上 下
392 / 598
14歳

373 首を突っ込まない

しおりを挟む
「なにしてるの」
「う、わ。びっくりした」

 池を覗き込んでいる少年の背後から声をかければ、どうやら驚かせてしまったらしい。勢いよくこちらを振り返る少年は、これでもかと目を丸くしている。

 光に透けてしまうような色素の薄い金髪を、顎のあたりで切り揃えている華奢な少年だ。くりっと大きな目が、俺のことを見上げてくる。

「なにしてるの?」

 もう一度質問すれば、少年が「えっと」と口ごもる。

「特になにも」
「池見てたの?」
「はい」

 落ち着いた受け答えをする少年に、目を瞬く。アロンとレナルドは、少し離れた位置に待機している。そんな騎士ふたりを見て、少年は「あの」と小首を傾げた。ちなみにジャンは、なんだかわからないがアーキア公爵家の使用人さんと話し込んでいたので置いてきた。どうやらご挨拶をしているらしい。

「兄のご友人の方ですよね」
「兄?」
「あの、デニスに用があってきたのでは?」
「そうだけど。兄? デニスの弟?」

 びっくりして詰め寄れば、彼は「はい、一応」と弱々しく俯いてしまう。

 デニス、弟いたのか。てっきり、ひとりっ子かと。思えばデニスは、俺と顔を合わせても「お子様はあっちに行って!」と叫ぶだけで、ろくに会話してくれない。俺は、デニスのことをあまり知らないことに今更気がつく。

「俺、ルイス」
「あ、ヴィアン家の」
「そうそう」
「えっと、僕はジェフリーといいます」

 ジェフリーは、デニスの弟。
 ちょっと警戒してみるが、気弱そうな少年である。そんなに警戒する必要はないかもしれない。

「でもデニスに弟がいるなんて初めて聞いた」

 デニスは俺のことが嫌いだから。俺とは雑談すらしてくれないのだ、と笑いながら続けようとしたのだが、それよりも早く「でしょうね」という冷たい声が返ってきて驚いてしまう。

「兄は、僕の存在を認めたくないようですから」

 淡々と冷えた声音に、思わず黙り込んでしまう。

「まぁ、仕方ないですよね。突然現れた弟なんて。受け入れろというのが無理な話ですから」

 無理矢理に明るく振る舞うようなやや引き攣った声。その言葉の意味するところを理解しようとして、けれども思考が止まってしまう。

 彼の発した「突然現れた弟」という言葉が、妙に耳に残った。

「すみません。こんな話」
「う、うん」

 かろうじて頷いてから、「あのさ」と絞り出す。

「訊いていいのかわかんないけど。今のってどういう意味?」

 あぁ、と短く唸ったジェフリーは「僕、妾の子供なので」と、あっさり告げてきた。

 これは深入りしてはいけないやつかもしれない。妾の意味なら知っている。要するに、愛人の子供ってことだ。カル先生が言っていた。昔から、正妻の子供と側室の子供との間で跡継ぎ問題がよく起こると。同じ母親から生まれた子供同士の間でも、跡継ぎ問題は起こりうる。

 ヴィアン家はそんなことで揉めないし、従兄弟のエリックたちも特に揉めていない。だから現実味はなかったのだが、こうやって目を伏せるジェフリーを前にすると、カル先生の語っていたバチバチのお家騒動とかが嘘じゃないのだと実感してしまう。

 思えば、デニスはジェフリーのことを名前で呼んでいなかった。弟だと紹介してくれなかった。デニスの中では、ジェフリーは厄介な敵扱いで、家族ではないのだろうか。

 俺は、たとえ家の中でも庭をうろついたりする時は必ず側に誰かがいる。大抵はジャンや護衛の騎士たちだ。さっと周囲を見渡してみるが、ジェフリーの周りにはお付きの人らしき人影が見えない。完全にひとりだ。先程のデニスは、使用人をたくさん引き連れていた。

「……」

 なんて反応したらいいのか。考えた結果、「そ、そうなんだ」という無難なことしか言えない。

 これはデリケートな話題だ。気軽に首を突っ込むのは違う気がした。

「まぁ、そんなことより遊ぼうよ」

 とりあえず空気を変えよう。ほら、と手を差し出せば、ジェフリーは驚愕したように目を見開いている。

「俺とは遊びたくない?」
「い、いえ」

 素早く首を左右に振って否定してくるジェフリーの手を、無理矢理とる。「あ」という短い声が聞こえたが、無視してやった。

「あ、あの。兄に用があったのでは?」
「違うよ。デニスは俺とは遊んでくれないからさ。あいつはユリスと遊びたいんだよ。あ、ユリスっていうのは俺の兄弟なんだけど。双子なの」
「それは知っています。ユリス様はよく遊びにきていますから。ルイス様も兄のところへ行った方がよいのでは?」

 なんだか言い訳のように、まるで俺と遊びたくないとでも言うかのように早口になるジェフリー。再度「俺と遊びたくないの?」と尋ねれば、「そんなわけ」との言葉が出てくる。じゃあなんで、ぐちぐちと文句を言うのか。

 ムスッとする俺に、ジェフリーが「すみません」と首をすくめる。なんだか俺が怖がらせたみたいな反応である。

「いえ、その。僕はあまり人前に出るなと言われているので。ルイス様も僕とは関わらない方が」
「それは大丈夫。で? なにして遊ぶ?」

 当のデニスがジェフリーと遊んであげろと言ったのだ。だからジェフリーと遊んで文句を言われることはない。

 俺はお兄さんなので。なにがしたいかジェフリーに任せてみれば、彼は困ったように俯いてしまう。

「僕は、えっと。友達と遊んだこととかないので。こういう時ってどうやって遊ぶんですか?」
「……どうやって?」

 なにその難しい質問。あと、さらっと暗いこと言うのやめてほしい。反応に困るんだけど。

 友達いない云々の話は聞かなかったことにして、うーんと考える。

 考えてみるのだが、よくわからない。思えば俺も、歳の近い友達と遊んだ経験というものがあまりない。ユリスは積極的に遊んではくれないし、デニスも遊んでくれない。マーティーとも最近では会っていない。唯一、ティアンだけが無条件で遊んでくれていたのだが、あいつはもう居ないしな。

 いつもであれば庭を駆けまわるのだが、目の前のジェフリーはなんだか細っこい。おまけに色白ですごく弱そう。走りまわるのは嫌いかもしれない。

「ジェフリーは? いつもなにしてるの?」
「部屋で本を読んだり、庭を散歩したりしています」
「へー」

 あんまり俺と変わんないな。俺は読書はしないけど、代わりに犬と猫と一緒にごろごろしている。

「じゃあ散歩でもする?」

 俺はこの屋敷に立ち入るのは初めてである。庭を見てまわりたい。そう言えば、ジェフリーは「では僕が案内します」と小さく頷いてくれた。
しおりを挟む
感想 431

あなたにおすすめの小説

君のことなんてもう知らない

ぽぽ
BL
早乙女琥珀は幼馴染の佐伯慶也に毎日のように告白しては振られてしまう。 告白をOKする素振りも見せず、軽く琥珀をあしらう慶也に憤りを覚えていた。 だがある日、琥珀は記憶喪失になってしまい、慶也の記憶のみ失ってしまう。 今まで自分のことをあしらってきた慶也のことを忘れて、他の人と恋を始めようとするが… 「お前なんて知らないから」

不幸体質っすけど役に立って、大好きなボス達とずっと一緒にいられるよう頑張るっす!

タッター
BL
 ボスは悲しく一人閉じ込められていた俺を助け、たくさんの仲間達に出会わせてくれた俺の大切な人だ。 自分だけでなく、他者にまでその不幸を撒き散らすような体質を持つ厄病神な俺を、みんな側に置いてくれて仲間だと笑顔を向けてくれる。とても毎日が楽しい。ずっとずっとみんなと一緒にいたい。 ――だから俺はそれ以上を求めない。不幸は幸せが好きだから。この幸せが崩れてしまわないためにも。  そうやって俺は今日も仲間達――家族達の、そして大好きなボスの役に立てるように―― 「頑張るっす!! ……から置いてかないで下さいっす!! 寂しいっすよ!!」 「無理。邪魔」 「ガーン!」  とした日常の中で俺達は美少年君を助けた。 「……その子、生きてるっすか?」 「……ああ」 ◆◆◆ 溺愛攻め  × 明るいが不幸体質を持つが故に想いを受け入れることが怖く、役に立てなければ捨てられるかもと内心怯えている受け

悪役令息、皇子殿下(7歳)に転生する

めろ
BL
皇子殿下(7歳)に転生したっぽいけど、何も分からない。 侍従(8歳)と仲良くするように言われたけど、無表情すぎて何を考えてるのか分からない。 分からないことばかりの中、どうにか日々を過ごしていくうちに 主人公・イリヤはとある事件に巻き込まれて……? 思い出せない前世の死と 戸惑いながらも歩み始めた今世の生の狭間で、 ほんのりシリアスな主従ファンタジーBL開幕! .。.:*・゚ ✽.。.:*・゚ ✽.。.:*・゚ ✽.。.:*・゚ ✽.。.:*・゚✽.。.:*・゚ ✽.。.:*・゚ HOTランキング入りしました😭🙌 ♡もエールもありがとうございます…!! ※第1話からプチ改稿中 (内容ほとんど変わりませんが、 サブタイトルがついている話は改稿済みになります) 大変お待たせしました!連載再開いたします…!

転生したけど赤ちゃんの頃から運命に囲われてて鬱陶しい

翡翠飾
BL
普通に高校生として学校に通っていたはずだが、気が付いたら雨の中道端で動けなくなっていた。寒くて死にかけていたら、通りかかった馬車から降りてきた12歳くらいの美少年に拾われ、何やら大きい屋敷に連れていかれる。 それから温かいご飯食べさせてもらったり、お風呂に入れてもらったり、柔らかいベッドで寝かせてもらったり、撫でてもらったり、ボールとかもらったり、それを投げてもらったり───ん? 「え、俺何か、犬になってない?」 豹獣人の番大好き大公子(12)×ポメラニアン獣人転生者(1)の話。 ※どんどん年齢は上がっていきます。 ※設定が多く感じたのでオメガバースを無くしました。

金の野獣と薔薇の番

むー
BL
結季には記憶と共に失った大切な約束があった。 ❇︎❇︎❇︎❇︎❇︎ 止むを得ない事情で全寮制の学園の高等部に編入した結季。 彼は事故により7歳より以前の記憶がない。 高校進学時の検査でオメガ因子が見つかるまでベータとして養父母に育てられた。 オメガと判明したがフェロモンが出ることも発情期が来ることはなかった。 ある日、編入先の学園で金髪金眼の皇貴と出逢う。 彼の纒う薔薇の香りに発情し、結季の中のオメガが開花する。 その薔薇の香りのフェロモンを纏う皇貴は、全ての性を魅了し学園の頂点に立つアルファだ。 来るもの拒まずで性に奔放だが、番は持つつもりはないと公言していた。 皇貴との出会いが、少しずつ結季のオメガとしての運命が動き出す……? 4/20 本編開始。 『至高のオメガとガラスの靴』と同じ世界の話です。 (『至高の〜』完結から4ヶ月後の設定です。) ※シリーズものになっていますが、どの物語から読んでも大丈夫です。 【至高のオメガとガラスの靴】  ↓ 【金の野獣と薔薇の番】←今ココ  ↓ 【魔法使いと眠れるオメガ】

どうやら手懐けてしまったようだ...さて、どうしよう。

彩ノ華
BL
ある日BLゲームの中に転生した俺は義弟と主人公(ヒロイン)をくっつけようと決意する。 だが、義弟からも主人公からも…ましてや攻略対象者たちからも気に入れられる始末…。 どうやら手懐けてしまったようだ…さて、どうしよう。

社畜だけど異世界では推し騎士の伴侶になってます⁈

めがねあざらし
BL
気がつくと、そこはゲーム『クレセント・ナイツ』の世界だった。 しかも俺は、推しキャラ・レイ=エヴァンスの“伴侶”になっていて……⁈ 記憶喪失の俺に課されたのは、彼と共に“世界を救う鍵”として戦う使命。 しかし、レイとの誓いに隠された真実や、迫りくる敵の陰謀が俺たちを追い詰める――。 異世界で見つけた愛〜推し騎士との奇跡の絆! 推しとの距離が近すぎる、命懸けの異世界ラブファンタジー、ここに開幕!

もう人気者とは付き合っていられません

花果唯
BL
僕の恋人は頭も良くて、顔も良くておまけに優しい。 モテるのは当然だ。でも――。 『たまには二人だけで過ごしたい』 そう願うのは、贅沢なのだろうか。 いや、そんな人を好きになった僕の方が間違っていたのだ。 「好きなのは君だ」なんて言葉に縋って耐えてきたけど、それが間違いだったってことに、ようやく気がついた。さようなら。 ちょうど生徒会の補佐をしないかと誘われたし、そっちの方に専念します。 生徒会長が格好いいから見ていて癒やされるし、一石二鳥です。 ※ライトBL学園モノ ※2024再公開・改稿中

処理中です...