている。
「じゃあ散歩でもする?」
俺はこの屋敷に立ち入るのは初めてである。庭を見てまわりたい。そう言えば、ジェフリーは「では僕が案内します」と小さく頷いてくれた。
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